人材採用・育成コラム
人材育成において大切な5つのこと-押さえどころを外さない課題別アプローチ-

「企業は人なり」と言われます。つまり、組織運営において人の問題や課題がなくなることはないということかもしれません。そして、そうした問題や課題に向き合い対応していくことこそ大切で、その過程で組織は鍛えられ、発展軌道に乗るのでしょう。
本コラムでは、人材に関するよくある課題をもとに、押さえどころを外さない5つの課題別アプローチについてご紹介します。
人材育成で大切なこと(1)早期離職の予防―入社間もない人材の退職を防ぐには
採用情報があふれる時代、入社から間もないタイミングで転職サイトに登録し就職情報にアクセスする人の割合が3割と言われています。その心理を考えてみると、「なんとなく」という人もいれば、入社後もよりよい条件を常に意識している、配属された環境に不安を感じている、自分の市場価値を推し測っている、など多岐にわたることでしょう。
一方受け入れ側は、配属された人に、早く仕事を覚えてもらいたい、独り立ちしてもらいたい、周囲とうまくやってほしい、という気持ちになるタイミングです。
このように、新たに採用された人と受け入れる人では心理にギャップがあります。このギャップを埋めることが必要です。
そこで取り組んでおきたいのが、採用された側の心理に沿った受け入れと育成計画です。最近ではこうした施策を総称し「オンボーディング」と呼び、組織という乗り物に乗りこんでもらう、という意図をもって力を入れる組織が増えています。それではここから「受け入れ」と「育成」のフェーズに分けて話を進めます。
人材定着のポイント①:受け入れ準備を念入りに!
会社全体の業務や制度などの説明は、総務や人事からオリエンテーションとして機会があるものと思います。その後は配属となりますが、配属先ではどのような準備をされているでしょうか。以下、チェックリストを用意しましたのでご確認ください。
【受け入れ準備項目】
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- 部署の業務の役割と大まかな業務をまとめた資料
- □
- 頻度高くやり取りがある社内の部署、顧客や取引先名称の一覧表
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- 課や係の役割と担当者の名前の一覧表(座席と内線表)
- □
- ロッカーや机、電話などの備品準備(ネームタグなど)
※座席がフリーアドレスになっている場合は、使用の仕方など - □
- 出退勤、休憩、昼食などの職場内のルール
- □
- スマートフォンなど(私物)の使用ルール
- □
- 日常でよく使う場所(給湯室、ごみ捨て場、洗面所、休憩室(喫煙なども)、自販機、売店など)の 場所と使用のルール
- □
- 出退勤時に誰に、どのように声をかけてほしいか、リクエスト
- □
- 毎日、週間、月間で行う定期的なミーティングなどの目的やタイミング、フォーマット
- □
- 直接業務指導する担当者、不在の際にサポートする担当者を具体的に決める
万全の準備が受け入れられる側の安心感を生む
チェック項目は、職場で担う業務の全体像と、職場内のルール、コミュニケーションのルールです。これらは暗黙知になりやすく、新たに配属された人が戸惑いやすいポイントです。空気を読むのが得意でコミュニケーション能力が高い人であれば、自分から確認し進めていけますが、そうでない人にとっては聞きづらいこともあれば、社会経験が少ない人の場合はそもそも処し方がわからない類の項目です。
そして、これらの項目を明確にしておくことは、いくつかのメリットがあります。受け入れる側にとっては、一度明確にすればその後は使えるものが多い点、伝え漏れが少ない点、配属になった人が知らないためにするミスや失敗を予防し、注意することが減る点です。受け入れられる側にとっては、「自分は受け入れてもらえている」という気持ちを持つことができます。
中でも、注意することが減る、ということは大きなメリットです。その理由は、職場に慣れるまでには個人差がありますが、約1週間~2週間は、周囲の様子をうかがい、自分が馴染めるかどうかを推し測っています。また、配属後1カ月~3カ月間は、業務で覚えることが多く、気持ちに余裕がありません。ミスや失敗もしやすい時期です。このような期間に、業務以外の面で注意をしなくても済むようにしておくと、不要な落ち込みが避けられます。
人材定着のポイント②:育成する人材に合わせた「計画」と「関わり」を
ここからは、新社会人と、社会人経験のある中途採用者で分けて話を進めます。
新社会人
社会人になりたての人の育成は、次の期間で目安を持ちます。1カ月、2~3カ月、6カ月、9カ月、1年後時期ごとにコミュニケーションの頻度と質を変えていきます。
時期 | 要点 |
---|---|
1カ月目 | 社会人生活に慣れ、コミュニケーションの取り方を身に付ける期間 社会人としての生活習慣に慣れてもらうこと、職場内の人の顔と名前を覚えてもらうこと、業務を教えた時にはメモを取ってもらい、できるようになったことと、わからないことを区別して確認するコミュニケーションを取れるようにしていきます。 朝、昼、午後2回など、わからないことをできるだけ早いタイミングで解消できるように、短時間で頻度を多くします。 |
2~3カ月目 | 今後任せていく業務の流れを見据えつつ、特定領域で自信をつけてもらう期間 今後任せていく業務全体を見据えながら、相手の得意・不得意(時間をかけずにできること・時間がかかること)などを見極めていきます。 その中で、一部の業務を任せ、自信をつけてもらえるように促します。 コミュニケーションの頻度は、朝、昼、夕など、業務の区切りで声を掛け、様子に合わせて時間を取ったり、声掛けだけで済ませたりなど、状況に合わせて対応します。 |
4カ月目~半年 | 次の3カ月間の業務イメージを共有し、伴走する期間 3カ月間で、本人が成長を実感できていることと、上司・先輩から見て成長できていることなどを確認します。 次の3カ月間の業務イメージを共有し、知識の補完の他、練習・訓練などが必要なことを確認します。知識の補完や練習・訓練が必要なことについては、本人の自己学習・訓練によるものと、上司や先輩、有識者や経験者の力を借りるものを区分けし、計画を立てます。 業務上のコミュニケーションは、双方で相談し取り組みやすいタイミングで進めます。 またこのタイミングから、1週間に1度、15分~30分程度の業務の振り返りを行い、うまくできるようになったこと、工夫していることなどを確認し、知識の補完・練習や訓練が必要なことがないかなどを確認していくことで成長が促されます。 |
半年~1年目 | 1年目終了時点での成長イメージを共有し、伴走する期間 入社から半年経過しているため、次の半年間の業務イメージを伝え、3カ月目と同様に、できそうなこと、知識の補完や練習・訓練が必要なことを確認します。 業務上のコミュニケーションや、振り返りの機会は4カ月目~半年と同様に行います。 |
1年経過時 | 1年間の成長の振り返りと2年目(必要に応じて3年目)に向けた目標設定 年間の業務経験を通じ、成長できたこと、課題などを振り返ります。 合わせて、2年目に向けた組織からの期待と、本人の希望などを話し合い、どのように取り組んでいくかを話し合います。 このタイミングで、3年目~5年目に目指す姿が明らかになっている組織では、少し先の目標を伝え、2年目に向け具体的な取り組みを検討していきます。 |
中途採用者
中途採用者の場合は、未経験者と経験者で専門的な業務知識や技術習得に時間的な違いがあります。そのため、ここでは専門知識や技術習得以外の面として大事な「関係性構築」に焦点を当ててお伝えします。
一般的に入職から3カ月前後(最長6カ月)までは試用期間であることが多いことでしょう。中途採用者の場合、大まかに試用期間内と試用期間以降を区切りとすると双方取り組みやすくなります。
時期 | 要点 |
---|---|
試用期間内 | 自組織の習慣・風土・文化に馴染み、得意・不得意領域を相互に見極める期間 中途採用者にとって入職~数週間は、新しい組織の習慣・風土・文化を受け入れ、人間関係を構築する時期にあたります。今まで「当たり前」と思っていたことが、新しい職場では当たり前でなかったり、これまで要求されなかったことが、新しい職場では「当たり前」として要求されることに戸惑ったり、周囲からはわからないところで神経を使っています。 また、入職前にはわからない、これまでの知識・技術・経験とのギャップも見えてきます。出来る人であれば「もっとこうしたらいいのに」と、よりよいアプローチ方法が見えるでしょうし、そうでない人の場合は「自分では力量が不足しているのではないか」と不安を覚えやすい時期です。 このような心理を踏まえ、直接指導に当たる人や周囲は、相手の表情の変化を見ることや、質問や確認がしやすい関係をつくっておくことが肝要です。コミュニケーションの頻度とタイミングは、相談の上で「定期的」であることが望ましいでしょう。また、意見やアイデアなどの申し出があれば書き留めておき、一定期間経過後に、再度話し合うことを伝えておくと「受け入れられている」と感じてもらえ、組織として先に進めて欲しいことに取り組んでもらいやすくなります。 |
試用期間以降 | 今後任せていく業務の流れを見据えつつ、特定領域で自信をつけてもらう期間 今後任せていく業務全体を見据えながら、相手の得意・不得意(時間をかけずにできること・時間がかかること)などを見極めていきます。 その中で、一部の業務を任せ、自信をつけてもらえるように促します。 コミュニケーションの頻度は、朝、昼、夕など、業務の区切りで声を掛け、様子に合わせて時間を取ったり、声掛けだけで済ませたりなど、状況に合わせて対応します。 |
「注意」の時に押さえておきたいポイント
「新社会人」、「中途採用者」の育成における要点をお伝えしましたが、上記過程には「注意する」ことに触れていません。その意図は、心理的安全性を先に醸成し信頼関係を築くことを重視しているためです。信頼関係を築いた上で、違和感を覚える言動や問題行動については、「注意」や時に「叱る」ことも重要です。「注意」や「叱る」ことをする上で気を付ける点をお伝えします。
先に「職場や仕事にも慣れてきた頃だと思うので、当組織の方針として、違和感や問題だと感じる時は話し合いたいので、その都度話し合いをしましょう」と伝えておきます。
そして、実際に話し合いの必要がある場合は、具体的(いつ、どこで、どのような言動に違和感や問題があったか)を客観的に示せるようにした上で、そのような言動をとっている背景があるかないかを確認し、当組織としてどうあることが必要か、それがなぜか、を伝えられるようにします。その上で、本人の考えを確認し、どうすることがよりよいかを話し合った上、今後の言動について具体的に取り決めます。
このような話し合いをする際に最低限押さえておきたいポイントをご紹介します。
- ①
- 明るく始め、明るく終わる(日頃の労いや感謝から始め、話す機会への感謝を伝える)こと
- ②
- 組織方針と客観的事実を元にすること
- ③
- 問題がある場合の影響(本人、あるいは、ステークホルダーなど)を具体的に伝えること
(過去の同様のケースがあれば、ケースなどを伝えてイメージしてもらう。危険がある時などは、毅然として伝える) - ④
- 相手の考えや気持ちも受け止めること
- ⑤
- 改善に時間がかかる可能性があることも考慮しておくこと
- ⑥
- 話し終わった後は、普段通り接すること(見張らないこと)
などです。
新社会人や中途採用者の受入~初期指導について、より具体的に取り組みたい方は、東京商工会議所「後輩指導力(OJT指導者)養成講座」もご活用いただけます。同講座では、資料として指導に活用できる各種フォーマットサンプルもご用意していますので、より具体的に後輩との関わり方などをイメージいただけます。
また、身近に同期入社がいない新人や若手社員が抱えやすい課題の解消に、「新入社員フォローアップ講座」、若手社員向けの課題別講座などもご用意していますので、併せてご活用ください。
人材育成で大切なこと(2)中堅層の離職防止策―将来を担う中堅層人材の流出を防ぐには
「期待していた中堅が複数辞めてしまった・・・」という声をよく伺います。ここで、中堅層の離職要因にはどのようなものがあるか、厚生労働省の令和5年雇用動向調査結果(令和6年8月発表)「転職入職者が前職を辞めた理由別割合」の30歳~34歳、35歳~39歳男性の上位項目を確認します。
いずれも、「個人的理由」が最も高くなっていますが、それ以外で10%以上となった項目を掲載します。
30歳~34歳 | 35歳~39歳 | ||
---|---|---|---|
給料等収入が少なかった | 14.1% | 給料等収入が少なかった | 11.3% |
職場の人間関係が好ましくなかった | 12.0% | 職場の人間関係が好ましくなかった | 11.3% |
労働条件(休日等)の条件が悪かった | 10.8% | 仕事の内容に興味が持てなかった | 10.8% |
会社の将来が不安だった | 10.0% |
なお、同じ世代の女性の離職理由は「職場の人間関係が好ましくなかった」が高位です。また、全世代を通じて「個人的理由」に次いで「職場の人間関係が好ましくなかった」は離職の大きな要因になっています。
将来を担う中堅層人材が「働き続けたい」と思えるために必要な人材育成とは?
「給料等収入が少なかった」という離職理由に対しては、市場環境と照らし、自社の処遇に乖離がないか確認が必要です。乖離しているようであれば、労働条件を含め、人事制度全体の見直しを図る必要もあります。しかし、原資がなく見直しもしにくい。だからこそ、将来を期待する中堅層に活躍してもらい、業績を伸ばしてほしい、という思いもあるでしょう。
このような場合によく行っているのが、30代~40代層を対象としたワークショップ型の次世代リーダー育成プログラムです。自組織の経営環境を客観的に分析し、自組織が目指す方向性や、活かすべき強み、対応すべき課題を具体的に考えてもらい、収支などの計画も視野に入れた上で経営層に提案する、というものです。このプログラムには3つのメリットがあります。
- 1)
- 給与や労働条件の改善は、自分たちの主体的な取り組みによってもたらされる、という意識を醸成できること。
- 2)
- 組織全体の課題を一緒に考える社内の仲間とアプローチ方法を機会や場として与えられること。
- 3)
- 取り組みを通じ、セクショナリズムや自分本位の考え方が低減され、全体最適や協力意識が芽生え、社内コミュニケーションが活性化されること。
リーダー育成プログラムで意識や行動に良好な変化が生まれる
過去に導入した企業のその後の様子を見ていると、次世代リーダー育成プログラムに参加したメンバーから部門長や責任者に抜擢されるケースが多く、リーダーを中心にメンバーの意識や行動も良好に変化しています。
次世代リーダー育成プログラムに参加した当時のそのメンバーの言動は、組織に対する不信や不満が現れている人、個人としての能力は高いものの人を効果的に動かす力のない人、自信がなく周囲の様子をうかがっている人など様々でした。しかし、面白いことに、原則的なプロセスをもとに、自組織と自己を客観的に捉えられるようになると、組織に対する不信や不満は原動力に、自己の抑制の仕方を知り他者を活かせるように、自身の強みを捉え効果的に働きかけるように、と、リーダーとしての変化や成長を遂げました。
このような変化や成長を複数の組織で見ている実体験から、次世代リーダー育成プログラムの導入は、一定期間コストがかかるものの、人的資本への投資と考えると高い効果が期待できる施策です。なお、こうした投資を行った後に会社を辞めてしまう人材が出ないかを懸念される方も多いと思います。この点は、組織の姿勢次第です。提案まではさせるものの、その後の意思決定が宙ぶらりんであったり、効果があってもブラックボックスで社員に還元されなければ、人は離れていきます。成果を上げている組織では、リーダーからの提案を受け止め、リーダーを中心に主体的に取り組ませたり、事業を任せて進めるようにしています。
ヒューマンスキル領域の人材育成が人間関係の改善と離職防止に導く
次に、全世代を通じて離職原因の上位となる「人間関係」ですが、人間関係がよくない組織は、
- 単に「相性」が合わなかった
- 特定の人にパワーバランスが偏っていて、各自が自分の意思や意見を表出しにくい環境になっている
- 挨拶やちょっとした声掛けなどがない(お互いに干渉しない、顔をみない)
- 業務以外のコミュニケーションの接点(人間的な関わり)がない
- 報告・連絡・相談が一方通行
- 気づかずハラスメント的言動をとっている人がいる
- 成果に厳しい風土で、コミュニケーションが「ツメ」や「注意」、「叱咤」が中心になっている
など、原因は多岐にわたります。
「人間関係」の課題解消で離職を防ぐ一助に
「人間関係」を改善するためには、組織運営の基盤となる「心理的安全性」が重要です。また、自他を大切にしながらも意思を表出する「アサーティブコミュニケーション」の知識やスキルの習得、「アンガーマネジメント」などのヒューマンスキル領域の基礎知識・スキルの補完、コミュニケーションに関する組織風土診断などを行うことで、課題を明らかにすることも有効です。
その上で、「人間関係」が理由で離職が続いている場合は、個人の知識や裁量で取り組むと一過性に終わりやすいため、組織全体で取り組みます。具体的には、自組織の理念や方針のもと、職場を良質にしていこうという方針を示し、これまでの風土の問題点を明らかにします。その上で、目指す組織像を明示し、期間を決めて、努力していることへの手応えを感じてもらえるように、指標をもって進めます。組織や職場全体を動かすのは労力が必要ですが、改善が図れなければ、離職が止まらないどころか、コミュニケーションロスが多いため業績は低迷していきます。また、メンタルヘルス疾患などの問題にも発展しやすい傾向があります。もし離職理由が「人間関係」なら、改善の契機と捉えることが必要です。
人材育成で大切なこと(3)日々の業務そのものを人材育成に―「人材育成を行う時間が取れない…」を解決!
「人材育成を行う時間がない」という言葉をよく耳にします。実際に業務が繁忙で育成を行う時間や、ゆとりがないことも多いものです。しかしそのままでは、歯車的な扱いからの疲弊感や何のために仕事をしているのかわからなくなり、虚無感にさいなまれて心身を損ねてしまうことや、成長実感が持てないことから転職に至るリスクがあります。
それでは改めて「人材育成」とは何でしょうか。それは、組織の理念のもと、組織を発展させる過程で、組織員一人ひとりが、期待されている役割や目標をもとに、各人が理想とする自分自身(ありたい姿)に近づいていくために、業務領域を拡大したり、知識や技術を獲得したり、創意工夫や改善すること、組織運営の力を身につけるなど、日々の業務を通じて成長していけることではないでしょうか。つまり、日々の業務そのものが「人材育成」そのものだと考えます。
人材育成に自ら取り組んでもらうために
そのように捉えると、人材育成は自ら取り組むもので、組織は機会を提供しその支援を行う、という位置づけとなります。このような考えにおいて大切なことは、組織目標と各自の役割と、その役割を果たすために必要な能力やスキルを明示し、目標設定と振り返りを行うためのフォーマットです。組織によっては、このような考え方が反映された人事評価制度とフォーマットを既に持たれていることでしょう。まだ整備されていない組織は、後述の「人材育成で大切なこと(5)自己成長しやすい環境づくり」の項目で、フォーマットなどをご案内しています。併せてご覧ください。
「日々の業務そのものが人材育成」という意識付けが大切
「人材育成は自ら取り組むもので、組織はその機会と支援を提供するもの」という組織としてのスタンスが明確であれば、各自が必要な知識・技術・経験を身につけるため、自ら学習時間を確保するようになります。
ここであるアパレル企業の人材育成担当者から伺った話を紹介します。以前の人材育成は、各店舗の売り上げを上げるための施策として接客のスキル、売上管理のスキルなどの研修を行っていたそうです。
しかし、ある時期から理念に基づき、理念を実現するために組織員一人ひとりが、何ができるかを考える運営方針に切り替わり、日々の業務そのものが人材育成であるという考え方になりました。以降、日々の業務の中で組織員一人ひとりが「お客様に喜んでいただくために、今自分は何ができて、何ができていないか」を考えるような組織運営を行うようになりました。
すると、「できていること」は「質量をより高める」ことを目標にして、「他のメンバーに教えること」に取り組むようになりました。また、「できていないこと」は、「他の人を観察する」、「教えてもらう」ことを自然とするようになりました。そのようなベースが出来た状態で、「集合研修」の形式で好業績をあげている人を講師に立てて研修を行うと、貪欲に学び、研修後の言動が大きく変化するメンバーが多かったという話です。
上記ケースに限らず、「日々の業務を通じて成長できる」と考えている組織の組織員は、学ぶ機会は自らつくり、必要に応じて会社に機会や支援のリクエストをする、という考え方をしています。
このことから、「日々の業務を通じて成長できる」ことを従業員に浸透させることで、「時間がない」という問題の多くは解消するのではないでしょうか。
人材育成で大切なこと(4)組織員を大切にする経営理念・経営姿勢の発信を―鍛えがいのある人材が集まる組織へ
日本国内を見ると人口減少期にある今、これからますます人材は採用しにくくなることが予想されます。こうした環境下でも、組織規模の大小、地域に関わらず「この会社に入りたい」という希望者が後を絶たない組織があります。それは「組織員を大事にしている組織」です。
「組織員を大事にする」という言葉に「条件面を整えて甘やかす」というような感覚をも持つ方もいらっしゃるかもしれません。しかし、そうした組織の報酬や条件が他社と比べて飛びぬけてよいかというと、決してそんなことはありません。
「組織員を大事にする組織」とは?
「組織員を大事にする組織」というのは、それぞれの能力を活かせる環境を組織として提供し、「皆でよい経営を行ったら、それを還元します」というスタンスを持った組織です。例えば、ある組織の中途採用の募集要項を見ると、一般的な条件の中に、その組織らしさが現れている表記が見つかります。次のような表記です。
(例)
- ・
- 求める人物像:謙虚さ、向上心、挑戦心がある方
当社には「やりたい」と思ったことが実現しやすい環境があるので、積極的にアイデアを出してください。 - ・
- 勤務時間:〇時~〇時(実働時間 〇時間〇分)
残業時間平均24時間(さらなる残業削減に努めています。)
「皆でよい経営を行ったら、それを還元します」というスタンスを前提に、組織としての姿勢や実際に取り組んでいることが表現されています。
時流に合ったメッセージの発信も大切
これまでの組織は「売上」や「利益」を上げることに懸命に取り組んできました。しかしその過程では、組織員の生活や心身の健康への配慮が欠け、メンタルヘルス疾患などが社会問題として取り上げられるようになりました。社会問題化が進むにつれ、2000年代後半から、組織員の生活の質の向上や健康への配慮を経営施策として取り組む、組織員を大事にする経営に取り組む組織を表彰する団体や、「健康経営」という考え方が広がってきました。その頃から、組織員とその家族の生活や心身の健康を重視する組織が注目を集めるようになり、一般的に見て意識が高く好業績を上げることができる人材は、そうした組織を志望する傾向です。いわば、「鍛えがいのある人材」ほど、自分の身の置き所をよく見極めているのです。このことから、一定のパフォーマンスをあげられる人材に志望してもらうには、自組織の理念とともに、組織員に対してどのような期待や還元ができるか、経営としての姿勢を偽りなく表現することが必要です。
既に組織員を大切にした経営に取り組んでいるにも関わらず人が集まらない、という場合は、広報や採用メッセージなどの表現を、採用者目線で見直してみる価値があるかもしれません。
東京商工会議所では、経営のトレンドを捉えるための講演会やセミナーの開催、経営分析などをもとにした相談、人材の確保に向けた相談などに対応しています。このようなサービスも活用し、定期的に経営やアピールポイントが時流に合っているか確認してみてはいかがでしょうか。
人材育成で大切なこと(5)自己成長しやすい環境づくり―知識や技術向上を図るための余力を生むには
「組織員に知識や技術の向上を図ってもらいたいが、金銭的に余裕がない」という課題を抱える組織も多くあります。同様の課題を抱える組織にお勧めしていることは、組織員が自分の努力で成長しやすい環境づくりを行うことです。組織員が自らステップアップを図っていくためには、ステップアップの方向性と基準となる指標が必要です。その方向性を「キャリアマップ」、基準となる指標を知識・技術の一覧「職業能力評価シート」として整備し、それを基にアプローチするアイデアを3つご紹介します。
お金をかけずに自己成長できる 知識や技術の向上を図るための「キャリアマップ」と「職業能力評価シート」
厚生労働省のウェブサイトに、人材育成に役立つ考え方やツールが多数用意されているのをご存知でしょうか。
組織員に知識や技術の向上を図ってもらうためには、
・どのような知識、技術があるのか(全体像)
・その知識、技術にはどのようなレベルがあるのか(指標)
を明示することが必要です。
このような「全体像」と「指標」の表現例やそれを評価制度とどうリンクさせるかをツールとして紹介、提供しているのが、厚生労働省の「職業能力評価基準」のサイトです。同サイトには、職業能力評価基準をベースとした「人材育成システム」や、その運用を図るための「キャリアマップ」や「職業能力評価シート」が複数の業種をモデルに掲載されています。
「キャリアマップ」では、(1)キャリアの道筋、(2)各レベルを習熟するのに必要な年数、(3)レベルアップするための経験や実績、(4)関連する資格・検定などが一覧できる資料として用意されています。これを見ると、求められる知識や技術の全体像が俯瞰できるので、各自ステップアップしていくための目標が作りやすくなります。
「職業能力評価シート」は、指標となるものが、レベルに応じてエクセルシートで用意されています。
構成 | 概要 |
---|---|
表紙 | 職種・職務・レベル(レベルの目安) 職業能力評価シートの目的 職業能力評価シートの構成 職業能力評価シートの使い方(1)評価判定の手順 (2)評価基準 |
職業能力評価シート | Ⅰ 職務遂行のための基準 共通能力ユニット Ⅱ 職務遂行のための基準 選択ユニット |
OJTコミュニケーションシート | スキルレベルチェックグラフ(レーダーチャート) スキルアップ上の課題 スキルアップ目標 スキルアップのための活動計画 実績(本人コメント/上司コメント) |
必要な知識基準一覧 | 職務遂行の基準を具体的に示したもの |
本サイトの事例として用意されている業種・業態は限られているので、そのまま使える場合と、自組織用に内容を見直さなければいけない場合がありますが、構成や基準の目安として役立つことでしょう。また、項目や評価基準のレベル設定などを見ることで、自組織内の取り組みの過不足を確認しやすくなります。
知識・技術の向上を図るためには、「全体像」と「指標」が必要なので、自組織に合ったものを作成し、既にある場合は、今一度時流に合ったものになっているかを確認した上で、従業員に示します。
「全体像」と「指標」ができたら、知識・技術の向上を図るための具体的なアプローチを進めていきます。
アプローチ策①:資格・検定取得支援
知識・技術のレベルを上げていくためには、その骨格となる知識・技術を体系的に学んでおくことが近道です。
その意味では、職級や自組織職務に関連する資格・検定制度の一覧表を策定し、学習のための、時間、図書費、学習機会(講習会やe-Learning)、検定費、資格取得後の報酬への反映などを制度として用意することが効果的です。
資格・検定へのチャレンジは、比較的コストも安価な上、取得者のモチベーション向上や自信にもつながるため、効果の高い施策と言えるでしょう。最近では、オンラインでできる受験も増えてきていることから、受験しやすさも増しています。
アプローチ策②:伝達研修
社外の講習会や研修会、e-Learningなどの学びを、他者に伝え、組織としての共有知としていくのが「伝達研修」です。
「伝達研修」は、朝礼、定例ミーティングや会議の場の、10分~15分程度を割き実施します。社外の講習会や研修会、e-Learningで学んだ人が、次の構成で他者に伝えます。
講習会、研修会、e-Learningの学びの伝達
- 1)
- どのような目的で行われたのか
- 2)
- どのようなプログラム構成で行われたか
- 3)
- どのような人が参加していたか
- 4)
- 一番印象に残ったプログラムとその理由
- 5)
- 今後の業務にどのように活かすか(そのために協力を得たいことの有無)
上記項目は一般的には「報告書」として提出されるものです。しかし、あえて「伝達」というスタイルを取ることで3つのメリットが生まれます。1つ目は、人は学んだことを他者に伝えることで学びが自分のものになること。2つ目は、プログラムの一部でも職場内の共有知となること。3つ目は、周囲への協力を依頼できる機会となることです。
管理職研修などに参加した後に、管理職がメンバーへのコミュニケーションの見直しの必要性を感じ、コミュニケーションを変えると、急に態度や言動が変わったことへの違和感や警戒心から、メンバーから良好な反応が得られず、「うまくいかなかった」という経験をしたという話を聞きます。これは、メンバーが受け入れやすい環境を作らずに進めた時に起こりやすい反応です。気づきや学びの実践がうまくできる人は、何気ないコミュニケーションの中で、メンバーが受け入れやすい関わりをしています。しかし、大半の方がこのプロセスを取り入れないため「うまくいかなかった」という経験をしがちです。このような「受け入れやすい環境づくり」を仕組みとして持てるのが「伝達研修」のメリットです。
ある組織では、毎年新規採用職員が「クレーム対応研修」に参加し、職場に戻り「伝達研修」を行っています。そうした取り組みを継続していくと、職場でクレームに対する意識が維持され、クレームそのものが低減していく効果が出ています。また、毎年クレームの傾向も変化するため、その時々で発生しやすいクレームに対する知識を前もって得ることで、クレームの予防にもつながっています。
学んだことを「伝達」という形で共有する「伝達研修」は、メリットが多いアプローチ策の1つです。
アプローチ策③:助成金の活用
人材の定着や底上げを図るための助成金は、厚生労働省から雇用関係助成金として、「人材開発支援助成金」が整備され様々な案件ごとに、「教育訓練休暇等付与コース」、「人への投資促進コース」、「事業展開等リスキリング支援コース」(2025年度5月現在)などの各種コースが用意されています。
また、各省庁や自治体、関連団体から数百に上る助成金、補助金が用意されています。知人から事業を譲り受けたある美容関連サービス事業の経営者は、新規事業に関連する助成金を活用できたことで資金にゆとりができたため、人材への投資が行いやすくなったというケースがありました。
助成金の活用は、直接的、間接的に人材育成投資の余地を生み出せます。合わせて、申請に向けて経営計画について社外の専門家に相談することで、自社にない知見が得られます。
6.まとめ
以上 本記事では、人材育成で大切なこと5つを実際にいただいたご相談を基にご紹介しました。
- 1.
- 早期離職の予防―入社間もない人材の退職を防ぐには
- 2.
- 中堅層の離職防止策―将来を担う中堅層人材の流出を防ぐには
- 3.
- 日々の業務そのものを人材育成に変える―「人材育成を行う時間が取れない…」を解決!
- 4.
- 組織員を大切にする経営理念・経営姿勢の発信を―鍛えがいのある人材が集まる組織へ
- 5.
- 自己成長しやすい環境づくり―知識や技術向上を図るための余力を生むには
人材育成においては課題が生じるのが組織の常。しかし、課題に向き合い、アプローチ策を講じることで、課題解決の糸口が見つかり少しずつでも見直していくことで、次の成長軌道の道筋につながっていきます。貴社の人材育成のご参考になれば幸いです。
-
原田 由美子(はらだ・ゆみこ)
シックススターズコンサルティング代表
人材育成、キャリアコンサルタント。東商の研修講座講師も務める。