<事業承継事例 No.1>事業承継ファンドを通じて、元銀行員が個人で製造業を引き継いだ事例(第三者承継:日本ヒーター機器株式会社)


事業承継事例

コンビニエンスストアのシェア6割を占めるニッチトップ企業

日本ヒーター機器株式会社は、東京都大田区に本社を構える、飲料・食品用の加温機器メーカーである。主な顧客は大手コンビニエンスストアチェーンであり、加温機器専門メーカーとしての高い技術力とニーズへの対応力、スピード感のある開発力が強みで、量産体制に入ると売上高は年40億円を超え、堅調な業績を維持してきた。

同社は、コンビニエンスストアのレジ横に設置されるホットショーケースや中華まんスチーマーを開発・製造し、アフターサービスまで一手に手掛けている。全国のコンビニエンスストアに同社の製品を納入し、市場シェアは6割を占めるニッチトップの中小企業である。

ホットショートケース(左)、中華まんスチーマー(右)


事業承継ファンドの出資を受け入れて事業承継を模索

前経営者であった伊藤英孝さん(62)は、計画的に準備をして、事業承継を進めるため、「つむぐ事業承継ファンド」(ファンド組成日2018年9月/横浜銀行と日本政策投資銀行、東日本銀行が出資し、横浜銀行と日本政策投資銀行が共同で運営)の出資を受け入れ、事業承継を模索することになった。 同ファンドの役割は、経営者交代が円滑に進むように支援するとともに、後継者が事業を引き継ぐまで株式を安定的に所有することである。

血縁関係のない元銀行員が引き継ぐ

一般的なファンドの場合、ファンドが主導して出資先に経営者を送り込むが、今回のケースは違った。前経営者である伊藤さんが後継者を指名し、ファンドも合意の上で事業承継が行われたのだ。

後継者として指名され、現在、当社の社長を務めているのは八幡昇さん(51)。八幡社長は、横浜銀行を傘下に持つコンコルディア・フィナンシャルグループの元秘書室長兼広報室長で、先代との血縁関係はなく、外部からの招へいで会社を引き継いだことになる。もちろん、八幡社長は横浜銀行グループを退職しており、この9月には株式も引き継ぐ。

前経営者が後継者を指名し、前経営者・後継者・ファンドが合意のうえ、事業承継がクロージングする事例は、知る限り日本で初めてではないかと思っている」と、八幡社長は語る。


前経営者の決断と後継者の覚悟

「前経営者の全面的なバックアップがあったから、私の覚悟も決まった」と八幡社長は振り返る。経営者が思い入れのある会社を第三者に譲ることは、親族や従業員へ譲る場合よりも残された従業員の心理的な負担は一層大きいケースが多く、経営者も躊躇するものだ。「伊藤さんの決断はすごく勇気が必要であったと思う」と八幡社長は語っている。

伊藤さんも先代の親族ではなく、当社で従業員として働いたのちに社長として会社を引き継いだが、従業員承継で事業承継を行った経験が次の後継者選定にも役立ったと言う。伊藤さんは、自社の企業風土や営業・財務などを分析することで、自社にとって必要な後継者の要件を洗い出したうえで、後継者候補に求める人物像をファンドに伝え、後継者人材の探索に動いた。その中で、候補にあがったのが八幡社長だった。

八幡社長

八幡社長とは横浜銀行の大森支店長時代に面識があり、リーダーシップのある人となりや能力・経営に対する考え方などを知っていたことが決め手となり、2019年夏に前経営者の伊藤さんが八幡社長を後継者に直接指名したのだ。

八幡社長も、中小企業の社長になるには大きな覚悟が必要だった。勤め先の銀行グループとの折り合いをつけることはもちろん、家族や周りの理解を得る必要もある。銀行員という安定的なポジションを捨てる勇気も必要だった。 しかも八幡社長が熟考を重ねた末に、当社への転身を決めたのは、働き盛りの49歳の時だった。その後の新型コロナウイルス感染拡大による混乱の中でも、決意が揺らぐことはなく、八幡社長は2020年夏に当社へ入社した。


伊藤さんから八幡社長へ社長業を引継ぐ半年ほどの間、伊藤さんは八幡社長に全権を委任しつつ、一緒に業務を行った。伊藤さんと八幡社長の勇気ある決断と覚悟が、この事業承継を成功に導いた。


伊藤前社長(左)と八幡社長(右)


コロナ禍の影響で、事業承継時期を1年前倒しに

二人はもう一つ大きな決断をしている。
当初の計画では社長交代の時期を2022年に設定していた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、事業承継を後回しにする企業が多くなっている中で、当社は計画よりも一年早い2021年に社長交代を行ったのだ。

既に八幡さんと従業員との関係性が構築できていたこともあり、コロナ禍で事業変革が求められるなか、若い経営者の方が変化に対応できると伊藤さんが考えたからだ。さらに、社長だけが辞めても世代交代にならないと考え、長年伊藤前社長の右腕として働いた佐藤前専務(62)も一緒に引退した。新たに社内から前多さん(57)が専務に昇格し、新しい経営体制へ移行した。

八幡社長は、事業承継時を振り返り、「緊急事態宣言下での船出となったが、経営幹部や従業員が足りないスキルを補完しあい、それぞれのスキルを結集し最大化していくことで、社内に良い化学反応が起きている」と語った。
経営者交代を機に新たな事業を推進することで業績にも良い影響がでており、八幡社長は「今後は、従業員とともにコロナによる社会の激変に挑戦し、未来を切り開いていく」と、今後の事業発展に向けた努力を固く決意している。


八幡社長(左)と前多専務(右)
開発会議は「スピード」「創造力」「品質」を重視し、それぞれのスキルを結集



【八幡社長が挑戦した新たな取り組み】


  • 東京商工会議所が行った「事業承継の取り組みと課題に関する実態アンケート」(2021年2月)では、年齢が若い経営者ほどコロナ禍においても積極的に新しい取り組みに挑戦しているとともに、2000年以降に事業承継を実施した企業ほど業績が良いという結果が出ている。

【コロナ禍における新たな取り組み】
【直近決算期(前期)利益状況(2000年以降の事業承継の有無別)】

出典:東京商工会議所「事業承継の取り組みと課題に関する実態アンケート」


事業承継の際に最も重要な要素は「資金と人」

八幡社長は、事業承継において最も重要な要素は「資金と人」であると話す。

資金面では、八幡社長は元銀行員であり、財務面が明るいことはもちろんであるが、銀行員人生で培った人脈と知識をフル活用し、退職前から今に至るまで横浜銀行や日本政策投資銀行などとも何度も話し合いを行い、銀行団との強固なリレーションを築いたことが会社の資金繰りや事業承継での一連の資金面での強みとなった。

もう一つの重要な要素である「人」とは、後継者のことだ。 中小企業の事業承継は、その会社特有の企業文化など、実際に入社してみないとわからないことが多い。また、非上場株式の取得に対する費用負担や借入金の経営者保証を背負うなどリスクが大きく、従業員は承継を躊躇することも多い。さらに、第三者承継や外部招へいの場合には、新たに従業員との関係を構築する必要がある。

「従業員との関係が崩れると、すべてが壊れる」と八幡社長は語る。八幡社長は横浜銀行ロンドン駐在員事務所長時代、夜間・休日に自費でMBAを学び自己研鑽に励んだ。元銀行員というバックグラウンドはあるものの、自己研鑽を続け、自身の経験や人脈を活かし交渉力を発揮する八幡社長の取り組みは中小企業の経営者のヒントになる。


中小企業の経営者へのメッセージ

八幡社長は、自身の経験を踏まえて、中小企業の経営者へ次のようにメッセージを送っている。 「中小企業の経営者は真面目で、自分を犠牲にし、時には私財を投じて会社を経営しています。従業員のことを家族同然に考えている経営者も多い。一緒に働いてきた従業員を残して、事業を第三者の後継者へ引き継ぐ際、自身の株式を譲渡することにためらいを感じる経営者がいるとの話も聞きます。しかし、事業承継の先延ばしは従業員をかえって不幸にする場合があります。信頼できる後継者を選定し、後継者に事業を承継したら安心して会社を任せ、中小企業の経営者もハッピーリタイヤを実現してください」と。

また、「若い人が経営者を目指す際は、是非後押ししてほしい」とも語った。現在、八幡社長のところには、今回の取り組みを聞いて他の中小企業経営者からの相談も多数寄せられているという。事業承継は簡単ではなく、数々の困難もあると前置きした上で、「現経営者が事業承継を経営者の最大の仕事として強く意識し、『いつかその時が来たら』ではなく、今からあるべき姿を構想し、計画的に進めることが事業承継を成功させる第一歩である」と。

今年1月の役員退任式後の伊藤前社長(右)と佐藤前専務(左)


連載記事

<事例 No.1>事業承継ファンドを通じて、元銀行員が個人で製造業を引き継いだ事例
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei1/

<事例 No.2>親族でもなく、M&Aでもなく、「ファンドに託す」という選択肢
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei2/

<事例 No.3>これからの美容室経営の選択肢 ~“承継”と“成長”と“夢”の実現のために~
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei3/

<事例 No.4>ファンドを選択した事例(前編)
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei4/

<事例 No.5>ファンドを選択した事例(後編)
https://www.tokyo-cci.or.jp/jigyoshoukeiportal/column_jirei5/





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