気候変動に続き、進む生物多様性の情報開示

気候変動対策に続き、生物多様性への取り組みについても企業の情報開示が求められています。2022年12月に生物多様性保全の国際目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、2023年9月にはTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)フレームワークの第一版が発行予定です。企業が生物多様性についての情報開示を行う際のポイントや注意点について、国際環境NGO・WWF(世界自然保護基金)ジャパンの橋本務太・金融グループ長、相馬真紀子・森林グループ長にお聞きしました。

 <目次>

・ネイチャーポジティブへ情報開示は必須に
・TNFDフレームワーク第一版が2023年9月に発行へ
・金融機関は企業への働きかけを強める
・情報開示を進める上で調達面に注意を


ネイチャーポジティブへ情報開示は必須に



「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されたCOP15


「気候変動」と「生物多様性の損失」という2つの危機は、表裏一体のものです。人類が地球の資源を持続可能でないレベルで消費していることが要因となっています。

生物多様性の損失は危機的な状況で、WWF(世界自然保護基金)の報告書によると、自然と生物多様性の健全性を測る指標「生きている地球指数」(LPI)は、1970 年から69%も低下しています。

IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム)は生物多様性喪失の主要因として「土地・海域利用」「直接採取」「気候変動」「汚染」「外来種」の5つを挙げます

2022年12月に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(GBF)のポイントは2030年までに「ネイチャーポジティブ」を実現することです。ネイチャーポジティブとは、2030年までに生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せることを意味します。

そのために、2030年までに陸域と海域の30%以上を保全する「30by30目標」など、23のターゲット(行動目標)が定められています。特に、企業にかかわるのがターゲット14と15です。

ターゲット14には、「すべての関連する公的な活動及び民間の活動、財政及び資金フローをGBFのゴールおよびターゲットに徐々に整合させる」とあります。

WWFジャパンの橋本務太・金融グループ長は、「ターゲット14では、企業が生物多様性に取り組むことを必須だと定めている」と説明します。現在は、生物多様性が減少している「負(ネガティブ)」の状態にあり、「自社の事業活動でネガティブな影響を止めることが必要だ」と強調します。

ターゲット15では、生物多様性の増加につながる「正(ポジティブ)」の影響を増やし、持続可能な生産パターンを確保する行動を推進するために、「生物多様性にかかわるリスク、生物多様性への依存及び影響を定期的にモニタリングし、評価し、透明性をもって開示すること」などを求めています。

つまり、生物多様性に関する情報開示は今後必須になってくるのです。

TNFDフレームワーク第一版が2023年9月に発行へ

気候変動と同様に生物多様性も情報開示が促される


TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は2021年6月、民間企業や金融機関が自然資本や生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価して開示するための枠組みを構築することを目的に立ち上がりました。

TNFDフレームワークは2023年9月に第一版を発行する予定です。

TNFDは、「ガバナンス」「戦略」「リスクと影響の管理」「指標と目標」の4つについて情報開示のフレームワークを提示します。加えて、事業者が自然への配慮を事業ポートフォリオのリスク管理のプロセスに組み込めるよう、「LEAP」(発見、診断、評価、準備)と呼ばれる評価プロセスを提案しています。

日本企業でも先行的にTNFDフレームワークのベータ版に則って開示レポートを発表している企業もあります。

WWFジャパンが企業向けセミナーの参加者にアンケート調査したところ、100件超のうち約4割が「(TNFDの発行直後の)9月以降になるべく早く開示予定」と回答しました。橋本氏は「早ければあと3年でプライム上場企業の開示が一般化してくるのでは」と話します。

「コーポレートガバナンス・コード」に生物多様性の観点を含めるように求める動きもあります。

金融機関は企業への働きかけを強める


金融機関や投資家は生物多様性にどう向き合っているでしょうか。

気候変動の分野では、多排出産業の低炭素化を進めていくためのトランジション・ファイナンス(移行金融)の拠出や、顧客企業と気候変動に関するリスクを分析して事業の脱炭素化に向けての対話(エンゲージメント)が進んでいます。

金融機関や投資家も、投資先の投融資判断について、生物多様性の観点が必要です。

生物多様性においても、金融機関は企業と対話し、企業の事業活動からネガティブな影響を排除し、ポジティブな影響を創出するようリードしていくことが期待されます。

たとえば、ある金融機関では「森林伐採を伴う事業に対しては、各国の法規制に則り違法な伐採や火入れ、森林破壊、違法労働が行われていない旨を確認の上、支援を行っています」と方針を定めています。

一方で、生物多様性については企業の個別の事業プロジェクトによってその影響度合いが異なります。単体の事業に融資を行うプロジェクトファイナンスの場合には生物多様性への影響を評価しやすいですが、企業融資の場合には企業が取り組む複数のプロジェクトをどのように評価していくかが課題となっています。

情報開示を進める上で調達面に注意を

日本は世界の森林破壊の5%に関与している


では、生物多様性について情報開示を進めてうえで、企業は何に注意すべきなのでしょうか。橋本氏は「まず企業は調達で生物多様性に負の影響がないか確認することが重要だ」と話します。

日本企業は海外から多くの原材料などを調達していますが、取引先が自然破壊などネガティブな影響をおよぼしている可能性があります。

相馬真紀子・森林グループ長は「森林は『生物多様性の宝庫』ですが、農林畜産業の影響で危機的状況です」と警鐘を鳴らします。

「WWFの調査によれば、日本は、木材などの調達によって世界の森林破壊の5%に関与しています。この負の影響を食い止めるためにも、まず調達を改善していく必要があります。生物多様性についても簡易的な評価ができるものなど様々なツールが登場していますが、まずは生産現場までのトレーサビリティが重要なことを強調したい。そのためにも、現場を直接見てほしい」(相馬氏)

橋本氏は、「その調達が本当に生物多様性にとってプラスになっているのか。良い取り組みと思っていたことが、実はほとんどインパクトがないという可能性もあります。サプライチェーン全体で、しっかりと取り組んでいかなければなりません」とも指摘します。

生物多様性を回復軌道に乗せる2030年まであと7年です。企業は気候変動と同様、自社活動に起因するネガティブな影響を一刻も早く食い止め、ポジティブな影響の創出をしていくことが求められています。



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