提言:再挑戦が可能な社会づくりに向けて ~中小企業の再生インフラのあり方~
東京商工会議所
提言
Ⅰ.基本的な考え方
わが国の産業は、構造転換の遅れに端を発する長期の景気低迷に、中国等の台頭が加わるなど、国際競争力の加速度的な低下に歯止めがかからない危機的状況にある。
政府が推進する構造改革の一環である金融機関による不良債権処理の促進は、企業倒産や失業者の増大を招き、延いては企業の設備投資や個人の消費意欲を減退させるなど、短期的にはデフレ加速要因となっている。
しかしながら、中長期的には、市場における過剰なプレイヤーや企業が抱える設備・雇用等が整理されることで産業や企業・事業の再編が促進され、公正かつ透明なルールに基づく活発な市場競争が展開されることが期待できよう。
したがって、今、求められるのは、革新的なビジネスモデルを生み出す企業・個人の輩出とともに、市場から退出する企業経営者やステークホルダーに過度の犠牲を強いないための万全なインフラ整備である。
折しも、昨年の企業倒産件数は約2万社と高水準に達しており、民事再生手続きによる企業・事業再生を目指す事例が頻発しているほか、私的整理に関するガイドラインを活用した企業再建の動きも垣間見られるようになった。
さらに、会社更生法改正が本年に、破産法改正が来年に予定されているなど、倒産法制の整備が進められつつあることから、これらを念頭に、中小企業経営者等が、企業・事業破綻時においても経済的再起・再起業等の再チャレンジが可能となるような包容力のある社会づくりに向けて提言する。
Ⅱ.中小企業の再生インフラのあり方
1.中小企業向け私的整理に関するガイドラインの創設
昨年4月の政府の「緊急経済対策」を受け、取り纏められた「私的整理に関するガイドライン」は、その厳しい要件等から、これに則り企業再生を目指す事案は数例に限られている。
このガイドラインは、対象として大手企業を想定しているため中小企業の実情にそぐわないうえ、多くの中小企業経営者は法的整理よりも私的整理を選択する意向が強いことから、中小企業に適した新たなガイドラインが早期に創設されるべきと考える。
この際、①債務超過の解消、経常利益の黒字化までの期間を長期に設定すること、②経営者の続投を認めること、③担保に付された不動産等の債権を証券化するなどの代替手段を活用すること、④再建計画が成立する同意の要件を一般債権額の3/4程度とすること等、中小企業の経営実態への配慮が不可欠であるほか、国税庁は、本ガイドラインに則ってなされた債権放棄に伴う損失について原則として税務上損金算入を認めるべきである。
なお、全債権者の同意を不要とした場合の不服債権者による異義申し立ての取扱いについては、再建計画案が当該債権者を含めた債権者全体の利益を著しく害するものであること、または、手続きが著しく不公正な方法で行なわれたことが明らかであることを理由として、裁判所に提訴可能とする法制度を整えることが望ましい。
<「私的整理に関するガイドライン」の概要>
全国銀行協会や経済団体連合会(当時)等が中心となり設置された「私的整理に関するガイドライン研究会」が昨年9月に公表したもの。
活用事例が限られている主な理由として、再建計画案を作成する際、①実質的に債務超過である場合3年以内を目処に債務超過を解消する、②経常利益が赤字である場合3年以内を目処に黒字に転換する、③対象債権者の債権放棄を受ける時は企業の経営者は退任することを原則とする等が前提となっているほか、再建計画の成立に対象債権者全員が再建計画案に同意する旨の書面を提出することが必須である等が考えられている。
2.市場退出に係る中小企業・小規模企業向け専門相談センターの拡充
企業・事業の再生や個人破産等に関する相談機関は、現状においても地方公共団体等を中心に整備されているほか、商工会議所等には、倒産防止(経営安定)特別相談室が設置され、商工調停士や弁護士等の専門家が企業経営者に対し倒産危機を回避するための経営相談等に当たっている。
こうした相談者の中には、企業の経営規模を大幅に上回る多額の債務を抱え、個人資産の処分によっても債務を完済できず、個人の生活権維持さえ困難な状況下にあるケースさえ見受けられるのが実態である。
したがって、企業経営者に対し、企業・事業が再生不能な状況に陥る前に市場退出し、次の参入機会を窺うことを早期に決断させるためには、市場退出に係る中小企業・小規模企業を対象とする専門相談センターを商工会議所等に整備すべきである。
この際、商工調停士の増員等、倒産防止特別相談事業のための所要の予算措置を講じたうえで拡充するほか、特に代表的な中小企業専門金融機関である信用金庫・信用組合等との連携を強化し金融に係る相談機能を充実するとともに、当該相談窓口については可能な範囲で数多く設置されることが望ましい。
また、併せて企業再生および事業存続を図るため有効な手法であるM&A(Mergers&Acquisitions)や事業再編に資するMBO(Management Buy-Out)に関する支援機能など、多様な機能を具備させるべきである。
さらに、企業・事業再生の障害となるような金融問題に係る民事紛争についての調整機能(ADR:Alternative Dispute Resolution、あっせん・調停・仲裁等の裁判外紛争処理制度)も重要であるので、商工会議所等への新たな専門機関の創設について検討すべきである。
<東京商工会議所の取り組み>
○ 倒産防止(経営安定)特別相談事業
全国の主な商工会議所、都道府県商工会連合会に設置している倒産防止(経営安定)特別相談室にて行なわれている昭和54年度からスタートした国の事業。
相談室の責任者である商工調停士を中心に弁護士、公認会計士、税理士等が、経営不振に陥り倒産のおそれが生じた中小企業者の相談に応じる。商工調停士は、企業の経営・財務内容等の調査・分析を行ない、倒産回避のため資金繰り等の方策を指導するほか、倒産回避が困難と判断した場合は、社会的影響を最小限にとどめるため法的整理を中心とした整理方法等について弁護士による指導・助言を提供する。
平成13年度の商工調停士数は、10名(全国で711名)、相談実績は、171件。
○ 東商M&Aサポートシステム
平成10年よりスタートした独自事業。後継者難や経営戦略の立て直しにより営業権譲渡等M&Aを希望する中小企業経営者に対し、金融機関・監査法人・コンサルティング会社に在籍する専門家である複数の登録アドバイザーを紹介するシステム。経営者は、交渉担当のアドバイザーと専任契約を結んだ後、担当アドバイザーまたは他のアドバイザーが持つ買い情報を基に交渉先を決め、守秘義務契約に則り、具体的な交渉を行なう。
事業開始以来の実績は、41件の売り手情報および25件の買い手情報を受け付け、成約実績は6件(平成14年6月末現在)。
3.倒産時における労働債権および一般債権の扱いについて
企業倒産が増加傾向にある中、倒産した中小企業における被雇用者の失業中の生活水準は適切に確保されるべきであり、また、売掛金等に経営の多くを依存している中小企業の一般債権が倒産処理の中で優遇されるべきと考える。
現在、一般の先取特権の順位においては、租税債権が最上位に位置しているが、先の理由から、従業員への未払い賃金ならびに退職金等労働債権が優先されるよう改める必要がある。
また、連鎖倒産を防ぐため、倒産処理の中で中小企業が有する500万円以下の一般債権が優先して弁済を受けられるよう法制度を改めるべきである。
4.雇用調整による経営再建策の推進
雇用調整は、経営再建策の有力な手段の一つであるが、中小企業経営者にとっては、煩雑な解雇手続きや解雇に伴う労使紛争が阻害要因となっている。
本来、企業は、法制上解雇予告または解雇手当の支給により解雇し得るが、判例では企業による解雇権利の行使を厳しく判断しているほか、行使にあたり整理解雇4要件が確立されているなど、事実上解雇を行なうことはきわめて難しいのが現実である。
解雇制限は、労働者の生活権保護のうえからも法令で尊重されるべきであるが、わが国において構造改革が至上命題となり、産業・企業再生を促進する必要性が高まっているので、中小企業経営者が既存の判例法にとらわれることなく、経営再建にあたって所要の雇用調整を行なえるよう新たな法的措置が講じられるべきである。
5.知的財産および機械設備等の取引市場の整備
国土交通省は、不動産業界団体と連携し全国の仲介業者13万社が扱う約100万件の物件情報を集めたインターネットサイトを来年1月に開設する予定にしているほか、すでに不動産に関しては競売物件情報を扱うサイトが民間において稼動している。
ついては、法的あるいは私的整理を行なう企業等が、所有する機械設備のほか什器・備品等の有形資産や知的財産権および営業権等の無形資産についても商取引が可能となるよう、利用者により守秘義務を負う旨の契約を締結することを前提に、行政等公的機関の運営によるサイトが整備されることが望ましいと考える。
これにより、有形資産の有効活用が図られるとともに、適切な営業譲渡先を求める中小企業経営者や創業予定者等にとって有益な情報収集の場となることが期待される。
<東京商工会議所の取り組み>
○ 東商ビジネス交流プラザ
平成10年にスタートした独自事業。ビジネスに係るさまざまなテーマに関心を持つ企業が一堂に集まり、自社の経営課題の解決、取引の拡大、ビジネスパートナーの発掘を目的に自社PR、情報交換、人的交流を図るもの。併せて、参加申し込み時に提出するプロフィールシートをデータベース化し、取引照会などのビジネス・コーディネート・サービスも行なっている。
事業開始以来の実績は、全30回の開催で、延べ2,500社を超える参加を得ている(平成14年7月現在)。
○ 東商ベンチャーネット
平成8年よりスタートした独自事業。新規性あるビジネスに取り組む中小・ベンチャー企業と新規事業展開や事業拡大を模索する大手・中堅企業(サポート企業)との提携・協力の促進を目的に登録制によるビジネスプランの配信やサポート企業からのニーズに基づいた個別相談やプレゼンテーションの場の提供を行なう。
これまで審査会の審査を経た782件のビジネスプランを提供し、提携・協力に発展したケースは41件(平成14年6月末現在)。
6.中小企業に対する新たな法律扶助制度の創設
法律扶助制度の基本法である民事法律扶助法は、国民が利用しやすい司法制度の実現に資することを目的としているが、現状、その対象が個人に限られるほか、民事事件の範囲として想定されるものには、企業の再生事案は含まれていない。
現状、中小企業における整理の多くが私的整理で行われている背景として、企業の再生、清算に際して裁判所に納める予納金や弁護士費用の捻出が困難であることが推察されることから、これらに関する財政支援を行なうことは本法の趣旨に適うものと考える。
この際、対象となる企業の負債・資本額、資金を賄えないことの証明、過去の納税状況等、一定の要件を満たすことを条件に、企業・事業再生に係る中小企業に対する新たな法律扶助制度を創設すべきである。
<法律扶助制度(民事法律補助)の概要>
平成12年10月に施行された民事法律扶助法に基づき、財団法人法律扶助協会が扱う事業。国民の権利の平等な実現を図るために法律の専門家による援助や裁判のための費用を援助する制度で、法律扶助として代理援助、書類作成援助が、相談援助として法的助言がある。
Ⅲ.経営者に対するセーフティネットのあり方
1.企業・事業破綻時における企業経営者所有の個人資産の一定量確保
中小企業経営者等が、企業・事業破綻時においても経済的再起・再起業等の再チャレンジが可能となるよう、企業経営者が所有する個人資産の一定量確保は不可欠である。
ついては、破産法および民事執行法において以下のような所要の策を講じ、企業・事業再生を促進する環境整備を急ぐべきである。
(1)破産法について
①自由財産の拡大
中小企業経営者が企業・事業融資の連帯保証債務を主たる原因として個人破産に至った場合および個人事業主が個人破産に至った場合、免責が相当であることの一応の疎明があること等を条件に、少なくとも500万円までの金融資産については、これを自由財産とすべきと考える。
②持ち家についての配慮
持ち家については、土地建物面積等の合理的な制限の下、抵当権など直接の
担保権が設定されている場合を除き、破産財団から除外されるようにすべきである。また、企業・事業破綻時の中小企業企業経営者に対しては、従前における納税等の一定要件が満たされることを前提に、公営住宅の提供など住環境等について配慮すべきである。
(2)民事執行法について
上記に関連し、民事執行法における差押禁止債権の範囲についても、現行の法解釈運用を改める必要がある。具体的には、中小企業における取締役の報酬債権に対し、従業員と同様に21万円まで差押禁止債権と認めるべきである。
また、保証債務に基づき差押さえがなされる場合には、差押禁止債権である現行の1カ月の必要生計費の額(21万円)について昭和55年以降改正されておらず現在の物価水準にそぐわないことから増額すべきである。
<アメリカ連邦破産法における差押禁止財産の概要>
①個人が住居として使用している不動産(17,425㌦=約220万円以内)②乗用車(2,775㌦=約35万円以内)③衣服・寝具・家具等(9,300㌦=約120万円以内)④生命保険証書、公的給付受給権等が差押禁止財産として認められている。
2.企業・事業借入金に対する個人保証のあり方
中小企業は金融機関から企業・事業融資を受ける際、経営者本人および第三者の連帯保証が要求される慣行が存在する。そのため企業経営が破綻して返済に窮した場合、経営者が法的手続きをとらず悲惨な末路を迎えるケースが散見されることから、わが国の金融慣行に根づいている企業経営と個人保証の不分離を早急に是正すべきである。
(1)経営者本人の個人保証について
現行の保証制度では、特定の債務を保証することを原則としているが、不特定債務を保証するとする包括根保証も存在しており、特に後者の場合には、保証人は無制限に責任を追及されることになり、その危険性は計り知れない。
他方、根抵当権の場合には、3年を経過した時には元本の確定請求をすることができるなど、担保提供者の保護が図られている。
ついては、将来的に発生する不確実な債務を担保・保証するにあたっては、一定の政策的配慮がなされるのが適当であるので、まずは、根保証のあり方につき根本的に見直し、①保証額(極度額)を定めること、②保証人に確定請求権を与えることを検討すべきである。
(2)第三者の連帯保証について
企業・事業融資に際しての第三者への連帯保証の徴求は、原則として廃止されるべきである。
なお、状況から第三者連帯保証が妥当な場合においても、連帯保証の範囲については、社会通念上合理的な範囲で債務の負担限度が設定されるよう、関連業界において自主的規制を検討すべきである。
(3)債権償却処理に伴う保証債務の減免等について
法的整理、私的整理ともに再生手続きが終了した後、債権者が保有債権について損金算入等の無税償却処理を行なった場合において、担保として設定された個人保証債務については、その償却範囲内の債務が免除されるよう減額措置が講じられるようにされたい。
同様に、倒産以前においてすでに税務上償却された債権については、有税償却、無税償却にかかわらず、残元本部分を保証人または債務者本人が返済することを条件に債権放棄して早期再生を図る(ディスカウント・ペイオフ)の考え方を導入することも検討すべきである。
3.小規模企業共済制度の利用対象範囲の拡大
負債総額が比較的小規模なため、民間調査機関等のデータには表れにくいものの、中小企業の倒産や自営業者の廃業も増加傾向にあることから、倒産・廃業後の経営者の生活安定に係る対策が急務である。
そこで現在、小規模企業の個人事業主・会社等の役員に限定されている同制度の加入資格を見直し、中小企業基本法に定義される中小企業の役員が利用可能とするとともに、掛金の増額を検討すべきである。
<東京商工会議所の取り組み>
○ 小規模企業共済制度
小規模企業共済法(昭和40年)に基づいた国の共済制度で商工会議所等が手続きの窓口となっている。小規模企業(常時使用する従業員の数が20人以下、商業・サービス業は5人以下)の個人事業主または会社等の役員を対象とし、廃業・退職した際に支払われるもので、毎月の掛金は最高70,000円。掛金は全額所得控除、共済金は退職所得扱いまたは公的年金等の雑所得扱いになる。
平成14年3月末現在、約140万人が加入。
東京商工会議所