※企業概要は受賞当時(2016年)の内容です。
●原材料の調達難、環境規制強化、安価な海外製品との競合などの急激な環境変化による事業存続の危機に際し、原産地への工場進出を英断、世界最高品質レベルの量産体制により、競合他社の受託生産も行い事業を再建したこと。
●国際部門の強化に加え、北米では現地法人を立ち上げ物流拠点を整備し、結果売上げを倍増させたこと。さらに再生医療等新分野にも果敢に投資し、治験開始に漕ぎつけるなど、積極的な挑戦を継続していること。
誘惑に負けず愚直にアルギン酸一筋で、世界有数の企業に成長
同社は1941年、創業者である笠原文雄氏が浜に打ち上げられる無尽蔵の海藻からアルギン酸を抽出することを思いつき創業。1984年に現社長笠原文善氏が経営に参画したが、大規模なエルニーニョ現象の発生による原料海藻の調達難、排水に対する規制強化、安価な海外製品の市場参入など急激な経営環境の変化が次々と起こり、事業存続の危機に陥った。1987年世界最大の原材料産地チリに工場進出することを窮余の一策として英断し、世界最高品質のアルギン酸が、低コストで量産可能になった。結果、業界最大手の米競合企業も注目し、生産効率の悪い自社製品の生産委託を打診してきた。その注文量は当時の全製品の月間生産量の6倍相当あり、生産開始時の歩留りは2分の1程度と大変苦労した。しかしながら同業他社からの厳しい要請に背伸びして挑戦し続けることにより品質、価格、技術力、安定供給体制のどれをとっても、お客様にとって「世界で一番いい会社」と言えるまでになった。直近の10年では国際部の強化に取り組むとともに、最大市場である米国の現地法人を通じて、現地人スタッフによる販売と技術サービスの提供を実現、物流拠点となる在庫基地を構えるなど現地化を進めることで売上高を倍増させた。また、中国企業が原材料入手難の折にチリに殺到した際には自社在庫分を提供したことで、中国企業の信頼を得て、合弁会社に共同出資するなどの協業関係を作りあげた。さらに、医療分野ではすり減ったひざの軟骨を修復するという再生医療用途に着目、量産と同じレベルの無菌状態でかつ発熱成分を除去できる製造ラインに果敢に先行投資し、治験開始に漕ぎつける等、攻めの経営を貫いている。
同社が提供するアルギン酸のスペックは500を超える、「ワンユーザー、ワンスペック」のモデルで市場のニーズに応えながら、国内では新たな用途と需要をつくり出し、市場シェアを拡大してきた。海外市場では受託生産により間接的に、販売シェアを伸ばしてきたが、自ら攻める準備が整ったいま、次なる10年ではさらなる飛躍が期待できる勇気ある企業である。
愚直に取り組み続けた「勇気」が認められた!
創業者が苦心惨憺の果てに切り開いたアルギン酸事業、その熱き思いを受け継ぎ70余年、わき目も振らずに生産体制の革新と国際展開、新規用途の開拓と、イノベーションに挑み続けてまいりました。挑み続けた成果が最大限に評価され、感激しております。
(株式会社キミカ/笠原文善 社長)
当社は長年に渡り、人のためにできることを常に探し社会に貢献できる企業であることを経営の礎にしてきました。その実現のためには、技術力、生産力、原料調達力など、自社の強みすなわち核となる企業力を持たなくてはなりません。中でも特に重要なのは品質保証であり、あの会社のものなら絶対に安心だという品質保証の体制の確立は不可欠です。
こうした方針のもと当たり前だと思ってやって来たことが、2020年「第4回ジャパンSDGs アワード」で特別賞という評価をいただきました。当社が製造するアルギン酸は、パンや麺をはじめとする食品や薬品などの増粘剤・安定剤として幅広く使われています。
アルギン酸の原料である海藻は生きている物を刈り取るのではなく、浜辺に打ち上げられた海藻を有効活用する、電力・熱源を使用しない乾燥方法の確立や、30年に渡ってチリ漁民の収入安定化への寄与、環境負荷低減に向けた様々な投資など、SDGsという言葉ができる以前から当社は取り組んできました。事業を永く続けるために一生懸命に努力してきた積み重ねですが、海藻の調達、通年安定操業、品質保証、多様な市場への提供まで、アルギン酸の土俵ではどんな大企業にも負けないと自負しています。
今回のコロナ禍の影響は、様々でした。当初は巣ごもり需要で当社のアルギン酸を多く使用しているパン、流水麺、カップ麺などの売上が増大すると見込まれていましたが、結果的には、企業のテレワークや大学などのオンライン授業の推進によりオフィス街のコンビニや学生生協の売上が大幅ダウンし、食品分野の受注は激減。歯科診療で歯の型取りをするペーストも原料はほとんどアルギン酸ですが、ヨーロッパを中心に受診控えもあり、この分野の売上はほとんどゼロとなってしまいました。
コロナ禍で様々なことが停滞している中で闇雲に売上を追いかけても意味がない。むしろ、将来を見据えて収益性を大事にして、中長期的な成長戦略を鑑み新たな用途を切り開いていくことを決めました。
2020年3月の早い時期から経理担当者以外の社員は全員在宅勤務に切り替え、営業担当者は顧客とのやりとりを全てオンラインで進めることにしました。2019年頃から社内の情報を共有するチャットツールを導入するなどオンライン体制の整備に着手していたので、コロナ禍でもスムーズにテレワークが実現できたのです。
それまで多額な費用を費やして国内外の展示会や見本市に出展し、知り合った方にカタログやサンプルを持参のうえ提案するのが当社の営業でした。費用の点からみると決して成約率は高くなく、むしろ何かしらの課題を抱え、ネットで当社のホームページを探しにきた方からの受注の方が成約率が高い結果を得ていました。コロナ禍以前からウェブマーケティングに軸足を移すべく、どのページから訪問し、各ページの滞在時間、どの分野に移動したかなどを分析していました。コロナを契機にこの取り組みで一気に加速させました。
当社の製品はBtoBで一般消費者には知られていないため、毎年新入社員から一般消費者向け分野に進出してはどうかと提案があります。2020年度入社の社員からも提案があったので、では自分たちでやってみてはどうかと話しました。アルギン酸ナトリウム・食用色素・説明書をセットにしたイクラ風ゼリー実験キットやアルギン酸カルシウムというBtoCの製品を販売しています。また、新入社員を2チームに分けてインスタグラムとフェイスブックを担当してもらい、SNS活用の営業活動を始めました。
さらに、社員には在宅勤務で通勤に充てていた時間が浮く分を何か自己啓発に取り組むように促したところ、英語能力テストTOEICへの挑戦や、文系出身の社員がアルギン酸の基礎となっている化学系の勉強をしたいなど、様々な計画が上がってきました。各自が目標に向かって努力しており、社員の資質向上に繋がるよい機会となっています。
当社ではアルギン酸の新しい用途開発に取り組む中で、アルギン酸カルシウムという新素材が食品業界でかなり伸びる可能性を持っていることを見い出し、ベーカリー関係などでこれまでできなかった課題解決に繋がると予測しています。アルギン酸カルシウムにはコレステロールを下げるとか中性脂肪を減らすなど生理作用があり、その検証について10年前から高崎健康福祉大学の教授と動物実験を進めてきました。
そして、社員に在宅勤務中に促した自己啓発を私も自らに課し、実験データを分析し、このテーマで博士論文を書くことに挑戦。2021年2月に論文審査を合格し薬学博士の博士号を取得することができました。海外のメーカーではCEOがPhD(博士)を持っているケースが多いので、私もその一員となることができ会社の信用度のさらなる向上にもつなげていきたいと思います。
もう一つ、大きな柱になると期待しているのは、医療分野でのアルギン酸の活用です。アルギン酸は滑らかな水溶液ですがカルシウムと合わせるとゼリー状に変化します。この作用を活用し、膝などの人工関節の代わりに注射で体内に入れれば膝の軟骨の再生医療が実現します。従来からアルギン酸は内服薬では活用されてきていますが、注射で体内に入れるとなるとさらなる高精度が要求されることが難関でした。当社では20年前からこの研究に取り組み始め、現在は臨床試験の最終段階に入っているところです。これを端緒に、アルギン酸を医療分野でも活用し、社会のニーズに貢献していきたいと思います。
こうした取り組みを実現すべく、創業80周年を記念して、千葉県富津市に世界水準の研究設備を持つ研究開発ラボ、品質管理ラボ、オフィスを備えた新管理棟を2022年に竣工し、ポストコロナ時代の新たな事業展開に対応していきます。
東京2020大会は海外から日本が注目される機会。国内で当たり前のように売られているパンもおにぎりもお弁当もグミも美味しいと評価されています。先日、日本に滞在している米紙の記者から取材を受けた際も、美味しさに感動したという感想をいただきました。コロナ収束後には海外から大勢の方に日本に来ていただき、大会だけでなくおいしい食品の数々にも出会うなど、日本の良さを知る機会をどんどん創出していければと思います。