<事業承継事例No.4>【オーナー経営者のための事業承継】ファンドを選択した事例(前編)


事業承継事例


~親族・従業員、第三者承継(M&A)でもない、“ファンド”という選択肢~
国境と世紀を越えた中小企業の事業継承とその前後
-SVPジャパンの事例・前編-


“S'il vous plait”
『よろしかったら』というフランス語の頭文字が、株式会社SVPジャパン(本社:東京都中央区。以下、「SVP社」)の社名の由来です。後継者不在だったSVP社のオーナー経営者の小笠原忠明社長(当時)が、事業を承継した相手は、親族でもなく、事業会社でもなく、“ファンド”でした。あまり馴染みがない、むしろ敬遠されがちな“ファンド”になぜ事業を承継したのか?まずは、ファンドに託すまでの背景をご紹介します。 





SVPの歴史とブランド

SVP社の事業のルーツは1935年に遡ります。フランスの国営サービスとして『電話加入者に電話1本でビジネス情報を提供する』という“SVPフランス”がその始まりです。以降、「法人を対象にした会員制ビジネス情報サービス」として、世界40ヶ国以上に広がり、今なお世界各地で10万人以上に活用されています。

日本では、1974年に「日経SVP」として設立。1989年にSVPジャパンとなり、オーナー経営者の小笠原忠明氏の下、現在に至るまで、SVPグローバルネットワークの1社として日本と世界をつないできました。公開情報を用いたビジネス情報を収集し迅速に提供する『クイックリサーチ』というサービスは、上場企業を中心とする会員企業の市場調査や業界調査に欠かすことのできないツールとなっています。


誰に相談するかという“選択”

約50年にわたりSVP社に携わってきた小笠原社長も70歳を超え、また、40年近く二人三脚でSVP社の歴史を築き上げてきた小山覚取締役も60歳を超えて、経営を取り巻く環境も大きく変わるなか、いよいよ“後継者不在”という問題が顕在化してきました。親族にも社内にも後継者候補がいなかったため、採りうる選択肢は「第三者への承継」でした。

第三者への承継を検討するにあたっては、社員が安心して働き続けられること、企業としての中立性が維持されることを必須条件と設定しました。

では、誰に相談するか?まずは“指南役”を探すところからです。昨今では、“事業承継”は1つのビジネスマーケットとして確立されており、オーナー経営者にはM&A仲介会社や金融機関等からひっきりなしに相続やM&Aに関する提案やアプローチがあります。

SVP社の場合は、無借金経営で金融機関と日々の付き合いがなかったこともあり、小笠原社長ご自身で、「M&A仲介会社」に関する情報を収集し、『中小企業のM&A支援実績が豊富』、『完全成功報酬型である』、『担当者の人柄や誠実さ』で評価した結果、中堅のM&A仲介会社に譲渡相手探しを委ねることとしました。


社員のための“選択”

小笠原社長は、第三者に承継するという不安のなかで、特に、『自分の選択が社員にどう受け止められるか?受け入れてもらえるか?』という点を最も気にされていました。

SVP社の事業の要であるコンサルティングセンターは、会員企業からいつ来るかわからない、どのような依頼にも2営業日以内にリサーチして、満足いただけるレベルの情報の提供・報告をするという大変な仕事です。この仕事は、SVP社に永年にわたり貢献してきた、経験豊富で能力の高い社員がいるからこそ成り立っている事業であり、社員こそがSVP社の事業の根幹となっています。

みんなが納得できるような新しいオーナーには誰がふさわしいのか?誰に経営を担ってもらえば、社員が幸せに働き続けられるのか?小笠原社長は、これからの会社の姿やあり方に思いを巡らせていました。




今回、指南役となったM&A仲介会社では、自社の成約事例を集計して公表していますが、同社のデータによると、過去、買い手になったのは、年商1億円未満の会社から各業界を代表する大企業まで『上場企業45%、未上場企業55%』という割合で、さらに『事業会社92%、ファンド(投資会社)8%』というデータも公表しています。

この結果をみると、“ファンド”が買い手になった事例は1割にも満たない状況です。日本でもファンドが買い手となる事例は年々増えているとはいえ、年間では大小あわせても160件ほどという統計もあり、選択肢としてはまだ少数派といえます。

実際に、M&Aで譲渡相手を探す際、ファンドのイメージや先入観から、『ファンドはNG』と譲渡候補先リストから外すオーナー経営者も少なくありません。ただ、小笠原社長は“ファンド”への抵抗感はなく、まずは幅広く候補先を探すこととしました。M&A仲介会社も、小笠原社長の意を受けて、事業領域の近い「コンサルティング会社」や「リサーチ会社」に加えて「ファンド」も候補先としてリストアップし、関心の有無を打診した結果、錚々たる大企業をはじめ、買いたいと手を挙げた先は相当数になったそうです。誰もが名前を知る会社が親会社になれば、社員も安心し、会社も安泰な気がします。しかし、小笠原社長が最終的に選んだ相手は、そうした有名企業ではなく、“ファンド”でした。


将来を見据えた“選択”

小笠原社長が譲渡先に選んだのは、日本プライベートエクイティ株式会社(以下、「JPE」という。)が運営する、中小企業の事業承継支援に特化した『TOKYOファンド』でした。

※東京都が主たる出資者となって組成され、JPEが運営を委託されている、中小・小規模企業向けの事業承継ファンド。東京都をはじめ、設立趣旨に賛同した、きらぼし銀行、ゆうちょ銀行、西武信用金庫、城南信用金庫、株式会社フォーバル、東京信用保証協会も出資。



小笠原社長は、『M&Aで事業会社の傘下に入るのではなく、TOKYOファンドを株主とし、JPEを経営のパートナーとして、社員を中心とした経営を継続することが最善の策。』と決断されました。社員が譲渡先の名前を聞いた瞬間にどう受け止めるか、世間がどう思うかという、“一時”の印象ではなく、その先、社員が一緒に歩んでいける相手か、会社が一緒に成長できるかという“将来”を見据えて出した結論です。

買い手候補先との“お見合い”の場を重ねるなかで、『この人たちとなら社員も幸せに働き続けることができる』『この先、たとえ苦労することがあっても、みんなで一緒に乗り越えて会社を発展させてくれる』といった確信を持てるかどうか?この点を重視しました。小笠原社長は、各社との面談を通じて、『任せて安心か?』『なにか違う』『これは無理!』といった自問自答を繰り返しながら、面談に常に同席されていた小山取締役とともに、最後は二人で決断されました。

もちろん、企業規模や知名度、高い評価をしてくれたからという点も判断材料となりますが、買い手候補による事業への理解や想い、 特に、中小企業であることや社員への理解があるかどうかという観点からも、『誰に』ということを重視されたといえます。





受け入れられた“選択”

譲渡先にTOKYOファンドが選ばれてからは、ファンドによる企業精査、株式譲渡にあたっての諸条件の調整などを経て、“結婚”という成約に至ります。その過程は、“交渉”でもあり、売り手と買い手が互いに信頼感を醸成する期間でもあります。“お見合い”から“結婚”までは約7ヶ月を要しました。

そして、いよいよ、事業承継を社内で発表する日を迎えます。コロナ禍でしたが、ほぼ全社員の約30人が揃った前で、TOKYOファンドが新しい株主になったこと、経営体制が代わりJPEが経営のパートナーになったことが発表され、ファンドとしても挨拶をしました。

通常、こうした発表の場は、互いにまだ探り合いながらの緊張の場ゆえ、大抵、挨拶のみで終わるのですが、SVP社の場合は少し違っていました。挨拶が終わってからの社交辞令的な『何か質問ありますか?』との問いかけに、社員の方からストレートな質問が次々と飛んできました。その内容としては、『これからの仕事の進め方』、『経営数値の共有』、『5年後にどうなるのか』について・・・。しかし、それは決して敵意のあるものではなく、率直にわからないことに対する不安もあれば期待もある、会社への想いもある、だから真剣に知りたいという“直球”と受け止めました。社員としては、もっといい会社にしていきたい、そのためにはどうすればいいか?株主としてどう考えているのか?と、新たにオーナーとなった覚悟を試された場面でした。

そして、やりとりをするなかでの少し和らいだ空気は、まずは受け入れてもらえた、少なくともファンドの存在を前向きに捉えてもらいみんなが同じ船に乗った、と実感するものでもありました。
こうして、新しい株主の下での経営が始まりました。

連載記事

<事例 No.1>事業承継ファンドを通じて、元銀行員が個人で製造業を引き継いだ事例
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei1/

<事例 No.2>親族でもなく、M&Aでもなく、「ファンドに託す」という選択肢
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei2/

<事例 No.3>これからの美容室経営の選択肢 ~“承継”と“成長”と“夢”の実現のために~
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei3/

<事例 No.4>ファンドを選択した事例(前編)
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei4/

<事例 No.5>ファンドを選択した事例(後編)
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei5/




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