事業承継事例

小さな会社を持続可能な会社にするIT活用

株式会社山秀(大田区)は従業員数6名。多くの人々に愛され続けているドイツ製ハンガーの正規代理店であると同時に、湯たんぽやキッチン用品など、高品質で飽きが来ないドイツ製家庭用品の輸入雑貨を取り扱っています。
先代から事業承継するときに、小さな人数で大きな仕事を回していける持続可能な会社にするためにはITの力が不可欠と、自社に合うITツールを試行錯誤しながら導入してきました。これが幸いし、コロナ禍においても売り上げを維持することができました。代表取締役橋谷康一さんに話を伺いました。

橋谷社長


個人の能力に頼り、業務システムが確立していなかった


株式会社山秀の代表取締役橋谷康一さんが現職に就いたのは2016年。妻のお父様が起業した同社を引き継ぐために、2011年に入社しました。 事業承継時に、新規事業を立ち上げたり、規模拡大を図るのではなく、顧客に愛着を持って使い続けてもらえる高品質な雑貨を取り扱っていくこれまで強みとしてきた事業方針は大切にしていきたいと考えておりました。

この方針の下で、50年続く会社にしたい、持続可能な会社にしたいと考えた橋谷さん。ところが、見回したところ、個々の業務が属人化されており、このままではいずれ業務が立ちゆかなくなる危機感を覚え、その対策としてIT化は必須と考えました。

橋谷さんが取り組んだIT化は大きく3つ。まず、自社のホームページを自分で見映え良く作り直したこと。2つ目が自社のEC(電子商取引)サイトを構築したこと(後述)。

3つ目が業務システムの構築です。橋谷さんの入社当初、社内に確立された業務システムはありませんでした。輸入関連の仕事は煩雑で、交渉ごとの進捗管理、商品が入ってきたら在庫管理、顧客管理等、入り組んだ様々な業務をスムーズに行う必要がありました。これを、ベテランの社員が、それぞれに良いと思うやり方で器用に切り盛りしていました。しかし、個人の能力に頼らず、誰もが回していける業務システムを確立すべき時代が来ていました。

「お恥ずかしい話ですが、例えば在庫管理のファイルなどはソフトもありませんでした。そういうものを私がひとつずつ作っていきました。予算もないので、最初は通常の表計算ソフトを使うところからのスタートです。

やっているうちに、重要課題は“入力作業を減らす”ことだとわかってきます。それまでは在庫表に入力したあとで、会計処理や他社への報告書など、全く同じ内容を何度も入力していたのです。

効率化を図り、入力回数を減らすためには、システムを構築したほうがいいと思い至りました。そこから先は、何がいいのかを自分で調べ、利用していたITベンダーが主催するセミナーなどに参加し、ITツールを学びながら自社と相性のよさそうなソフトについて勉強していきました」(橋谷社長)


IT投資の決め手は3年後も活用できるか

独自に調査を重ねた末に製品を見定めて、橋谷さんが営業支援ソフトを導入して2年が経ちます。営業管理や顧客管理をクラウドで一元管理できる、世界的に支持されているソフトを選びました。非常に優秀ですが安くはなく、月々の定額料金が1アカウント(ログインするための権利)ごとに発生するものになり、今では5アカウント使っています。

投資する価値があるのかどうか、まず私だけが1年間使ってシステムの理解に努めました。使いこなすにつれて、社員それぞれに使わせないと意味がないこともわかり、アカウントを増やしていきました。

こうしたITに投資する際は、3年後も導入したものが活用できているかどうかを基準に考えて決めています。この営業支援ソフトについても、自分で納得できたので最終的に思いきって全員に導入しました。各自がしっかり運用し、業務が効率化され、売り上げ向上につながればと考えています


インターネットモール出店の敗因と独自ECサイトの構築

山秀は2013年から独自ECサイトを2つ運営しています。ひとつはハンガー以外の全取り扱い製品を購入できるサイト。もうひとつはハンガーだけの専門ECサイト。後者は山秀の基幹商品でもあるドイツ製ハンガーの日本版公式サイトの運営を任されているもので、競合に差をつける大きな強みとなっています。

山秀の基幹商品であるドイツ製のハンガー。
製造元のメーカーから日本版公式サイトの運営を任されている。


実は、橋谷さんが入社する以前に、既存のインターネットショッピングモールに出店したものの、収益につながらなかったという経緯がありました。なぜ収益につながらなかったのでしょう?

「僕は外から見ていた立場ですが、ECサイトに対する戦略がなかったように見受けられました。どうすればいいものができて、誰がそれを回して、どのような消費者を呼び、どのように継続するのか。最終的に『広告を打たなければお客が来ない』というサイクルにはまってしまい、広告を打つと売れるけれど利益は少ないような状態になっていたのではないかと思います。

自分が会社をやっていくなら、インターネットショッピングモール出店ではなく、独自ドメインで展開するほうがいいと答えを出しました。“うちが輸入しているものはこんなに素晴らしいもので、このサイトでも購入できます”と的確に伝えることができれば、熱心な消費者が少しずつ増えていくと推察したのです。

その代わり、自分でちゃんとしたサイトを構築しなくてはいけません。そう判断して独自ドメインのECサイトの制作に取り組みました。ずっと私がサイトを作っていましたが、みんなで作れるようなシステムを入れて、最近は少しずつほかの社員にも分担してもらえるようになってきました」

コロナ禍では、ECサイトを通じてBtoCの売り上げが大きく伸びました。これがBtoBである販売店の売り上げ減少を補ってくれることになり、総合的に見ると大きなダメージは免れています。


リモートワークで、出勤削減を実現

リモートワーク率は極めて高い山秀。橋谷さんが代表に就任した2016年以前から、世界中のどこにいても社内にいるのと同じように情報を得られ、仕事ができる状態になることを目標に、着々と環境を整備してきました。コロナ禍をきっかけに全社のリモートワーク導入は速度を増しました。

「2020年初頭、新型コロナがニュースになり始めた頃から『うちはこれから在宅勤務を大幅に取り入れます』としました。緊急事態宣言の発出はそのあとです。それまでは不慣れな人に合わせてあえてゆっくり進めていたので、これはいいチャンスになると感じました。『この状況だからやるしかない』と社員みんなが納得する状況でしたから

まず、出社しなくてはできない作業を洗い出し、1日交代で2人または3人が出社して倉庫を確認・発送などを行う体制を整えました。付随する事務作業はすべてリモートで。これで政府に要請された“出勤者数7~8割減”も達成することができたのです。

ITを活用して堅実な足場固めを進める橋谷さんに、これからの展開を伺うと。 「弊社は、取り扱い製品が、時にお客様(販売店)のほうから『売らせてほしい』とお越しいただけるほど魅力的であることが最大の強みです。こうした魅力的な商品の取り扱いを増やしていくことで、企業として成長していきたいと考えています。

ただ、新しいものを持って来ようと決めて、それをお客様が納得して買ってくださって、リピート発注がちゃんと来て回っていくのは容易ではなく、3年くらいは我慢しなければいけません。一方では販売店に継続的に営業をかけ、仕入れ元のドイツのメーカーには、最初はできるだけ在庫を持たずにすむ契約にしてもらえるように、また信頼してもらえるように交渉をすることが、弊社のような小さな会社ではカギになってきます。そういう手間暇を惜しまず、ITをうまく活用しながら、これからも本当によいと思ったものを日本に届けていきたい。そして50年続く持続可能な会社を目指します」


IT活用の効果・今後の展望

業務支援クラウドシステムの導入などで一層の効率化

これまでも在庫管理をシステム化して、入力作業を減らし、業務の効率化、標準化に努めてきましたが、さらに一歩進めて、在庫管理のクラウドシステムを導入し、販売管理と一元的な運用を行っています。また会計ソフトについても新たにクラウドシステム(freee会計)を導入し、一層の効率化に成功しています。

また、従来から法人のお客様からの注文FAXをPDF化していましたが、橋谷社長は、受注システムにPDFの内容を入力する手間やミスが発生する可能性もあり改善を図りたいと考えていました。そこで、ECサイトに法人版を設けてお客様に直接注文内容を入力いただくこととしました。法人版については、コンテンツ表示は個人版と共通で、価格表示を卸値とするという内容になっているため二重のメンテナンスロードも発生せず、また法人向けも意識することでコンテンツの内容が一層充実し個人のお客様への訴求力も向上したということです。


営業支援システムの活用が浸透し、売上アップへの期待大

営業支援システムについては前回(2021年3月)の取材以降も、社員全員の活用を促すために、橋谷社長自ら率先して活用し、お客様とのやりとりも全てシステムを通じて行うことで二度手間にならずに一元的にお客様の情報を管理し、共有化・見える化を実現しています。コロナ禍で開催されていなかった展示会もようやく実施されるようになり、参加した展示会で関係ができた見込みのお客様(販売店)の情報をシステムで管理することで、今後、取引開始、売上拡大につながるという手ごたえを感じているとのことです。


在宅ワーカーの専門チームを組成してEC・SNS活用を強化

コロナ禍当初に比べEC販売の伸びは落ち着いており、一層の進展のためにはwebページの差別化が重要と考え、同社では主にwebページ制作を担う在宅ワーカーの専門チームを設けています。約10名が在籍し、webページ制作を中心にSNS投稿、電話・メールでのセールスなど在宅でできる業務に特化しています。質のいいwebページを制作するためにはデジタルスキルだけではなく取り扱う商品の知識も重要であり、在宅ワーカー向けに社内ウェビナーを実施して商品の良さをしっかり学んでいただけるよう工夫しているとのことです。

同社は、過去インターネットモールへの出店で失敗をしていますが、独のハンガーメーカーであるMAWA社の公式オンラインショップという形式で再出店を果たしました。

橋谷社長は、EC販売を増やしていくためには露出を増やし、ブランド価値を高めていくことが重要で、今後は、InstagramはもちろんRoomClipという部屋の中で使う生活雑貨等を投稿するSNSも積極的に活用し、ブランド価値をさらに向上していきたいと語っています。




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