気候変動や生物多様性の損失、サーキュラーエコノミー(循環経済)の実現、人権問題など、企業を取り巻くサステナビリティ課題は多岐にわたります。そうしたなか、大量なデータ分析や予測技術が優れているAI(人工知能)を活用して、環境・社会課題の解決に取り組む事例が生まれています。一方で、開発に伴う環境負荷や倫理的な観点で、AI活用の課題もあり、今後使い方が問われそうです。
<目次>
・60年以上にわたるAI研究の歴史・二酸化炭素濃度や違法伐採をAIがモニタリング
・高度なAI開発ほどCO2を排出する
・欧州議会がAI規制案を採択、リスク別に規制
60年以上にわたるAI研究の歴史
AI(Artificial Intelligence:人工知能)に関する明確な定義はなく、「AIは、知的な機械、特に知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」と広く理解されています(出典:「情報通信白書」総務省)。
AIの研究開発は1950年代に始まり、1964年に初めて自然言語処理プログラム「イライザ」が誕生しました。iPhoneやiPadなどのiOS端末に搭載されている音声アシスタント「Siri(シリ)」の起源とされるものです。
その後、進展と停滞を繰り返しながら、研究開発は進み、2000年代に入ると、ビッグデータからAI自身が知識を獲得する「機械学習」、そして人間の指示なしでAI自ら学習する「ディープラーニング(深層学習)」が発展し、急速に実用化が進みました。
2016年には、米グーグル社の囲碁AI「アルファ碁」がプロの囲碁棋士に勝利したことが、日本でも大きな話題になりました。さらに、米オープンAI社が開発したテキスト生成AI「チャットGPT」が2022年11月に公開されると、個人レベルでの利用が一気に広まりました。
二酸化炭素濃度や違法伐採をAIがモニタリング
AIはビッグデータの分析や予測が得意なことから、環境問題への貢献が期待されています。
国連環境計画(UNEP)は2022年に「ワールド・エンバイロメント・シチュエーション・ルーム」(WESR)を立ち上げ、AIを活用したモニタリング事業を進めています。パートナー企業・団体の協力を得て、大気中の二酸化炭素濃度、氷河質量の変化、海面上昇などについて、リアルタイム分析し、予測を行うシステムを提供しています。
UNEPデジタル・トランスフォーメーション・サブコーディネーターのデビッド・ジェンセン氏は「AIは環境問題の解決においても重要な役割を担う。WESRは将来的に、地球環境の『管制室』として、さまざまな環境指標を監視し、より良い行動を促せるようになることを目指しています」と述べています。
AIを使ったモニタリングで環境問題に対応する事例も生まれています。米環境NGOレインフォレスト・コネクション(RFCx)は、チェーンソーの音を検知し、違法な森林伐採を防ぐための監視システムを開発しました。
中古のスマホを改良した監視装置を森林に設置し、集まった音声データをAIが分析します。チェーンソーやトラックの音など伐採に関連する音を検知すると、自然保護管に通報する仕組みです。
独IT企業AGVOLUTIONは、AIを使って持続可能な農業を推進しています。IoTセンサーで農地の土壌温度や湿度などを測定し、AIがそのデータを分析。農作物に必要な水や肥料の量を推奨します。これにより、農産物の収量が増えるほか、資源の節約にもつながっています。
高度なAI開発ほどCO2を排出する
環境貢献が期待される一方で、AI開発に伴う環境負荷が懸念されています。AIを訓練するには、大量のデータを読み込む必要があり、大量の電力を消費するためです。
米マサチューセッツ工科大学の研究チームは2019年、AI開発の環境影響評価(LCA)の研究結果を報告しました。報告書「MITテクノロジーレビュー2019」によると、1つの大規模言語モデルの訓練に伴うCO2排出量は、自動車5台分の製造から廃車に至るまでのCO2排出量に相当するといいます。
「責任あるAI」を提唱するウメオ大学のヴァージニア・ディグナム教授は、欧州委員会のウェブマガジン「ホライズン」で、「AIが実用化されるにつれ、加速度的に計算量が増え、環境への影響が懸念されるようになりました。より環境負荷が低い AI 活用を考えなければいけない時期に来ています」と主張しています。
欧州議会がAI規制案を採択、リスク別に規制
環境面以外でも、AIは、学習データのバイアス(偏見)によって、公平性が失われるなど倫理的なリスクを抱えています。AIは現実社会に存在している差別やバイアスをそのまま「学習」してしまうからです。誤った情報を生成するハルシネーション(人工知能の幻覚)やプライバシーの侵害といった問題もあります。
AIの法整備で先行するEUでは、欧州議会が6月14日、世界初の包括的なAI規制案を採択しました。プロバイダーもユーザーも対象で、2026年ころに全面施行になる見込みです。EU所在者に対し、AIシステム・サービスを提供する場合、日本の企業にも規制が適用されます。
同法案では、AI利用のリスクを4段階に分類しています。「許容できないリスク」は禁止、「ハイリスク」は規制、「限定リスク」は透明性の義務が課せられます。「最小リスク」の場合は、法令を満たしていれば特別な規制はありません。公共の場所での顔認識技術や大規模監視活動は、人権侵害を引き起こす可能性が高く、禁止される予定です。AI利用にあたっては、ますます倫理観を持つことも求められるでしょう。
AIはこれまでにないスピードで日々進化し、私たちの生活をさらに便利にしていくことが予想されます。しかし、革新的な技術は生活を便利・豊かにする一方で、課題も挙げられます。重要なのは、「物事の一面だけを見るのではなく、多面的に物事を捉え上手に付き合っていくこと」です。
eco検定は、複雑・多様化する環境問題を幅広く体系的に身に付けることを目的にしています。eco検定で学んだ包括的な知識を生かし、持続可能な社会の実現に向けて、これからのAI活用を考えていきましょう。
eco検定は、環境と経済を両立させた「持続可能な社会」の実現に向けて、環境に関する幅広い知識を身につけ、環境問題に積極的に取り組む「人づくり」を目的に2006年に創設されました。ビジネスパーソンから次代を担う学生をはじめとする、あらゆる世代の方が受験し、受験者数は延べ58万人、合格者(=エコピープル)も35万人を超えています(2022年12月現在)。
「合格して終わり」ではなく、検定試験の学習を通じて得た知識を「ビジネスや地域活動、家庭生活で役立てる=現実の行動に移す」ことを促しています。毎年、エコピープル等の活動を表彰する「eco検定アワード」等も開催。
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