2022年11月、エジプト東部のシャルムシェイクでCOP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)が開かれました。国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に関するCOP(締約国会議)はグローバルな気候変動対策の方針を決める場として、1995年から続いています。今回のCOP27では何が決まったのか。2023年にUAE(アラブ首長国連邦)で開催されるCOP28への展望は――。国際環境NGO・WWFジャパンの山岸尚之・自然保護室長に、2回にわたってお聞きします。後編では「ネットゼロ」の定義や、COP28に持ち越しとなった課題について解説していただきました。
※「前編」はこちらご覧いただけます
WWFジャパン自然保護室長、立命館大学国際関係学部に入学した1997年にCOP3(国連気候変動枠組条約第3回締約国会議)が京都で開催されたことがきっかけで気候変動問題をめぐる国際政治に関心を持つようになる。2001年3月に同大学を卒業後、9月より米ボストン大学大学院にて、国際関係論・環境政策の修士プログラムに入学。2003年5月に同修士号を取得。卒業後、WWFジャパンの気候変動担当オフィサーとして、政策提言・キャンペーン活動に携わるほか、国連気候変動会議に毎年参加し、国際的な提言活動を担当。2020年から現職。
<目次>
国連が「ネットゼロ」を定義各国は目標をどこまで引き上げるか
気候変動対策と生物多様性保全は同軸で
それぞれのコントロール可能な範囲で取り組みを
国連が「ネットゼロ」を定義
―COP27のもう一つの成果として「ネットゼロ」の定義が明確になったことがありますね。
山岸:従来から国連では非国家アクターのネットゼロを推進するために、Race to Zero という取り組みを進めていました。この流れに加えて、グテーレス国連事務総長が3月に「ネットゼロ排出宣言に関するハイレベル専門家グループ」を設立しました。COP27が始まってすぐの11月8日にグレーテス国連事務総長自らが登壇し、同専門家グループが提案する新たな基準を発表しました。その背景には、パリ協定によって2050年ネットゼロが世界共通の目標になったものの、その基準が曖昧だったことがあります。
これまで企業や業界団体など、さまざまな主体がネットゼロを打ち出してきました。その内容は玉石混交で、中にはグリーンウォッシュ(見せかけの対策)と呼ばざるを得ないものもあります。こうした状況を受けて提案された基準は、大きく10項目からなります。
1)1.5℃目標に整合したネットゼロの誓約
2)5年ごとにネットゼロ目標を設定
3)ボランタリークレジット(民間主導の自主的なクレジット)の規制
4)公正な移行に向けた計画の作成
5)化石燃料の段階的廃止と再生可能エネルギーの拡大
6)ロビー活動とアドボカシー
7)人々と自然に対しても公正な移行
8)透明性と説明責任の向上
9)公正な移行への投資
10)移行計画の作成や情報開示に関する基準・規制の策定
このうち3)では、「自社の削減目標達成にカーボンクレジットを利用できない。高品質クレジットに限って自社バリューチェーン外で利用できる」という規制が盛り込まれました。
これにより、化石燃料のプロジェクトに投資をしながらクレジットで相殺してネットゼロをうたうような活動は、グリーンウォッシュとみなされ通用しなくなります。
6)のアドボカシーとは、政策提言などを通して社会をネットゼロに導く活動を意味します。自社はもちろん、所属する業界団体も含めてネットゼロと整合した目標を掲げているかが、問われます。
サプライチェーン全体での取り組みも、必要不可欠になるでしょう。温室効果ガスの削減努力が正しく評価される仕組みを作るよう、企業や業界として政府に働きかけなければならない局面も出てくるでしょう。
今回の基準策定によって見せかけのネットゼロが淘汰され、「世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して1.5℃に抑える」というパリ協定の目標達成に一歩近づくと期待しています。
各国は目標をどこまで引き上げるか
――大きな進展があった一方で、残された課題もあると聞いています。
山岸:COP27直前の10月26日、国連気候変動枠組条約(UNFCC)事務局が報告書を発表しました。それによると、各国が提出した温室効果ガスの削減目標(NDC)を全て合わせても、世界の気温は2.1〜2.9℃上昇してしまうといいます。このままでは1.5℃目標を達成できないのが明白になった中、COP27ではさらに踏み込んだ「緩和作業計画」を作ることになっていました。これは削減量が足りていない国に働きかけを行い、削減目標を積み増ししていくものです。
しかし、EUや米国は新興国である中国やインドに対策強化を促したい一方で、これらの国からは先進国の責任転嫁という反発の声が上がりました。こうして各国が対立する中、前回のCOP26から大きな進展が見られないまま終わってしまいました。
COP26の決定文書には、石炭火力発電の削減も明記されました。さまざまな国の思惑が交錯するCOPで特定のエネルギーが言及されるのは、稀なことです。
COP27では石炭だけでなく、石油や天然ガスを含む化石燃料全般に削減対象が広がるのではと期待していましたが、こちらについても大きな進展はありませんでした。
――ウクライナ戦争で再生可能エネルギーへの移行が滞り、化石燃料のニーズが高まったといわれています。こうした状況も、進展がなかったことに影響しているのでしょうか。
山岸:確かに化石燃料への回帰は起きていますが、一時的な現象に過ぎません。COP27でも進展はなかったものの、化石燃料を消費する世界に逆戻りするという議論は一切ありませんでした。23年のCOP28は産油国のUAE(アラブ首長国連邦)がホスト国となりますが、化石燃料の削減と再生可能エネルギーへの移行という路線は変わらないでしょう。
気候変動対策と生物多様性保全は同軸で
―COP28の主要テーマは何になると予想していますか。
山岸:2023年は、パリ協定で規定された「グローバル・ストックテイク」の第一回目の実施年にあたります。これは世界全体の削減に向けた進捗状況を確認するもので、各国が削減目標(NDC)を決める際の基準にもなります。COP28ではグローバル・ストックテイクの結果を受けて、削減強化に向けた何らかの決断が出されるでしょう。産油国であっても、世界的な脱炭素の潮流には逆らえません。
もう一つのポイントは、COPの2大テーマである気候危機と生物多様性の連携です。冒頭にお話しした「気候変動枠組条約」(前編参照)には、兄弟条約と呼べる「生物多様性条約」(1993年発効)があります。こちらも同様に締約国会議(COP)があり、2022年12月にカナダ・モントリオールでCOP15が開催されたばかりです。
気候危機と生物多様性は、密接に関係しています。開発のために森林を伐採すれば生態系がダメージを受けるだけでなく、温室効果ガスの吸収源が失われることで温暖化も引き起こします。
COP27では、日本を含む25カ国以上が森林破壊を防ぐための資金拠出を発表し、熱帯雨林を有するブラジル、インドネシア、コンゴが森林保護への連携を表明しました。
非国家アクターでは食料メーカーや穀物メジャー企業の出席も目立ちました。食糧生産も温暖化や森林破壊の影響を受けるので、当然でしょう。もはや、気候危機と生物多様性を個別で議論していればよい段階ではなくなっています。
それぞれのコントロール可能な範囲で取り組みを
―eco検定合格者であるエコピープルは35万人に上ります。改めて、「カーボンニュートラル」に向けて、企業や個人はどう行動すべきでしょうか。
世界の気温上昇を「1.5度」に抑えるには、各国の削減目標や取り組みはまだまだ不十分といえます。「2050年カーボンニュートラル」を目指すうえで、2025年、2030年、2035年といった中間目標の設定や見直しも重要です。しかし、これは政府や大きな企業だけで達成できることでもありません。近年のCOPでは、企業や自治体、NPO/NGO、学生団体など非国家アクターから、より強力な対策を求める声があがったり、あるいは、協力して独自に「カーボンニュートラル」や「ネットゼロ」を目指す取り組みを実施していることが発表されたりしています。国連も、企業や自治体などに対し、積極的に気候変動政策に関与することを求めています。
日本が世界の脱炭素化を推し進める「ドライバー」になれるように、ぜひ多くの方に声を上げて頂きたいです。企業の大きな方針を変える時、調達先や取引先を選ぶ時、個別の事業の計画の中で脱炭素貢献を考える時、あるいは、一消費者として、商品やサービスを選択する時など、様々な局面で、得られた知識をベースに、ちょっとでも取り組みが前に進むことを後押しして頂ければと思います。
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