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会頭所信

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変革と価値共創による日本経済の再出発



皆様のご信任を賜り、東京商工会議所 会頭に再任いただきました。
2期目の就任にあたり、所信を申し述べます。


Ⅰ.はじめに

 わが国経済は、長期にわたり低インフレ・低成長が続き、賃金も低水準で伸び悩みが続いてきました。しかし、2024年のマイナス金利解除や2025年春闘における平均5.25%の賃上げ、コア・コアCPIの3%前後といった指標が示すように、賃金と物価の好循環に向けた兆しが明確になっています。

 しかし、その一方で物価上昇に賃金上昇が追いついておらず、生活者としての実感でもある実質賃金の確実な回復は、依然として最大の課題です。デフレマインドを完全に払拭し、経済活性化に向けた好循環の基盤を整えるため、今まさに「再出発のとき」を迎えています。

 一方で、少子高齢化の急速な進行という構造的課題に直面しています。団塊の世代が75歳以上となる中、地域企業では後継者不足が深刻化し、事業承継は待ったなしの喫緊の課題として一層顕在化しています。実質成長率は持ち直しつつあるものの、日本経済の地力とも言える潜在成長力は、趨勢的になお低位にとどまっています。

 また、国際的には、関税・輸出管理・産業補助・投資審査等の組合せによる通商環境の再編が進行しており、世界経済の不確実性が一段と高まっています。このような地政学・通商リスクは、サプライチェーン全体、とりわけ中小企業・小規模事業者の経営にも大きな影響を及ぼすことが懸念されています。

 私は3年前の就任時、「日本再生・変革に挑む」というスローガンを掲げ、日本再生には、変革の連鎖が不可欠であると申し上げました。この間、取引価格の適正化や中小企業のイノベーション・DXの推進、賃上げや事業承継など、あらゆる課題に現場との対話を軸に取り組んで参りました。成長型経済への転換を確固たるものとするためには、今後も絶えず「変革」に挑み続けることが不可欠です。

 また、こうした不確実性の時代においては、規模や業種・業態を超えた企業間連携、民・官・学の連携強化、さらには行政区を越えた地域間連携の推進など、多様な主体が協働し、新たな価値を共に生み出し、共に栄える「価値共創」の考え方がますます重要になります。

 取引適正化による大企業と中小企業の共存共栄、官民一体となった国内投資の促進、内需と外需を両輪とする経済構造の再構築など、わが国全体が一枚岩となって持続的成長を実現しなければなりません。

 このような認識のもと、今期は「変革と価値共創による日本経済の再出発」をスローガンに掲げ、東京の発展を日本経済の再出発に繋げるべく、全力で職責を果たす決意であります。

Ⅱ.重要政策課題への対応

 この実現に向け、今後3年間の活動では、次の3点を重点課題として取り組みます。

1.成長型経済の実現に向けた環境整備
2.変革と価値共創による中小企業・小規模事業者の「稼ぐ力」の強化
3.日本の成長を牽引するゲートウェイ・東京のさらなる発展


【成長型経済の実現に向けた環境整備】

 まず、成長型経済を実現するためには、原材料や資源価格の上昇等によるコストプッシュ型インフレから、需要拡大によるデマンドプル型インフレへと移行し、好循環を持続させることが不可欠です。

◇好循環に向けた賃上げのモメンタム

 まず重要なのは、賃上げモメンタムを持続し、物価上昇を上回る賃上げを実現することです。しかし、人手不足と最低賃金の大幅な引き上げが続く中、多くの中小企業では防衛的な賃上げを迫られているのが実情です。自発的かつ持続的な賃上げを可能にする環境整備を政府主導で確実に進めるよう、全国の商工会議所や他の経済団体と連携し、強力に働きかけて参ります。

 また、賃上げ原資の確保の観点からは、価格転嫁など取引適正化の推進が欠かせません。「パートナーシップ構築宣言」企業は、私の就任時の1万6千社弱から現在では8万社を超えるまでに拡大しました。当所としても、役員・議員・支部役員の皆様に率先していただき、さらなる普及啓発に努めます。

 加えて、「人件費やエネルギー価格の転嫁が進まない」、「BtoCでは価格転嫁が難しい」といった課題に対しては、価格交渉支援ツールやノウハウの提供、個別企業支援に注力しつつ、中小企業庁や公正取引委員会とも連携し、実効性の担保に努めて参ります。

◇成長分野への公的投資の拡充・推進による民間投資の喚起

 また、公的投資の拡充により、民間投資を喚起していくことも重要です。DⅩ・GⅩ、経済安全保障分野に資するサプライチェーンの国内回帰、国土強靭化に向けたインフラ整備など、成長分野への公的投資を拡充・推進し、政府には具体的なロードマップの提示と着実な実行を強く求めます。これにより企業の予見可能性を高め、積極的な民間投資を喚起し、経済効果を最大化することが重要です。

◇労働供給制約時代における人手不足への対応

 次に、人手不足への対応です。わが国は、人口減少と高齢化が進み、労働供給制約社会が本格的に到来しています。中小企業・小規模事業者は人手不足を克服するため、省力化の徹底、リスキリングによる人材育成、多様な人材の活躍推進など、「少数精鋭成長モデル」への自己変革を果たしていくことが求められます。

 当所としても、国・東京都等と連携した採用支援事業と並行して、中小企業の課題として浮き彫りになった、人材育成の仕組みの構築やデジタル人材の育成支援に取り組んで参ります。併せて、政府には企業の自己変革を後押しする施策の充実、給付と負担の見直しを含む持続可能な全世代型社会保障制度改革を求めます。

◇経済安全保障とエネルギー安全保障の両立

 地政学リスクの高まりに加え、関税施策や輸出規制により自由貿易体制が不安定化する中、貿易立国である日本が持続的に発展するためには、自由貿易体制の維持・発展が不可欠であり、価値観を共有する国々と連携しつつ、ルールに基づく国際経済秩序の維持・発展を粘り強く主導していくことが求められます。

 エネルギー安全保障の観点からは、大原則である「S+3E」に国際性の視点を加えた「S+3E&G」に基づく政策を推進すべきです。特に原子力発電については、脱炭素と安定供給を支える重要なベースロード電源と位置づけ、安全性が確保された原子力発電の早期再稼働や新増設、リプレースを政府が主導して、着実に推進するよう求めて参ります。当所としても、電力の大消費地である東京と電源立地地域がともに発展できるよう、理解促進と販路開拓やビジネスマッチング等の地域連携事業にも一層力を入れて参ります。


【変革と価値共創による中小企業・小規模事業者の「稼ぐ力」の強化】

 重点課題の2点目は変革と価値共創による中小企業・小規模事業者の「稼ぐ力」の強化です。成長型経済の実現には、中小企業・小規模事業者が「変革」に挑み、「付加価値」と「生産性」を向上させ、「稼ぐ力」を強化することが不可欠です。新分野進出、DX・GX推進、知的財産の創造・保護・活用、海外展開等に果敢に挑戦しなければなりません。
 当所では、これまでに3万件を超えるデジタル化支援を実施し、スタートアップとの連携促進などイノベーションや成長市場への進出等を後押しして参りました。今後は、経費削減にとどまらず、収益力を高めるデジタル化や、中小企業やスタートアップも参画したエコシステムの活性化を通じた「価値共創」を一層推進します。

 これらの取り組みと同時に、地域経済を支える中小企業・小規模事業者の事業継続、経営強化も重要な課題であり、足元での資金繰りの改善や販路の開拓、事業承継等の伴走支援に引き続き全力を挙げて取り組む所存です。

 特に、事業承継の観点では、後継者不在による廃業は依然として多く、当所ではビジネスサポートデスクによる個別支援やツール提供を強化するとともに、「事業承継税制の特例措置の恒久化」に向け、政策提言を続けて参ります。


【日本の成長を牽引するゲートウェイ・東京のさらなる発展】

 重点課題の3点目は首都・東京のさらなる発展です。東京は日本経済の中枢であり、全国の約1割の人口と国内総生産の約2割を占めています。多種多様な企業・産業、教育機関・行政機関が高度に集積する東京は、イノベーションと付加価値創出の源泉であり、その発展が日本経済全体を牽引します。

 当所では長年にわたり、都市基盤の整備やリスク対策の重要性を訴えて参りました。今後も、海外からの玄関口である首都圏空港を核とした交通ネットワークの強化、インフラの老朽化対策、災害対応力の強化に取り組み、文化・芸術を含めた「国際文化都市」としての東京の魅力を高めて参ります。

 また、東京が、国内外の経済循環における「ゲートウェイ」としての機能を果たし、地方との共存共栄を実現することも重要です。少子化対策、多様な人材の活躍推進など、長期的視点から東京の持続的発展を検討するため、新たに委員会に改組した東京の将来構想委員会を中心に議論を進めます。

Ⅲ. 活動方針

(「現場主義・双方向主義」の発展)

 私は、3年前、「現場主義・双方向主義」の継承を掲げ、23支部の訪問や、経営指導員との意見交換を重ね、現場に即した活動や政策提言に励んで参りました。中期ビジョンで掲げた「8.5万会員体制」の早期実現も、皆様の多大なご尽力とともに、現場との対話の積み重ねによる成果です。

 今期はこの方針をさらに発展させ、全23支部の支部会長で構成する「23支部推進委員会」を中心に、本支部間連携の強化を進めて参ります。現場の声に真摯に向き合いながら、経営支援をはじめとした各種事業活動と事務局機能の強化に努め、積極的な活動を展開して参ります。

Ⅳ.むすびに

(150周年を飛躍の契機に)

 日本経済の礎を築き、一万円札の肖像でもある渋沢栄一翁は、1878年3月12日に東京商工会議所を創立し、初代会頭に就任されました。以来、当所は近代化、戦後復興、高度経済成長、バブル崩壊など、時代の変化の中で「会員企業の繁栄」、「首都・東京の発展」、「日本経済の発展」に全力を傾けて参りました。2028年3月には、創立150周年という大きな節目を迎えます。この長い歴史の重みを胸に、次の50年を見据え、何を為し、何を次代へ残すのか、その責務は極めて重大です。

 「民の繁栄が、国の繁栄につながる」———渋沢翁のこの信念は、今も当所活動の原点であり、揺るぎない真理です。私たち企業こそが、この国の未来を支えるという志のもと、会員企業の皆様とともに歩みを進め、150周年を未来への飛躍につなげて参ります。


以 上

2025年11月4日
東京商工会議所
会頭 小林 健