政策提言・要望

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『独占禁止法研究会報告書』に対する見解

2003年12月5日
東京商工会議所

 独占禁止法の大幅な強化改正が行われた1977年から約四半世紀が経過する間、我が国の経済・社会構造は劇的に変化しており、現行の法制度等の見直しを行うことは必要であるが、その際、競争政策の対象となる市場の実態を吟味し、それに相応しい制度づくりや運用を検討・実施しなければ政策効果を挙げることは不可能である。
 ところで、今日、日本経済は内外の市場環境の変化によって、未曾有の競争的な市場となっている。すなわち、国内にあってはバブル崩壊後の過剰供給・需要不足に伴う激しい競争が展開され、また、対外的にはグローバル化の進展に加えて中国はじめ有力な後発国の追い上げと円高によって厳しい競争圧力に晒されている。その結果、デフレ(物価の長期的下落)が深刻化し、また、ユニクロ・モデルに見られるように海外の低賃金労働力を活用した低価格商品が市場を席捲して価格引き下げ圧力を増大させ、価格競争をさらに激化させている。
 以上のような「大競争・価格破壊時代」にあって、我が国の中小企業が産業の空洞化による地域経済の疲弊、デフレの長期化、金融システム不安という極めて厳しい苦難を背負いながら、生き残りを賭けて塗炭の苦しみに耐え事業を継続していることは周知のとおりである。
 このような状況下において、報告書に盛り込まれた独禁法の強化案が、当面の最大課題である「デフレからの脱却」を果たし、また、後発国の追随を許さぬ高付加価値型産業構造への脱皮を遂げ「豊かで活力ある経済社会」を構築するために真に適当な政策であるのか、甚だ疑問を感じざるをえない。
 グローバル化と後発国の追い上げに対応して、構造改革を進め日本経済を活性化するためには、新技術や独創性に裏打ちされた潜在(新分野)市場の顕在化や未成熟市場の育成が重要と考えられる。そのためには日本も含め、特にアジアにおいて権利意識の希薄な知的財産権の尊重と保護システムの強化が喫緊の課題といえる。日本経済活性化のためには真の知的財産立国として知的財産保護に裏打ちされたダイナミックな競争促進策こそ検討されるべきである。
 にもかかわらず今回の独禁法研究会における検討は、「既存の措置体系の見直し」と「独占・寡占規制の見直し」の2点に限定されており、より重要な上記のような課題についての検討が欠けているとともに、デフレとディレギュレーションが進行する現況、我が国の中小企業にとって問題視されるべき「不当廉売」や「優越的地位の濫用」等の競争実態を直視した不公正な取引方法の実効ある抑止に関する検討が行われなかったことは、片落ちの感を否めない。
 今回の提言は個々の企業経営のみならず日本の経済構造改革の帰趨にも影響を及ぼす問題を多く含んでおり、マクロの経済運営、産業構造政策等との関係を十分に踏まえた総合的視野に立って深く慎重な検討がなされるべきである。したがって、パブリック・コメントの募集期間内(1ヵ月強)では、到底それらの詳細についてまで判断することは困難である。
 商工会議所としては、取り敢えず以下のとおり問題点を指摘することとし、このたび、この提言を受けて発足した「独占禁止法改正問題懇談会」を中心に、法制化の是非を含め幅広い視点から十分な時間をとって検討を行い、さらに追加して意見を申し述べることとしたい。
 独禁法は、自由経済の基本法であり、1977年改正時には3年余の期間を要し、経済界・法曹界・消費者団体など各界各層から意見が表明され、国民的議論がなされたところである。今般の法制化作業に際しても、十分な検討期間と再度幅広い意見聴取の機会が設けられるよう強く望むものである。

提言要望



1.課徴金引上げの問題点

 商工会議所としては、課徴金の引上げに反対する。上述した経済環境下、現行の課徴金の水準は、企業にとって十分に重い制裁であり、特に中小企業にとってはその存続すら危うくする可能性もある。
 報告書は、「制裁を強化さえすれば違反はなくなる、もしくは、大幅に減少する」との前提のもとに、課徴金の大幅引き上げを求めているが、制裁を強化すれば独占禁止法違反がなくなるとの考えは、あまりに短絡的であり同意できない。
 長期化したデフレ経済の下で企業体力を消耗した中小企業に対する影響について、十分な検討が加えられることなく、措置体系という制度問題に限定して見直しが行われた点は残念である。
 また、違法行為の抑止のためには、官製談合の横行やその背景にある予算・会計制度の硬直性、政治の介入といった構造的な問題、公取委の権限・体制の整備も含めて、総合的な見地から効果的な対策を検討する必要がある。

2.課徴金を「不当利得の剥奪」から「社会的損失の補償」へ変更する問題点

 課徴金は、これまで一貫して違反カルテルによる「不当利得」の剥奪と説明されてきたが、報告書では「社会的損失の補償」という新たな概念が導入され、不当利得をはるかに超えた額の課徴金を課すことが提案されている。「社会的損失」とは経済学・法理論的にも不明確な概念でその正確な算出が困難であることは報告書も認めるところである。また、課徴金の性格について「制裁性は否定できないが、制裁(ペナルティ)ではない」という、曖昧な説明となっている。抑止力の強化のために制裁的意味合いを持って課徴金の引上げを行うのであれば、もはや「制裁=ペナルティ」であり、刑事罰との間で憲法上の「二重処罰の禁止」に抵触する可能性を一層高めるのではないか。
 現状でも、違反事業者には、刑事罰、課徴金、民事損害賠償請求という独禁法上の措置に加えて、指名停止や補助金の停止、違約金の徴収、さらには株主代表訴訟など、さまざまな不利益が科されていることも十分に考慮すべきである。

3.課徴金加算制度・減免制度導入の問題点

(1)加算制度
 一定の要件の下に課徴金額の加算を行う制度の導入は、課徴金に「制裁」としての性格を認めない限り理論的に困難であると考えられ、前述のような課徴金の法的性格の問題について十分な整理が行われる必要がある。
(2)減免制度(リーニエンシー制度)
 法的性格が曖昧で厳格な非裁量原則をとっている現行課徴金制度のままで減免制度を導入することが困難であることは、加算制度の導入の問題と同様であるほか、課徴金を減免する際には、当然に刑事告発をも行わないとする制度を仮に導入することになれば、司法制度改革の中で、刑事司法全体の見直しの一環として取り上げられるべき問題であり、これら根本的問題を見過ごしたままで独禁法にだけ先行して導入を検討することは、刑事司法の体系全体に混乱を生じさせる可能性がある。 減免制度が抑止効果を発揮しているとの評価があるのは事実だが、米国においては刑事罰、EUにおいては行政制裁に一本化されており、法体系上の整合性を取った上で導入されたものである。国民的合意を得た司法取引という伝統的制度の上にたって採用されたものであり、その様な歴史や伝統のないわが国国民には極めて違和感があり、その導入にあたっては国民的議論の高まりの中で慎重に検討されるべきである。

4.審査・審判手続きの見直しの問題

 (1)犯則調査権限の導入
 報告書は、悪質かつ重大な事案について、さらに刑事告発を積極化する必要があること、公正取引委員会の専属告発権は維持することを前提としつつ、犯則調査権限の導入等の刑事告発手続・罰則規定の見直しを提案しているが、犯則調査権限の導入にあたっては、手続き、要件を限定して、その是非について検討すべきものと考える。

 (2)審判手続き等の見直し
  報告書は、事前審判制度を事後審理制度に転換することを提案している。
 現在の審判手続や審決は、「勧告書や審判開始決定書における記述が簡素・抽象的なことが多く、違反事実の特定がなされないままに審理が続けられ、被審人側が有効な防御方法を尽くせない」、「参考人尋問が終了した後、それまでに想定されていた争点とは異なる事実を前提に、審決が送達され、被審人の攻撃防御権を無視した手続運営が見られる」など、関係者にとって必ずしも納得がいくものとなっていない。審査・審判手続面の不備に手をつけることなく、課徴金の高額化、犯則調査権限の付与などを行うことは、不当な結果を招くおそれもあり慎重に検討すべきと考える。

5.独占・寡占規制の見直しの問題点 
 報告書は、不可欠施設等を有する事業者の参入阻止行為への迅速、効果的対応として新たな規制を提案しているが、「不可欠施設」は、米国の反トラスト法の判例法理論に基づく定義であり、不可欠施設等を前提とした市場においても、不当な参入阻止行為は、現行の独禁法の私的独占禁止(第3条)、不公正な取引方法の禁止(第19条)規定により、十分に対処が可能である。
 競争を部分的に導入するメリットがある分野にあっても、市場原理全般に委ねられない自然独占性や公益事業性、エネルギー・環境政策等の保護法益の存在する分野は、緩和が進んでも規制は必要である。規制の枠外で市場競争の余地があれば、その限りにおいて、独禁法を適用すべきものである。
 規制緩和の進展を受け、いろいろな事業分野へ新規事業者が参入できるよう競争原理が機能することは最終ユーザーにとって大きなメリットがある。しかしながら、公益事業分野等については、国民・企業のライフラインの確保(例えば、「安定供給の要請」)や環境対策面での配慮等の重要な視点を忘れてはならない。
 報告書にも記載されているとおり、個別の事業法で規定されている不可欠施設等の利用ルールが有効・適切に機能している場合には、個別の事業法が適用されるべきであり、独禁法の適用を受けるべきではない、すなわち「二重規制」となってはならない。規制緩和を推進しているこの時期に、各事業分野の特性等を十分に考慮に入れることのできない一般法の独禁法が事業特性を反映した特別法の事業法と重複して規制の強化となってはならない。

以上
【本件担当・問い合わせ先】

東京商工会議所