SDGs(持続可能な開発目標)が国連で採択されてから9年。目標年の2030年が近づく中、気候変動、人権、社会など多くの課題が残されています。それらの解決に大きな役割を担うことを期待される企業は、SDGsをどう経営に実装すれば良いのか。数々のSDGs経営をサポートしてきたESG /SDGsコンサルタントの笹谷秀光氏に、2回にわたってお聞きします。後編では、SDGsの経営実装と2030年に向けた展望を掘り下げます。
千葉商科大学客員教授、ESG/SDGsコンサルタント。東京大学法学部卒。
1977年農林省(現・農林水産省)入省。環境省大臣官房審議官、農林水産大臣官房審議官などを経て2008年退官。
同年~2019年4月、伊藤園で取締役、常務執行役員等を歴任。2020年4月~24年3月千葉商科大学教授。
2024年4月から現職。
『競争優位を実現するSDGs経営』(中央経済社・2023年)など著書多数。
<目次>
SDGsに取り組めば社外にも社内にもプラスに
ポストSDGs を見据えた準備を
「SDGsネイティブ」のこれからに期待
ISO26000、ESG、SDGsの関係を整理する
SDGsは17の目標に169ものターゲットがあり、何から取り掛かって良いのか足踏みしているケースも多いと思います。まずは、自社の製品やサービスがSDGsとどう関係しているのかを可視化し、社内外に共有する必要があります。
一つの方法が「ESG /SDGsマトリックス」です。縦軸にESGの「環境・社会・ガバナンス」をISO26000の「7つの中核課題」(前編を参照)に則って整理し、横軸にSDGsの17目標を配置したものです。最新課題も入れてイメージ図を示しています。
このツールは、ESGとSDGsをどう関連づければ良いかわからないという企業の声を受けて考案したものです。そこで、マトリックスを用いて両者の関係を整理し、ビジネスシーンでの活用を可能にしました。
SDGs17目標のうち、自社の製品やサービスと直接関係あるものには「●」を、間接的に関係するものには「○」を付けます。こうして整理することで、改めて自社の特徴や強み、SDGsとの関連性を明らかにし、関係部署も紐づけることで社内の「自分事化」も進みます。
17目標全てをカバーすることで「今はやっていないが、この目標にも取り組めるかもしれない」という気づきを得られたり、都合の良い目標だけを選ぶ「SDGsウォッシュ」の批判を回避できたりするなどの効果も期待できます。
私はこれまでマトリックスを活用して、20社ほどのSDGs経営をサポートしてきました。中には17目標からさらに踏み込んで、169ターゲットにまで落とし込んだ企業も数多くあります。事例について詳しくは私の書籍をご参照ください。
一例をあげると、ある外食チェーン企業で、従来から地域活性化や地産地消を理念に掲げてきました。そこをマトリックスによって改めて整理したことで、社内の各部署の役割がSDGsと結びつき、国内各地でのコラボ商品やアジア地域への展開など、新たなビジネスの創出につながりました。
いきなり169のターゲットは難しいかもしれませんが、17目標への紐付けからで構いません。できる部分から着手し、あとは実践を通して改善していけば良いのです。
SDGsに取り組めば社外にも社内にもプラスに
――「ESG/SDGsマトリックス」を活用することで、他にはどのような効果が得られるでしょうか。
近年は地方創生という観点からもSDGsが注目され、累計206都市が「SDGs未来都市」に選定されています。自治体や行政機関と事業を行う際にも、SDGsを切り口にすればスムーズに進むでしょう。
二つめは、社内のモチベーションを上げられること。マトリックスで示したSDGsの各目標に誰が責任を持つのか。担当部署を決めてKPI(重要業績評価指標)を設定すれば、より実効性のある体制にできます。
若い世代は「SDGsの何番を担当している」ということが、モチベーション向上につながります。SDGsという共通の目標ができれば、従来は関連の薄かった社内各部署に連携が生まれます。一体感の醸成は、企業の競争力アップに欠かせない要素です。
他には、スピード感の向上も期待できます。例えば再生可能エネルギーを導入する場合、これまでは膨大な資料を用意して関係各所の説得に当たっていたかもしれません。それが今では「目標7:エネルギーをみんなに そしてクリーンに」を目指すと伝えれば、理解が得られるようになりました。
このようにSDGsを切り口にすれば議論が進みやすく、新たなビジネスを立ち上げる際にもスピード感を持って動くことが可能になります。
ポストSDGs を見据えた準備を
――SDGsの目標年である2030年まで6年を切りました。その達成に向けて、企業にはよりスピード感のある取り組みが求められますね。
2020年代に入ってからは新型コロナウィルス、ウクライナ戦争、パレスチナ紛争などSDGsに逆行する出来事が続きました。だからこそ悲観的にならず、取り組みを加速させるべきです。仮に2030年に達成できなかったからといって、そこで取り組みをやめて良いものでもありません。
SDGsは2015年の策定から2019年、2023年と、4年ごとに進捗状況の見直しが行われてきました。私は「ポストSDGsの検討元年」と呼んでいますが、2024年は次の2027年に向けて準備を始める年になります。
政府は4月に「国際社会の持続可能性に関する有識者懇談会」を立ち上げ、2030年以降を見据えた検討を始めました。9月には国連が「未来サミット」を開催し、SDGsの次のグローバル・アジェンダを議論しました。
SDGsの目標やターゲットはこの先も重要課題であることは変わりませんし、そのフレームワークは2030年を過ぎても維持されると予想しています。引き続き歩みを止めず、むしろ、これからがSDGsの経営実装の本番であるとの意識で進めることが企業に求められています。
「SDGsネイティブ」のこれからに期待
――中でも喫緊の課題が脱炭素です。企業はカーボンニュートラル実現に向けた対応に迫られています。
現在は、サプライチェーン全体の温室効果ガス削減が課題になっています。自社からの排出量は削減できても、上流の原料調達や下流の製品使用時の排出量は把握さえできていないケースも少なくありません。これらを計測・削減する製品やサービスへのニーズは、高まるはずです。
サプライチェーンの問題は、人権問題にも関係します。自社がサプライチェーンのどの部分を担っており、児童労働や不当な搾取に関与していないかを確認する必要があります。リスク管理の面からも、経営陣の判断でスピード感を持って対応しなければなりません。
――eco検定(環境社会検定試験)や「eco検定アワード」(※)を主催する東京商工会議所としても、SDGsの経営実装をサポートしていきたいと考えています。
SDGsに17の目標と169のターゲットがあることは繰り返し説明してきた通りですが、そこでカバーしきれない領域もまだ存在するはずです。例えば「きれい」「うるおい」「感動」といった定量化が難しい概念や、近年は「ウェルビーイング」という概念も耳にするようになりました。
17目標・169ターゲットに取り組む「規定演技」に対して、こうした新しい領域に挑戦する「自由演技」が出始めています。まずは規定演技をしっかりこなすのが前提ですが、これまでにない、いわば「18番目の目標」を体現する人や企業が出てきて「ポストSDGs」について日本からの提案につながることを楽しみにしています。
――東京商工会議所は11月22日、「eco検定アワード2024表彰式・特別講演会」を開催し、笹谷さまにもご講演頂きます。持続可能な社会を実現するために、企業や個人がどのようにSDGsを経営や日常に取り入れられるのか。さらに掘り下げて、お話し頂く予定です。ぜひ多くの方にご参加いただければ幸いです。本日はありがとうございました。
東京商工会議所は2008年から毎年、他の模範となる環境活動を実践したエコユニットの実績を称える「eco検定アワード」を実施しています。優れた実績を顕彰・周知することで、より多くの企業や団体が、積極的に環境に関する知識を身に付け、実際にアクションをおこす一助としてもらうことを目的としています。
11月22日には「eco検定アワード2024表彰式・特別講演会」を開催します。どなたでもご参加いただけますので、ご興味のある方は是非後記のリンク先から奮ってお申込ください。
【eco検定アワード2024表彰式・特別講演会】
開催日:2024年11月22日(金)13:30~16:00
場 所:東京商工会議所 Hall&Conference(千代田区)RoomB1・2 またはオンライン(Zoomライブ配信)
参加費:無料
詳細・申込はこちら
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