※企業概要は受賞当時(2018年)の内容です。
●会社経営の経験がない中、父が創業した会社と支えてくれた従業員を守るという強い信念をもって、過去の実績に拘泥することなく、倒産寸前の会社を再建したこと。
父が創業した会社と社員を守りたい。再建に向け社長就任を決断
当社は1956年に父が創業した会社で金属めっき加工を手がけています。創業者の父はいくつかの会社を立ち上げ、当社は経営幹部を担っていた社員が会社を引き継ぎ、当時は腕時計のめっき加工が売上の9割を占めていました。父は一業種依存に対して懸念を抱いていましたが、91年に急逝。当時の社長はその後も腕時計に固執し設備投資を行いますが、バブル崩壊の影響と取引先の生産拠点の海外移転などで、業績は低迷。2000年には売上4億円弱で、借入金10億円以上、さらに一部債権は整理回収機構に渡ってしまうなど、危機的な状況でした。
私は大学を卒業してから、ラジオでDJを務めた後、米国に渡り、宝石鑑定士の道を歩もうとしていました。99年、当社が倒産の危機にあるとの報を受け、帰国。会社の清算に向け話し合いを進めていました。しかし会社の実情を知る中で、父が創業した会社への想いとこれまで成長を支えてくれた従業員やその家族の生活を守りたいという気持ちが強くなり、社長就任を決断しました。いざ綸任すると、毎日のあいさつも無視されるほど、創業家から来た社長を待つ環境は厳しいものでした。私はあきらめずに声をかけ続け関係を築き、社内風土の改革、資金繰りへの対応に取り組みました。
社長に就いた時、決めていたことは決してリストラはしないということ。従業員がいてはじめて会社は成長します。生き残りをかけ、自社の技術を活かすことができる分野は何かと考え、健康、医療、美容分野にターゲットを定めました。
ある医療メーカーからカテーテルを先導するガイドワイヤーのめっき加工の打診が来ました。多くの社員が不可能と声をあげるなか「自分たちはできる」と説得し鼓舞。2人が手を上げ、数ヶ月をかけなんとか開発に成功します。この体験が社員の意識と行動を変え、03年には黒字化、06年には金融機関からの借換支援を受け資金繰りも安定させ、18年決算では8億円まで売上を伸ばすことができました。医療、楽器、電子部品、宝飾、時計と、一業種一社のみに依存しない多品種少量生産をさせることができました。
これからは100年続く企業を目指し、人を育てていきたいと思っています。リーマンショックの時にも10名採用しました。また、16年には数億円かけて生産設備をリニューアル。「こんな時に国内で設備投資なんて」という声もありましたが、チャレンジをしないと会社は成長しません。次の世代にどうやって技術を受け継いでもらうかが課題。ものづくりの楽しさ、想像力の豊かさを次の世代に託していきたいです。
当社は1956年に父が創業し、その後経営幹部を担っていた社員が引き継ぎました。
当時、時計のめっきが売り上げの9割を占め、父は依存度の高さに懸念を抱いていましたが、1991年に急逝。当時の社長はさらに腕時計向けに力を入れるべく設備投資を行いますが、バブル崩壊に伴い失敗が明らかに。それが要因で倒産の危機に瀕しました。
私が社長となってからは楽器、医療、宝飾品、精密部品など幅広い業界に取引を拡大し、現在は貴金属めっきを中心に無電解めっきなどまで多品種変量生産で対応しています。
貴金属めっきは、貴金属の相場に左右されます。今のように社会情勢が不安定になると金は高騰しますが、金が値上がりした分をめっき製品の単価に上乗せすることは難しく、利益率が下がってしまう。その結果、撤退する同業者も多いのが現状です。
私は常々、社員一人ひとりに幸せになってほしい、と話しています。経済的な面でいえば、会社全体の利益が増えなければ、お給料にも反映することができない。今の会社のあり方に縛られることなく考えてほしいと伝えています。社員もそれに応えるべく色々な提案をしてくれます。 その中の1つが、素材相場の変動幅が少ない、アルマイトというアルミの陽極酸化に着手することでした。
アルマイトは昔からある技術ですがそれゆえに設備の老朽化や廃業を考える企業が増えていることが課題となっています。反面、様々な産業で軽量化が求められアルミに変わっているものも多々あり、携帯電話、飛行機部品、自動車部品などにニーズは広がっています。そこに当社が進出するチャンスがあると考えたのです。
新規産業への社員の士気も高く、資金は私が調達するから思い切り進めてほしいと取り組みを始めました。
2018年暮れから2019年にかけて準備を進めました。当社で初めての管理職になった社員がアルマイトをしっかりと学びたいとの意見を受け、同分野を得意とする企業に半年間出向を受け入れてもらい、その後は戻って来て設備の設計・計画にあたり、彼の後輩たちで入社3?4年目くらいの20代の社員も加わりました。
着々と準備する中、2020年になってから新型コロナウィルス感染症が拡大。業界はもとより世界中が大きなダメージを受けることになりました。しかし計画はまだ途中で、2020年秋の稼働を目指していたところです。
また、4月5月の頃は緊急事態宣言が出され、取引先がリモートワークや交代制勤務になるなど生産性が落ち、めっきの仕事も入ってこないので当社の売上も2割ほど減少しました。
コロナ禍になったからといって進行中のアルマイト事業計画を止めることなど全く考えませんでした。経営をしていれば良い時も悪い時もあるのは当然、いちいち動じていられません。社員がやりたいと言ったことはやらせてみる、失敗しても成長の糧になる。やってみようと決めたからには前進あるのみ。この新規事業のための設備投資資金を日本政策公庫から借り入れ、2020年11月に竣工式を行いました。
すると、その時に社員が「いずれ全社員が高級車を買える会社にしていこう」と言ったのです。それくらい給料を増やせる会社にするため利益を増やしていくという意欲の表現なのですが、私自身もその気持ちに応えていかなくてはと決意しました。
こうして立ち上げたアルマイト事業は、今は自動車関係の部品の受注が来ていますが、いずれはスマートフォンなども手がけていきたい。アルマイトは機能と色の管理が重要で、そこには当社の確かな技術が活かせるので、新しいマーケットを作っていくことも可能ではないかと思います。
コロナ禍の影響で売上が落ち込んだ分は、タイミングよく新たな取引先が開拓できたことにより補填ができました。2020年1月の展示会に出展した折にお声がけいただいたのですが、対応が迅速で説明も解りやすいと評価を頂き、当社を選んでいただけました。日々社員とのコミュニケーションを大事にして皆で夢に向かっていこうと頑張っている姿勢が幸運を呼び込み、ピンチを救ってくれたのかもしれません。社員の士気の高さが当社の宝だと改めて感謝しています。
今回、新型ウイルスという新たな敵が出現し、地球がどれだけ小さくなったかを象徴するスピードで世界中に感染が拡大しついには南極にまで及びました。何がどういうことに発展していくかわからない、想定外のことが起こり得ることを痛感しました。
この災禍によりオリンピックが1年延期となりましたが、よりアスリートのための平和の祭典になるようなあり方をもう一度考え、その変革のきっかけとなる2021年になることを期待しています。
Afterコロナではこれまでの生活様式や企業活動から変わるので、柔軟かつ自在に変化を捉えていくべきです。
当社は社員がやりたいという気持ちを重視し、チャレンジを後押しすることが社内に根付いています。人生においても、会社で過ごす時間は少なくありません。仕事を通じて社員一人ひとりが喜びや楽しみなどの達成感を得ていくことが当社の成長にもつながり、社員の幸せにもつながります。そのためには、今のめっきの業態に依存する必要はなく、食でも美容でも可能性があるならやってみればいい。そんな話も日頃から社員にしています。
2050カーボンニュートラルなど環境問題対策が我が国においても掲げられていますが、環境を守るためにはコストも必要で、その方法を考えるのは人です。人に我慢させてまで環境を守るというのは楽しくないというのが私の考え。
自分たちが成長を実感しつつ、環境に優しい未来に向けての取り組みの両立を進めていきたいと思います。