政策提言・要望

政策提言・要望

労働政策に関する要望

2001年7月12日
東京商工会議所

 経済構造改革、とりわけ不良債権の最終処理にともなう離職者の発生に対応するため、経済産業政策として新産業・新市場の育成による530万人の雇用機会の創出が打ち出されているが、雇用・労働政策においては構造改革に対応した労働法制や労働市場の整備、職業能力開発システムの再構築等を通して、わが国経済社会の活力再生に主導的な役割を果たすことが期待される。
 もとより企業は厳しい経営環境のもとでも最大限雇用の確保に努めているが、将来に亘ってより安定的な雇用を確保していくためには、政策の重点を従来の企業内の固定的な雇用から、社会全体で雇用を支える方向へシフトして、産業構造の変化に柔軟に対応できるインフラを構築すべきである。
 まず、正規常用雇用を前提とした労働基準法制が、労働者の就業意識や企業の雇用需要等の新たな変化に対応できなくなっている点に着目し、中小企業をはじめとする企業の経営実態を充分に踏まえ、法制面の見直しを行うとともに、「労使自治」を最大限に尊重する政策へと転換する必要がある。
 次に、企業の雇用需要と労働者能力とのミスマッチの解消に取り組み、「失業なき人材移動」を実現する必要がある。人材派遣・紹介に係る規制改革による効率的な労働市場の整備や人材関連産業の積極的な育成、職業能力開発への支援など、ポジティブなセーフティ・ネットを拡充することが重要である。
 また、少子高齢化による労働力人口の減少が懸念されるなか、将来に亘って経済社会の活力を維持するためには、高齢者の雇用を促進するとともに、子育てと仕事の両立を支援し女性の社会参画を着実に進めていく必要がある。
 以上の認識のもと、今後の労働政策について下記の事項を要望する。

要望




1 労働基準法制の見直しによる企業活力向上と雇用の創出
 (1) 有期雇用契約にかかる規制の見直し
    現行の有期雇用契約による雇用期間は原則1年以内、例外的(高
   度な専門的知識・技術・経験を有する者が対象)に最長3年となっ
   ている。しかし1年以内の期間は労働者にとっては短期雇用への不
   安、また企業においては教育訓練コストの回収等の観点からあまり
   に短く、双方に支障をきたしている。
    労働者の働き方の選択肢を増やし、企業の雇用機会の拡大をはか
   るためにも、有期雇用契約の期間について、すべての労働者を対象
   に最長期間を5年に延長すべきである。

 (2) 新裁量労働制にかかる規制の見直し
    昨年4月から「企画業務型」の新裁量労働制が新たに導入された
   が、実際の企業での採用は低い水準に止まっている。これは新裁量
   労働制の対象となる業務や労働者、事業場の範囲が限定的であるう
   え、制度採用にあたって労使委員会の設置、所轄労働基準監督署へ
   の届出、出席委員全員の合意にもとづく決議など、運用面において
   従来の「専門業務型」の裁量労働制に比べ格段に厳しい要件が加え
   られているためである。
    成果主義賃金への動きが広がるなかで新裁量労働制は企業活力の
   向上をはかるうえで不可欠な制度であり、企業での広範な導入と社
   会的定着が重要な課題である。新裁量労働制については、対象業務
   や労働者、対象事業場の範囲の拡大と労使委員会にかかる運用の弾
   力化等の見直しを行うべきである。

 (3) 産業別最低賃金の廃止を含む最低賃金制度の見直し
    最低賃金制度については近年、企業収益の悪化、連続的な物価下
   落などのデフレ経済が続くなか、最低賃金額だけが右肩上がりに引
   き上げられ続けている。これは企業の支払い能力とのバランスを欠
   き、国際競争力の維持の観点からも到底理解しがたく、今後最低賃
   金制度のあり方について抜本的な見直しが必要である。
    また、産業別最低賃金は地域別最低賃金が全国的に整備・適用さ
   れて定着をみた今日、屋上屋を架すもので、企業の経済活動に支障
   をきたすばかりでなく、雇用にも悪影響を及ぼすことから絶対に廃
   止すべきである。

 (4)「整理解雇」規制を緩和する明確なルールづくり
    企業は本来、解雇予告または解雇手当の支給により解雇しうるが、
   判例法は権利濫用法理の適用により、事実上解雇がきわめて難しい
   厳格な規制を確立している。法律によらず判例でこうした経済社会
   的影響の大きい規制が行われること自体理解し難いうえ、この厳し
   い解雇制限が成長企業の新たな雇用機会拡大を制約し、失業率の高
   止まりの一因となっている。
    とりわけ、「整理解雇」について判例法が求める4要件(人員削
   減の必要性、整理解雇の必要性、被解雇者選定の妥当性、手続きの
   妥当性)は、企業にとってきわめて厳格な規制である。存亡の危機
   ともいえる厳しい経営状態に陥った際にもこうした制約を課すこと
   は著しく均衡を欠き、わが国企業の活力をさらに低下させることに
   なる。「整理解雇」についての厳しい規制を緩和する明確なルール
   づくりを急ぐべきである。

2 労働市場の規制改革と総合的な人材関連産業の育成等
 (1) 労働者派遣法の規制緩和
    現行の労働者派遣法では派遣期間について最長1年の規制が存在
   する。これは労働者における雇用不安、派遣先・派遣元の双方の企
   業における教育訓練コスト回収難など、無用な混乱を引き起こして
   おり、派遣期間1年の規制は早期に撤廃すべきである。
    また、対象業務について現行では「物の製造」の業務が外されて
   いるが、これを除外することの合理性はなく、むしろ労働者の就労
   機会を奪っているというべきで、早急にこれを対象業務として認め
   るべきである。これらを含めて広く労働者派遣法についての規制緩
   和と運用の弾力化に早急に取り組むべきである。

 (2) 職業紹介事業に係る規制緩和等
    職業紹介事業(職業安定法)の紹介手数料は、現在求人企業から
   は省令で定める額または届出手数料の選択制、求職者からは原則徴
   収不可となっている。しかし、効率性と信頼性の高い人材紹介を拡
   大していくためには、求人企業からの手数料を完全自由化とすべき
   であり、また求職者からの手数料についても受益者負担の観点から
   上限付きで徴収を認めるべきである。
    また、海外からの人材紹介にかかる許可手続きには、相手先国の
   関係法令とその日本語訳が必要となっている。IT分野等で海外人
   材への期待も高まっており、事業者に過重な負担を求める現行の手
   続きは簡素化すべきである。このほか責任者制など職業紹介事業に
   関する規制の見直しや運用の弾力化に積極的に取り組み、労働市場
   の効率性を高めるべきである。

 (3)人材派遣・紹介法制の一元化と総合的な人材関連サービス産業の育成
    労働市場に係る事業者は、紹介予定派遣の解禁等を契機に人材派
   遣事業と職業紹介事業の許可を併せて取得する方向にある。いわば
   人材の派遣と紹介はより一体的な事業分野となって、民間主体の労
   働市場が大きく発展しつつある。
    こうした状況を踏まえ、民間労働市場の育成発展を法理念として、
   現在の労働者派遣法と職業紹介法制を統合し、一元化した法制とす
   ることが重要な課題である。今後は産業の構造改革のなかで重要な
   役割を占める人材関連産業、すなわち人材派遣・人材紹介・人材開
   発(労働者の能力評価、コンサルティング、能力開発)、募集や採
   用等の人材に関するアウトソーシング・ビジネス等を包含する「総
   合的な人材情報サービス産業」を労働政策として主導的に育成して
   いくことが重要である。特に職種・能力等において多岐に亘るホワ
   イトカラーの人材移動については、主として民間が担い、公共職業
   安定所との機能分担と有機的な連携をはかる必要がある。

 (4)「中高年齢者緊急就業開発事業」の拡充
    45歳以上の中高年齢者を対象とした「中高年齢者緊急就業開発事
   業」(昨年12月実施)は、求職者・求人企業が最長3ヶ月間の試行
   就業(トライアル雇用)を経て、常用雇用への移行を目指すもので、
   中高年齢者の再就職促進とミスマッチの解消に実績を上げつつある。
   今後とも事業の普及とともに、効果はさらに広がるものと期待する
   ところであるが、さらに常用雇用への移行を高めるため、事業の対
   象年齢を一般に再就職が難しくなるとされる「40歳以上」にまで拡
   大するとともに、緊急事業としての性格を踏まえつつ、本年7月ま
   でとなっている事業期間を雇用・失業情勢が回復・安定するまで延
   長すべきである。

3 「人材大国」づくりを主導する職業能力開発の推進
 (1)高度専門職業人・技術者、「新規・成長産業分野」を担う人材の育成
    産業構造の変化や企業活動の高付加価値化等を背景に、わが国労
   働者に求められる能力水準はますます高まり、専門性も多分野に亘
   っている。このため高度の専門性を有する職業人・技術者を育てる
   ための能力開発や「新規・成長産業分野」を担う職業人向け再教育
   について、大学・大学院等の高等教育機関や専門学校等との連携を
   強化し、「人材大国」に向けてわが国労働者の職業能力開発を格段
   に充実させていく必要がある。
    厚生労働省においては経済産業省、文部科学省との広範かつ緊密
   な連携のもと、教育機関や労働者に対する情報提供や助成措置を含
   め、職業能力開発の総合的プログラムを主導的に策定すべきである。

 (2)官民一体となった労働者のキャリア形成への支援
    労働者が自らその適性や職業能力を的確に把握しながら、産業経
   済の変化を踏まえて将来に亘って求められる能力を先進的に身につ
   けていくことは重要であり、労働者に対して適切なキャリア・カウ
   ンセリングを行う仕組みづくりが緊要な課題である。厚生労働省に
   おいて労働者のキャリア形成支援が重要施策に位置付けられ具体化
   が進められていることは望ましいことであり、一方で民間において
   もキャリア・カウンセリングを行う実務者の資格認定制度がすでに
   いくつか発足し、活動を開始しているところである。
    今後は、これら労働者のキャリア形成に関して充分な知識・情報
   ・経験等を持った専門家が、厚生労働省の職業安定・能力開発関係
   機関においてはもちろん、企業内の人事管理・能力開発部門、人材
   紹介・派遣・研修等の人材ビジネス産業界においても有効に機能す
   るような環境づくりを重点化すべきである。

 (3)労働者の自主的な能力開発を支援する「能力開発税制優遇措置」
    個々の労働者が自主的に、また自らの責任において産業経済の変
   化に柔軟に対応できる能力開発に取り組むことが重要であり、これ
   を支援することは将来に亘ってわが国の経済活動を支えていく人材
   を安定的に育成するという観点からも重要な課題である。
    現行の税制では労働者が現在の職務の遂行に必要な職業能力開発
   のために支出した費用については特定支出控除が認められているが、
   これ以外の能力開発費用については特段の措置がなされていない。
   そこで労働者が現在の職務の範囲を超えて,労働市場で広く通用す
   る職業能力の開発・向上を自主的に行った場合にも、それに要した
   費用について給与所得から控除するなど、税制上の優遇措置を講ず
   る必要がある。
                                   
4 中小企業の雇用確保・拡大に向けた政策支援の拡充
 (1)中小企業の高齢者雇用に対する政策支援
    60歳を超える雇用延長が努力義務とされているが、現下の厳しい
   経済情勢のなかで中小企業が高齢者の雇用確保に取り組み社会的な
   定着をみるためには政策的支援が不可欠である。すでに高齢者雇用
   推進のため各種の助成事業が運用されているが、助成対象の認定基
   準の引き下げや助成率の引き上げなど、制度の拡充と財源の重点配
   分をはかるべきである。併せて、中小企業に対する普及啓発につい
   て引き続き積極的に取り組むとともに、高齢者雇用をめぐる人事賃
   金制度や職場環境の整備等に関する企業向けコンサルティング、調
   査研究事業を拡充されたい。

 (2)「IT人材」「中途採用」等中小企業の人材確保支援
    中小企業では産業の高度情報化に対応できる情報技術の専門的知
   識を持つ「IT人材」が恒常的に不足している。中小企業の人材確
   保については従来、中小企業労働力確保法により各種助成措置がと
   られてきたが、中小企業の「IT人材」確保についても特段の政策
   支援を講ずるべきである。また、中小企業の採用は近年、即戦力と
   しての能力発揮が期待できる「中途採用」に重点化してきている。
   このため政策当局においては、企業の中途採用に関する調査研究・
   情報提供等に取り組むとともに、商工会議所等の経済団体が実施す
   る中小企業向けの中途採用等人材確保支援事業について、必要な情
   報の提供をはじめ各種の支援・協力を願いたい。

 (3)「インターンシップ制度」の拡大・定着への支援
    新規学卒採用者の早期離職率の上昇、若年層の定職率の低下など、
   若年労働者の職業意識の低下が顕著となっており、その対応策のひ
   とつとしてインターンシップ(学生の就業体験)の拡大・定着が重
   要な課題となっている。とりわけ大企業へ人気が集中しがちな学生
   に対して、機動的でダイナミニズムに富む中小企業への理解を促す
   ため、中小企業におけるインターンシップの受け入れを拡大する必
   要がある。経済産業省、文部科学省等との緊密な連携のもと、受け
   入れ中小企業への助成措置の拡充や、推進機関による企業・大学間
   の情報交換・コーディネート機能の強化等、インターンシップの拡
   大・定着に向けて総合的な政策支援を構築すべきである。

 (4)アウトソーシング型福利厚生サービスの利用に対する支援
    労働環境の改善や従業員の福利厚生の充実を政策的に支援する
   「中小企業雇用環境整備奨励金」は、そのための設備や施設の設置
   ・整備を行うことを要件としているが、現在の厳しい経済情勢下、
   中小企業がこれらの設備投資を行うことはきわめて難しい。むしろ
   今後の企業の福利厚生は、低コストで多様化する従業員のニーズに
   応えることができるアウトソーシング型のカフェテリア方式(従業
   員が一定の持ち点のなかで自由にサービスが選べる)が主流となる。
   したがって、例えば東京商工会議所が事業として展開する「CLU
   B CCI」など、会員制の福利厚生サービスの利用を同奨励金の
   支給対象に新たに加えて、中小企業の従業員に対する福利厚生の充
   実をより広範に支援すべきである。
 
5 保育の量と質の確保による子育てと仕事の両立支援
 (1)幼児保育の拡充と民間参入の促進
    大都市圏を中心に保育施設は近年、増加する需要に対して不足状
   態にあり、さらに潜在需要が見込まれることから、保育施設の増設
   を強力に進め、「待機児童ゼロ」を早期に実現する必要がある。ま
   た、早朝・夜間での延長保育や低年齢児保育等、女性の社会進出に
   伴って多様化する保育ニーズに柔軟に応えることも重要である。こ
   のため公設保育所のほか民間からの保育事業への参入を促進するた
   めの助成措置を拡充すべきである。併せて、安心して幼児を預けら
   れる信頼性の高い保育体制の確保も緊要な課題である。保育サービ
   スの質的な向上に向けた保育指導者・従事者に対する訓練・研修制
   度の整備・運営が急がれており、そのための予算措置を早急に行う
   べきである。

 (2) 学童保育(放課後児童健全育成事業)の拡充
    学童保育は近年増加傾向にあるものの、全国の小学校における設
   置率は45.5%に止まっている。また、放課後児童の毎日の生活空間
   としての施設についても間借り的な利用や老朽狭小等の不充分さが
   目立ち、指導員については不安定な雇用と劣悪な条件のもと定着が
   難しいなど、学童保育の基盤にかかる問題が指摘されている。国お
   よび自治体においては児童を安心して預けられる学童保育の最低基
   準を明確化するとともに、施設の充実と常時複数指導員が配置可能
   となるような事業予算を確保し、必要な地域すべてに安心感の持て
   る学童保育を早急に整備すべきである。

6 その他
 (1)構造改革に対応する「雇用保険3事業」の再構築と説明責任
    雇用保険3事業(雇用安定・能力開発・雇用福祉)の見直しにあ
   たっては、今般発足した「政策評価制度」を有効に機能させつつ、
   「選択と集中」の観点から事業効果を最大にする事業の再構築が求
   められる。利用実績や事業効果を踏まえ積極的な廃止・統合を進め
   るとともに、利用者の立場に立った取扱い窓口の一元化(ワン・ス
   トップ・サービス化)や申請手続きの簡素化に取り組むべきである。
    一方、経済社会の構造改革の進展を踏まえた新たな雇用安定事業
   ・能力開発事業等の充実が期待される。高齢者雇用や中小企業の人
   材確保、高度な専門性を持った人材や新規・成長産業分野を担う人
   材の育成等といった重点課題に対応するための事業を拡充し、優先
   的に財源を配分する必要がある。
    なお、保険料を負担する事業主への説明責任の観点から、雇用保
   険3事業の趣旨・内容・予算・実績・評価等について情報公開を積
   極的に行うべきである。

 (2)個別労働紛争処理制度の適正な運用
    個別労働関係紛争処理制度については、労働基準監督行政を行う
   都道府県労働局において個別労使紛争のあっ旋等が行われることに
   ついて、かねてからその運用に強い懸念を抱いているところである。
    当局においては個別紛争解決制度と労働基準監督行政との完全分
   離はもちろん、あっ旋申請が行われ、他方当事者からあっ旋不参加
   の意思表示があった場合の即時あっ旋打ち切り、当事者があっ旋に
   応じないことによる不利益を受けないことの徹底をはかるべきであ
   る。
    併せて、個別紛争に対応する体制が必ずしも充分でない中小企業
   に対する労働法制・労務問題に関する情報提供等に積極的に取り組
   むべきである。

 (3)企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題への対応
    企業の合併、営業譲渡等の企業組織再編が行われる際の労働関係
   の諸問題については、主として労働者保護の観点から検討が進めら
   れている。そうした観点も必要ではあるが、そのことが急激な経済
   環境変化に対する企業の柔軟な対応の制約要因となり、結果として
   経済の活力を削ぐことのないよう充分に留意すべきである。

以上
【本件担当・問い合わせ先】

東京商工会議所