破産法等の見直しに関する中間試案に対する意見
東京商工会議所
政府は、デフレ対策として早期の不良債権処理に全力を挙げる方針を示しているところであり、企業の倒産や失業者の増大が懸念される。また、厳しい経済状況下で苦しんでいる中小企業は、取引先の破産、従業員の破産、延いては自らの破産という様々な局面で破産に直面しており、今回の破産法等の見直しには関心を持たざるを得ないところである。
従って、以下に、今回の中間試案の中で特に中小企業に影響を及ぼすと思われる事項を中心に意見を申述べるとともに、破産とは直接関係はないが、起業の促進の観点から、個人の再チャレンジ、フレッシュスタートを可能とするよう、個人保証人再生手続の制度の創設を訴えるものである。
提言
1. 個人の破産手続に関する特則
(第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等 第1関係)
中小企業が融資を受ける際、経営者は、自宅その他の個人資産を担保提供するほか、個人保証を要求されることが一般的である。会社について、民事再生その他の法的倒産手続の申立てをした場合、経営者は、担保権の実行や個人保証の追及により生活基盤を失い、破産に追い込まれる危険性がある。また、個人資産への担保権実行や個人保証の追及をおそれて、民事再生の申立てが遅れ、再建のチャンスを逃し、申立てをしても再建できないケースもある。
今年度の「中小企業白書」によると、破産を経験した経営者が再び経営者に復帰する割合は、アメリカが47%であるのに対し、日本は13%と極めて低く、中小企業の再起に対する政策的配慮の相違が浮き彫りとなっている。
しかし、我が国においても、平成14年6月25日に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」の中に、「起業の促進・廃業における障害の除去という目的実現の観点から個人保証のあり方の検討、見直しを進める」と記載されたところであり、当所も引き続き、経営者が再チャレンジできる環境整備の必要性とその実現を訴えているところである。
中間試案において、自由財産の範囲の拡大が検討に掲げられたことは、まさに的を射たものであり、自由財産の拡大は「再チャレンジ」、「フレッシュスタート」のためには必要不可欠である。従って、当所はその実現を要望するが、自由財産の拡大のみでは十分と言いがたい。
そこで、以下に自由財産の範囲の拡大を求めるとともに、破産の問題とは直接関係ないが、個人保証人再生手続の創設が謳われていることに注目して、経営者など個人である保証人が再チャレンジ、フレッシュスタートできるよう、個人保証人再生手続の制度の創設を求める。
1(1) 自由財産の範囲について
・ 現行の「標準的な世帯の1ヶ月間の必要生計費を勘案して政令で定める額」、すなわち21万円では、フレッシュスタートの準備期間の生活を保障するには極めて不十分である。従って、金銭については、最低でも「標準的な世帯の1ヶ月間の必要生計費を勘案して政令で定める額」の3倍の額までは、金額を引き上げるべきである。また、1ヶ月の必要生計費の額(現行21万円)については昭和55年から改正されていないことに鑑み、見直しを行うとともに、物価水準に見合った改正を適時行うよう求める。
・ 金銭に代えて、破産者が、預金債権等の金銭債権を自由財産とすることを選択することができることには賛成する。
1(2) (注1)について
・ 破産手続における自由財産の範囲について、包括執行である破産手続独自の観点から、個別執行における差押禁止財産の金額よりも拡大することを求める。
1(3) 自由財産の範囲の拡張の裁判について
・ 破産者の申立てにより、裁判所が決定で、破産者の生活の状況その他の事情を考慮して、自由財産となるべき財産の範囲を拡張することができるものとすることに賛成する。中小企業の場合、経営者の個人保証を求められることが多く、保証被りによって破産する場合があり、更に、経営者は雇用保険の失業給付を受けることができない等の事情を十分斟酌して運用されることが望まれる。
1(4) 個人保証人再生手続の創設の提言
・ 平成13年4月1日から、多重債務を抱える個人債務者が破産せずに再生を図ることができる手続である、個人再生手続が施行された。その対象は、債務総額が3,000万円以下の人であり、中小企業の保証人は、保証債務総額3,000万円超がほとんどであるため、個人再生手続で救済することが困難である。経営者など個人である保証人が、破産に至ることなく、個人再生手続と類似の手続によって、個人の経済生活再建を容易にする手続を立法すべきである。
個人保証人再生手続の具体的な内容は次のとおりである。
① 主たる債務者である会社等が経営の破綻に瀕し、破産、民事再生、会社更生等の法的倒産手続に入っており、保証債務の請求をされていること。
② 債務総額の中で保証債務、若しくはそれに準ずる債務の占める割合が相当水準に達する債務を負っている個人であること。
③ 破産したと仮定した場合の予想配当総額を最低弁済額とし、予定した弁済総額を3年間以内に分割で支払うという内容の再生計画案を提出すること。
④ 右再生計画案を債権者の決議にかけ、反対と回答した債権者の人数が半分に満たず、かつ、その債権額が総債権額の2分の1を超えないときは可決されたとみなすこと。(つまり、過半数の消極的同意があれば成立するとする。)
尚、本手続は、モラルハザードを誘発することのないよう、厳正な運用がなされることが当然の前提と考える。
主たる債務者である企業等が、民事再生等の法的倒産手続を申立てた場合には、保証人の保証債務を軽減する制度(ただし、物上保証人の責任には影響を与えない)を設けた場合、保証人となっている経営者は、自己と企業を再起・再建させるため、早期に民事再生等の申立てをすることになり、経営
者など個人である保証人の再チャレンジ、フレッシュスタートが可能になると考える。
2.保全処分
(第1部 破産手続 第3関係)
2(1) 担保権実行中止の手当てについて
・ 債務者たる中小企業が、事業続行の意図があるにもかかわらず、意に反して債権者に破産を申立てられ、キャッシュフローを生み出すプラットフォームについて担保権が実行されると、資金繰りに影響を及ぼす等、相当の支障が生じる。担保権実行中止の手当てが不十分であり、担保権の実行を中止できる手当てを講じることを求める。
2(2) 保全処分の強化について
・ 債務者申立ての場合、破産申立て後、破産宣告前の審尋を経ている期間が長い場合、債務者の手元にある在庫の流出を禁止する保全処分の強化が必要であるとともに、悪質な財産隠しに対しては罰則を設けるべきである。
3.破産債権の届出、調査及び確定
(第1部 破産手続 第10関係)
破産債権の届出について
・ 中小企業は法律に精通した人材を擁していないことが多く、また、債権回収のプロフェッショナルではないため情報収集能力に欠けることから、届出が困難な場合がある。本中間試案には、①において、「やむを得ない事由によって(中略)届出をすることができなかった場合には」、と記載されている。ここで、民事再生法第95条第1項を参照してみると、「再生債権者がその責めに帰することができない事由によって」、とあり、運用においては、これに該当して追完が認められるか否かについては厳しい判断が為されているのが実状である。従って、破産法に同様の規定を設けた場合、その運用は同様に厳しいものになることが予測され、加えて、本中間試案の②においては、「届出の追完の期間は、伸長し、又は短縮することができない」、と記載されているところである。よって、中間試案の①について、「やむを得ない事由によって」を「相当な事由によって」、と変更することにより、弾力的な取扱いを求める。
4.破産財団
(第1部 破産手続 第12関係)
破産管財人による任意売却と担保権の消滅について
・ 早期の資産売却は清算手続の迅速化に繋がり、それにより配当財源が増加することは、無担保・売掛債権者である中小企業にとってはむしろ望ましいと考えるため、制度を設けることに賛成である。しかし、甲案、乙案、丙案ともに、不動産を目的物とする抵当権を前提としているように思われるが、(注)に、担保権とは、別除権である担保権をいう、と記載されているところである。ここでいう担保権に別除権である全ての担保権が含まれるとすると適用される範囲が広く、当該売却に対する不服申立ての手続保障の整備が必要である。
5.免責手続
(第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等 第2関係)
5(1) 裁量免責について
・ 一度、破産を経験した人が、株式会社並びに有限会社の取締役になるためには、免責を受け復権していることが求められる。免責不許可事由とされている破産法第366条ノ9第4号に該当する場合でも、保証被り等の場合もあり、債務者に事情の釈明の機会を与えて欲しい。
5(2) (免責手続関係後注2)について
・ 中小企業における商取引の場合、受注の際に、相手方から特段の書類等の提出を受けないことが多く、また、相手方を審査するような特別な部門を有していないことが通常である。そのため、取込詐欺などの被害に遭い易く、このような悪質な詐術に係る債権は本来、免責を受けることが困難となるような制約が講じられるべきである。しかし、一方で、債務者の全ての債務が悪質な詐術を用いたことにより生じた債務であるとは言いきれない。そこで、破産法第366条ノ9第2号を免責不許可事由とするより、免責を許可した上で、取込詐欺など悪質な詐術に係る債権については非免責債権とすることが妥当と考える。これにより、悪質な債務者を免責から排除する効果がより一層確保できると考える。
6.相続財産破産
(第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等 第3関係)
相続財産破産と相続人の固有財産に対する債権者の権利行使について、判例の見解は、相続財産に破産宣告がなされても相続の一般的効果に影響を与えることはなく、相続放棄や限定承認をしていない限り、相続債務は相続人に承継され、相続債権者は残債権につき相続人の固有資産に対して権利行使できるとしている。しかし、個人事業主の相続人等、法律に精通していない一般の人にとっては、相続財産破産という形で包括的な相続財産の清算が始まれば、相続債務もすべてその手続中で処理されると考えるのが通常であり、相続人の固有資産に対してまで権利行使されるのは酷である。従って、相続財産の破産に限定承認と同様の効果を与えるべきである。
なお、この問題については、補足説明において今回の試案では取り上げられていない理由の説明が為されているところであるが、上記の理由により検討の必要を訴える。
7.法律行為に関する倒産手続の効力
(第3部 倒産実体法 第1関係)
賃貸人の破産における賃料債権の処分等の取扱いについて
・ テナントの場合、物件の立地条件は事業を継続する上で重要な要素であり、新たな物件を探すためには時間を要する。また新たな物件に入居するためには敷金等の資金が必要となる。そこで、①前払いの賃料全額につき破産債権者に対抗することができること、②保証金返還請求権等の破産債権を有するテナントにとっては、賃料債務についての期限の利益を放棄することで、破産債権がある限り毎月の賃料債務と相殺ができること、は望ましいと考える。従って破産法第63条及び第103条の削除に賛成する。
尚、破産法第103条が削除されることにより、破産宣告前に生じた破産債権と破産宣告後に生じた賃料債務の相殺について、破産法第104条第1号が適用され、相殺ができなくなるのではないかという懸念を表明する意見があり、この際、相殺が可能である旨、明確化されることが望まれる。
8.各種債権の優先順位
(第3部 倒産実体法 第2関係)
無利息債権の期限までの中間利息分について
・ 中小企業にとって主たる債権は、無利息債権たる売掛金である。そのため、中間利息の控除は中小企業に及ぼす影響は大きく、また、中間利息の算定は煩瑣であり、事務負担も大きい。そこで、破産法第46条第5号の削除を求める。
9.否認権
(第3部 倒産実体法 第4関係)
9(1) 偏頗行為に関する否認の要件について
・ 支払停止等の直前(例えば30日以内)に、債権者と債務者が共謀しての担保の供与、或いは債権者の強圧的な担保取得が為された場合についても、偏頗行為に関する否認の要件として認められることにより、簡明に否認できるようにすることが望まれる。
9(2) 適正価格による不動産等の売却に関する否認の要件について
・ リストラで資産売却する場合等の流通性・流動性をむしろ向上せしめるものとして賛成する。
10.相殺権
(第3部 倒産実体法 第6関係)
破産管財人の催告権について
・ 中小企業の抱える売掛金、手形には決済までの期間が長いものがあり、また、相殺権それ自体の存否や金額が争われている場合もある。本中間試案は、1ヶ月以上の期間を定め、としているため、その期間の決定は破産管財人の運用に委ねられると解されるが、催告から1ヶ月の間に当該破産債権について相殺するか否かを確答するというのは無理な場合がある。従って、相当な理由がある場合において、1ヶ月を超える一定程度の期間内の相殺も認められる制度設計が望まれる。
東京商工会議所