【インタビュー】「SDGsを経営に実装するには」笹谷秀光氏に聞く(前編)


SDGs(持続可能な開発目標)が国連で採択されてから9年。目標年の2030年が近づく中、気候変動、人権、社会など多くの課題が残されています。それらの解決に大きな役割を担うことを期待される企業は、SDGsをどう経営に実装すれば良いのか。数々のSDGs経営をサポートしてきたESG /SDGsコンサルタントの笹谷秀光氏に、2回にわたってお聞きします。前編では、SDGsが企業経営の「羅針盤」となり、競争力を高める理由を紹介します。




<目次>

なぜSDGsは「羅針盤」になるのか
SDGsが企業の競争力を高める理由とは
中堅・中小企業はSDGsにどう向き合うか
「eco検定アワード」を自社の取り組みを客観的に見つめる機会に


なぜSDGsは「羅針盤」になるのか

――笹谷さんは折に触れて「SDGsはサステナビリティ時代の羅針盤」と話されています。改めて、その理由を教えてください。


SDGsは2015年9月の国連サミットで193ヵ国の合意によって採択された、2030年までに達成すべき目標です。その前文には「人間と地球、繁栄のための行動計画」であると明記されています。

そして、SDGsには環境、人権、社会など私たちが取り組むべき世界共通の課題が網羅されています。いわば「サステナビリティの共通言語」といえるもので、今後の企業活動を考える上でも一種の羅針盤的な機能を果たせると考えています。

SDGsは17の目標からなることは知られていますが、そこに紐づいた169のターゲット(より具体的な目標)が重要です。例えば「目標1:貧困をなくそう」には「1.1:2030年までに極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる」をはじめ、5つのターゲットがあります。

17の目標と169のターゲットはセットになっており、ターゲットまでを詳細に理解することで取り組むべき課題も明確に見えてくるのです。

「我が社には素晴らしい経営理念があるからSDGsは必要ない」という考えもあるかもしれません。しかしそこに客観性は担保されているのか、これからの社会に通用するものなのか。SDGsという「世界標準」に当てはめて、今一度議論するのは有意義なことではないでしょうか。

SDGsが企業の競争力を高める理由とは


――笹谷さんは「SDGsは競争優位を実現する」とも強調されています。なぜSDGsは企業の競争力になるのでしょうか。


世界共通の課題を網羅したことに加えて、SDGsにはもう一つ特徴があります。「環境・経済・社会」のどれもトレードオフにせず、三つ全てを満たすとしていることです。いくら環境に良い取り組みでも、そこに経済性が伴わなければ持続可能になり得ません。

SDGsはさまざまなステークホルダー(利害関係者)のパートナーシップを重視しており、政府や自治体、NGOとともに企業を重要な存在に位置付けています。企業が環境や社会に与える影響は絶大で、地球上で起きている課題の解決には企業の創造性やイノベーションが大きな役割を果たすからです。

世界経済フォーラムのレポート(2017年)は、SDGsに取り組むことで年間12兆ドル(約1700兆円)の経済価値と、最大3億8000万人の雇用創出が生まれると試算しました。このように企業とSDGsの親和性は高く、競争力を強めるチャンスにもなります。

SDGsに先立つ2010年、スイス・ジュネーブに本部を置くISO(国際標準化機構)が、ISO26000を策定しました。これは持続可能な社会に向けて、企業などの組織がCSR(社会的責任)を果たす際の手引を示したものです。

ISO26000は組織が取り組むべき「7つの中核課題」として、組織統治、人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティへの参画及びコミュニティの発展を示しました。この要素は、SDGsにも受け継がれています。

続いて2011年には米国の経済学者・マイケル・ポーターらが、CSV(共通価値の創造)という概念を打ち出しました。これは社会価値と企業価値の両立をうたったもので、本業のビジネスで社会課題を解決することが企業の成長につながるとしています。

こうしたサステナビリティの流れの上に、全世界共通の目標として策定されたのがSDGsというわけです。


――SDGs誕生の背景には、社会課題の解決を慈善活動(フィランソロピー)としてではなく本業として行うべきという時代の要請があったわけですね。


慈善活動自体は、決して否定すべきものではありません。しかし、経営が苦しくなると活動が疎かになる、寄付や社会貢献をする一方で「グリーンウォッシュ(環境配慮をしているよう誤魔化す)」を引き起こしやすいといった難点もあります。

むしろ、本業で社会課題を解決した方がイノベーションが生まれやすく、自社にとっても社会や地球にとっても良い結果を生み出す。ISO26000もCSVもSDGsも、根底にはこうした考え方が共通してあるのです。

投資家からの働きかけも、ターニングポイントになりました。2006年に、当時の国連事務総長であったコフィー・アナン氏がPRI(責任投資原則)を提唱しました。そこでは、投資の際には財務情報だけでなく、非財務情報であるESG(環境・社会・ガバナンス)にも考慮すべきだと強調しました。

SDGs採択と同じ2015年には、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRIに署名しました。同法人は運用資産額が約200兆円という世界最大の機関投資家であり、この署名を機に日本国内においてもESG投資の流れが一気に加速しました。

ESGの文脈でSDGsへの取り組みを求める投資家も増えており、GPIFも両者を重視しています。企業にとっては、SDGsを経営に取り入れることが新たな事業機会になる。投資家にとっては、こうした企業に投資することが高いリターンや新たな投資機会につながる。GPIFは、このような好循環を期待しているのです。

企業の中で情報開示など投資家への対応を行うのは、IR責任者やCFO(最高財務責任者)ですから、SDGsは「経営マター」になったといえるでしょう。SDGsはまさに経営戦略と一体のものであり、ここ数年で大手企業を中心に着実な広がりを見せています。



中堅・中小企業はSDGsにどう向き合うか

――株式上場していない中堅・中小企業に、SDGsはどう関係するでしょうか。

上場・非上場や規模の大小に関わらず、SDGsは全ての企業に深く関係しています。例えば製造業や物流業の場合、サプライチェーン上で取引のある大企業や上場企業から対応を求められるケースが増えていくでしょう。

近年は機関投資家に限らず、銀行や信用金庫などの金融機関もSDGsへの関心を高めています。融資の判断材料にすることもあり、非上場企業の資金調達面においてもSDGsへの取り組みは避けて通れなくなりました。

消費者に支持されるという面においても、SDGsが重要な役割を果たします。人や社会、環境に配慮した製品やサービスを選ぶ「エシカル消費」の志向も高まっており、その傾向は若い世代ほど顕著です。また、優秀な人材を集める面でも重要です。

近年の意識調査では、約8割の人がSDGsに積極的な企業に好印象を持つことが明らかになりました(第6回「SDGsに関する生活者調査」2023年、電通)。

大切な経営資源である「ヒト・カネ・モノ」を充実させるためにも、今やSDGsは必要不可欠となりました。大企業に比べてリソースの限られた中堅・中小企業がSDGsに取り組むことで得られるメリットは、決して小さくないはずです。

「eco検定アワード」を自社の取り組みを客観的に見つめる機会に

――東京商工会議所は、企業・団体の環境活動を顕彰し、世に広めたいという思いで、2008年から「eco検定アワード」を開催しています。企業・団体にとって、こうした評価を受けることは、どのような意味を持つでしょうか。

eco検定アワードのように、第三者による評価を受けることで、自社の取り組みを客観的に見つめ直し、強みや改善点を明確化できます。これは、社員一人ひとりのモチベーション向上や、より質の高い環境活動へとつながっていくでしょう。

さらに、eco検定アワードの受賞企業同士の交流を通して、ベストプラクティスを共有したり、新たな連携が生まれたりするなど、企業の枠を超えた取り組みが生まれる可能性もあります。

日本では「褒める文化」が不足していると言われますが、外部からの評価は、社員の努力を認め、さらなる成長を促す効果もあります。eco検定やeco検定アワードは、SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」や目標8「働きがいも経済成長も」に貢献しているといえるのではないでしょうか。

――ありがとうございます。eco検定やeco検定アワードの実施自体が、SDGsの達成に寄与できるということが分かり、さらにエコピープル、エコユニットの輪を広げていきたいと感じました。

東京商工会議所では2024年度も「eco検定アワード」を開催し、8月30日まで事前エントリーを受け付けています。
「eco検定アワード」への応募、参加を通じて、自社の環境活動を今一度、客観的に見つめ直すとともに、社内のモチベーション向上にも役立てていただきたいですね。ぜひ多くの企業・団体にご応募いただけたらと思います。
11月にはeco検定アワード2024の表彰式を開催し、笹谷さまにもご講演頂く予定です。本日はありがとうございました。

※後編(10月公開予定)では、SDGsの経営実装と2030年に向けた展望についてお聞きします。



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