
【総合部門優秀賞】
オカダ医材株式会社
「まさか20年も続くとは思いませんでした」。東京都文京区湯島に本社を構えるオカダ医材株式会社は、一人の歯科医師との出会いをきっかけに、まったく新しい歯科矯正装置「i-station」の開発に挑みました。従来の矯正に伴う患者の精神的・身体的な負担を軽減するとともに、歯科医師にもやさしい治療法の確立をめざして、医療機器製造開発事業に参入。100回以上の試作や10年以上にわたる医療機器承認取得への挑戦、さらには製造中止の危機にも立ち向かってきました。ドクターと二人三脚で歩んだ20年の軌跡には、中小企業ならではの発想力と粘り強さが宿っています。この姿勢が高く評価され、2024年に「第21回勇気ある経営大賞・総合部門優秀賞」を受賞。同社の挑戦の裏側に迫ります。

創業以来、医療用マスクや手術用ガウンなど、医療消耗品を扱ってきたオカダ医材。当初は卸売事業を営んでいましたが、徐々に製造や輸入にも取り組み、リスクを分散しながら事業を広げてきました。
自社ならではの製品開発に乗り出したのは、現会長・岡田典久氏が代表取締役に就任してからのこと。転機は、取引先の医師が発した「歯科矯正の先生が、作ってほしいものがあるらしい」の一言からでした。
紹介されたのは、神宮前矯正歯科の斉宮(いつき)先生でした。初対面の場は、なんと居酒屋。ともに参加した食事会で、岡田氏と斉宮先生はすぐに意気投合。「ぜひやりましょう」と握手を交わしたものの、その時点では何を作るのかさえも分かっていなかったといいます。この斉宮先生との話をきっかけに、同社は医療機器製造販売に挑戦します。

「開発は数カ月で終わると思っていました」──そう語る岡田氏が、20年におよぶ壮大な開発に関わるとは、誰も想像していませんでした。
斉宮先生の構想は、シンプルでありながら画期的でした。従来の歯科矯正装置では制御が難しかった歯の動きを、「口内に強固なベースを作り、そこを支点に自在に動かす」という新しい発想で実現しようとするものでした。
そのアイデアを形にしたのが、常識を覆す矯正用アンカースクリュー「i-station」でした。上顎に2~4本のスクリューを打ち込み、プレートを固定。そこから歯を三次元的にコントロールします。パーツは着脱可能で、患者の負担を軽減する構造です。強度・サイズ・装着感など、細部まで工夫が施されています。この画期的な仕組みにより、これまで外科手術が必要とされていたような症例でも、矯正治療が可能になるケースが増えてきました。
■歯科矯正用アンカースクリュー(i-station)

しかし製品化に至るまでに多くの壁が立ちはだかります。高精度な加工が求められる試作は100回を超え、「できるだけ小さく、しかし強度を保つ」という難題に直面。最適なサイズと材質を探る試行錯誤が続きました。岡田氏自身が試作品を口に装着し、使い心地を確かめることもあったといいます。「矯正が終わるまで5年かかりました」と笑顔で振り返ります。
ようやく製品の原型が完成し、認可取得に向けて動き始めました。ところが、ここでも大きな壁が立ちはだかります。i-stationは口腔内に埋め込む器具であるため、薬機法(※)で厳格な審査が必要な「クラスⅢ」の医療機器に分類され、承認のハードルは極めて高いものでした。当時、同様の装置で国内承認が下りた前例はありません。それでも岡田氏と斉宮先生はあきらめず、i-stationの可能性を信じ続けました。「これは絶対に世の中の役に立つ」。その確信が、長い道のりを支える力となりました。

※医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律
そして2014年10月、「i-station」はついに医療機器として正式に承認されます。出会いから10年以上を経て、ようやく掴んだターニングポイントでした。
「ようやく製品を世に送り出せた──その喜びも束の間、最大の危機が訪れます。製品が国内で広まり始めた2019年、製造委託先から突然「製造を中止したい」との申し入れがあったのです。しかし、岡田氏は動じませんでした。この出来事が、同社を「販売会社」から「製造責任を担う真のメーカー」へと押し上げる転機となります。新たな協力先として辿り着いたのが、眼鏡の製造で知られる福井県鯖江市でした。

「眼鏡作りの精密な加工技術と、純チタンを扱うノウハウがきっと活かせるはず」。そう確信した岡田氏は、医療機器製造の経験がない複数の企業と一から生産体制を築きました。同時に、「誰が最終品質を保証するのか」という新たな課題にも直面します。
岡田氏は「自社で全責任を負う」と決断。社屋を改装して専用設備を導入するとともに、薬機法の手続き等に対応できる人材も採用しました。鯖江などの協力企業から届く部品を自社で検品・洗浄・梱包し、最終製造責任を一手に担う体制を築き上げたのです。中でも極小ネジの精度確認は、人の手で全数を検品するという徹底ぶりです。

こうした危機を乗り越え、さらに2021年、改良版である「i-station α」が医療機器製造販売承認を取得。オカダ医材は再び力強く立ち上がりました。丁寧なものづくりの姿勢が、確かな信頼につながっています。
改良版「i-station-α」は、今や世界の矯正医たちからも熱い注目を集めています。SNSや国際学会を通じた情報発信により、「私たちの国ではいつ使えるのか」といった問い合わせが後を絶ちません。海外特許はすでに20カ国で取得済み。2025年には米国で、続いて欧州での承認取得を目指しています。

「製品の完成度には自信があります。でも、どれほど優れた器具でも、それを使いこなせる医師がいなければ意味がありません」。そう語る岡田氏は、医師向けセミナーの開催にも力を入れ、誰もが扱える治療法として広めていくことを目指しています。

「勇気ある経営大賞・総合部門優秀賞」の受賞について、岡田氏はこう振り返ります。「第三者から評価をいただけたことは、大きな励みになりました。また、取引先からも多くの祝福の言葉をいただき、社員のモチベーション向上にもつながりました」。
オカダ医材には、i-stationとは直接関わりのない部門もありますが、今回の受賞は社内全体に喜びと誇りをもたらしました。「あのi-stationが認められた」という実感が部署を越えて共有され、社内の雰囲気にも良い変化を生んでいるといいます。また、i-stationについては、外部からは“成功事例”として語られることが多いものの、「本当はもっと早く届けたかった」という思いもあると岡田氏は率直に明かします。それでも、10年、20年かけてでも、社会に価値を届ける姿勢こそが、同社の本質であり、信頼を築く原動力なのです。
現在、オカダ医材は、医療用穴あけ用ピアスの技術を応用したアクセサリーピアスの販売にも取り組んでいます。「特定の方向にこだわらず、時代やニーズに合わせて柔軟に進化することが大切」と、岡田氏。
「i-stationの20年は、やり続けたからこそ形になった時間でした。完成した製品そのもの以上に、その過程で得た学びや出会いが、大きな財産になっています。もちろん、スピード感も重要です。ただ今は、“続けること”にも大きな意味があると感じています」。
一人の歯科医師の情熱と、それに誠実に応えた経営者の信念。20年かけて生まれた「i-station」の物語は、今まさに世界へと広がろうとしています。患者に笑顔を、そして挑戦する人々に勇気を届け続けるオカダ医材の歩み。その姿は、進化し続ける中小企業の可能性と底力を力強く物語っています。
オカダ医材株式会社
本社:東京都文京区湯島2-17-5
https://okdms.co.jp/
主な事業内容:医療衛生用具、医療材料、医療器材、病院諸設備機器の製造販売