政策提言・要望

政策提言・要望

司法制度改革審議会における論点に関する意見

平成11年12月20日
東京商工会議所

 わが国の経済社会は、国際化や規制改革の進展に伴い、自由競争社会が促進され、自己責任原則を前提とした事後チェック型社会へと急速に転換しつつある。この様な変化により、社会の基本的インフラである司法制度は、ますます重要になるとともに、時代に即した制度へと改革しなければならない。特に経済活動の視点に立てば、企業の大小にかかわらず等しく権利が保障され、円滑な経済活動が行われるために、司法制度の機能充実が求められる。
 そのためには、国民や企業の視点に立ち、アクセスが容易で、迅速性があり、分りやすく、しかも専門分野に対応できる制度を目指さなければならない。
 今回の司法制度の改革では、審議会設置法の成立にあたって衆参両議院で附帯決議された「国民がより利用しやすい司法制度の実現」、「法曹の質および量の充実」、「国民の司法参加」、「法曹一元」、といった事項を多角的視点から検証していかなければならない。中でも「国民が利用しやすい司法制度の実現」と「法曹の質および量の充実」は、現在司法が抱えている問題を解決するために、十分な議論が尽くされるべきである。
 一方で、経済活動など日々の社会変化に即して司法制度が対処していくには、既存制度を客観的に検証し、改革が可能である個別案件に随時着手すべきである。
 以上の観点に立ち、東京商工会議所は「司法の容量」と「諸制度の見直し」の二つに論点を分け、司法制度改革審議会において議論されるべき論点について意見をまとめた。

提言

1. 司法の容量(人的インフラの拡充)

(1) 法曹人口の増員
 司法制度に利便性と迅速性が求められている以上、法曹人口は増員すべきである。その際、司法試験や司法修習のあり方、ロースクール構想を含めた法曹教育といった質の問題も加味しながら議論しなくてはならない。
 また、政府規制改革委員会が検討している「公的な業務独占の見直し」の中で、司法書士・弁理士・税理士などに法律業務の一部を開放することが検討課題となっているが、利用者の選択の幅を広げるものであり、競争原理の導入により法曹の質を向上させるためにも、早期実施が望まれる。
 さらに、外国人弁護士や各分野の専門家の活用も検討されるべきである。

(2) 専門家の活用促進と国民の司法への参加
 特許紛争など裁判が複雑化・専門化していく中で、裁判の迅速性を求めるため、専門家が職業裁判官と同等に評決権を持って裁判に登用される制度の導入は有効な方策である。
 司法への国民参加については、国民の総意が得られるか見極めが必要である。
 これらを検討していく中で、既存の調停委員や司法委員などの制度をさらに充実させることも検討しなくてはならない。

(3) 法曹一元問題
 裁判官の供給源の多様化は長く議論されているが、その有効性や実現可能性などの諸条件について整理する必要がある。まずは既存の弁護士の裁判官任用制度を充実させることを検討すべきである。

2. 諸制度の見直し(制度的インフラの整備)

(1) 経済活動等に対する制度的インフラの充実
 企業は、コンプライアンス(遵法)に対する姿勢を強化徹底し、企業内法務部門の充実を図るなど、紛争の未然防止と迅速な解決を図る努力を続けている。しかし、日本の企業の大半を占める中小企業では、そうした余裕がないのが実情である。司法は経済活動・国民生活を支えるインフラとして、すべての企業・国民にとって等しく使い勝手のよい制度でなくてはならない。

① 法律扶助制度の充実
 来年度予算で大幅増額(今年度比3.7倍の22億円)が見込まれ、しかも制度の法制化によって国の施策として明確に位置付けられることは、制度改革として大いに評価できる。しかし予算面だけ見ても先進諸国と比して依然低い水準にあり、今後も予算の増額が望まれる。
 また、社会のインフラとして開かれた制度となるには、中小企業や倒産等の異常事態に陥った企業が利用できるような機能に拡充しなくてはならない。また、ADR(裁判外紛争処理)を利用した場合にも適用範囲を広げるなど、使い勝手のよい制度への改善が必要である。
 一方で、自己責任に対する一層の高揚を図るには、企業は公的なセーフティーネットにのみ依存するのではなく、自己責任原則に基づき、自助努力を図らなければならない。例えば、権利保護保険制度の普及が一つの具体策としてある。

② ADR(裁判外紛争処理)等の整備
 ADR制度の社会貢献度を高め、紛争解決の迅速性と納得性を得る制度とするために、利用促進策を検討し、裁判との共存・共用のための方策を探ることは極めて有効である。
 その改善策の一つとして、明治23年以来、改正がなされていない仲裁手続に関する法律(公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律)を、時代に適合したものとなるよう見直しが必要である。
 また、新しい観点から設置を考えることも価値がある。例えば、中小企業が抱えている法律問題全般を扱うようなADR機関を設置することも有効であり、さらに、その機関に、立証準備や鑑定の機能を付与させれば、中小企業のコンプライアンスを充実させるとともに、濫訴を防止することになる。
 ADR機関以外にも、公正取引委員会や証券取引等監視委員会といった準司法機関の機能を拡充することは急務である。特に人員面の補強を行い、多岐にわたる企業関連事件に対応できる体制が望まれる。

(2) 裁判の改革
 裁判所がユーザーとの距離感を縮めるには、裁判所は時代に適合した新しい感覚を身に付けて、機動的・持続的な取り組みを行わなければならない。裁判のあり方の根本問題を検討することは重要であるが、既存制度の改善・充実を図ることで、ユーザーの理解を得やすいものとなる。

① 情報開示
 裁判所が保有する統計や判例などのディスクローズは、企業にとって自社で抱えている類似案件処理の方向性を予測したり、今後起こりうるトラブルの予防を図るうえで必要である。
 したがって、電子媒体等を活用しながら、積極的に情報公開を実施すべきである。

② 専門性・迅速性に対応した裁判の実施
 経済社会が複雑化・専門化していく中で、裁判における専門分野への対応機能を万全にするとともに、迅速に結論がでるような体制を構築しなければならない。
 そのためには、裁判官の増員が不可欠である。また、裁判官は、訴訟指揮の明確化と裁判期間の短縮に向けた改善に引き続き努力を払う必要があり、利用者の予測可能性の向上を図るべきである。
 特に、特許裁判は企業にとって時間との戦いであり、長引いては判決の価値を失うことになる。迅速かつ納得のいく裁判を行うために、専門分野に対応できる裁判官の育成と増員を図るとともに、法曹以外の専門家を活用するなどの方策を講じるべきである。

③ 民事執行体制の改革
 裁判で勝訴判決を得ても、その判決を実現できる確実性がなければ、企業にとっては裁判が無意味になるばかりか、死活問題にもつながる。これは、司法への信頼感を低下させるだけでなく、社会的モラルの低下を引き起こしかねない。
 判決の実効性を確保する方策を早急に検討すべきである。さらに、民事執行を確実にしかも遅滞なく実行していくためには、執行官の増員などによる機動力を持った執行体制に移行するよう、抜本的な改革に着手すべきである。

(3) 弁護士の改革
 国民や企業と一番多く接する機会があるのは弁護士であり、弁護士改革の実現は、司法への身近さや信頼感を増大させる効果がある。ユーザーの視点に立って、紛争の事前予防措置の拡充を含めて、弁護士業務に関する規制を見直すべきである。

. ①  隣接職種との協力・競争関係
 裁判を円滑に進めるためには、専門知識を有する司法書士・弁理士・税理士・行政書士など隣接職種と弁護士との協力・競争関係が築かれるべきであり、例えば訴訟代理人の権限を認めるなど、弁護士業務の規制緩和が必要である。
 また、弁護士事務所の法人化、複数事務所化やワンストップサービス実現のための総合的法律・経済事務所の創設は、まさにユーザーにとって効率的なものであり、すぐにでも実現させるべきである。

② サービスの充実
 広告規制は緩和の方向にあるが、弁護士が自らの情報を公開することや料金体系の見直しなど、多岐にわたる改革が必要である。
 さらに、インターネットによる相談体制の整備は、弁護士へのアクセスの機会を増やすだけでなく弁護士の大都市偏在問題も解決する糸口となる。

(4) 国民・企業と司法を近づける方策
 国民や企業と司法との接点を広くすることは、国民や企業に意識変革をもたらし、身近な司法を実現することになる。

① 法律の条文の現代語書き換え
 経済活動の拠り所である民法の一部や商法の全文はいまだに漢字カナ交じり文のままであることは、司法の保守的・硬直的な性格の顕著な例といえる。早急に書き換えるべきである。

② 法務に関する新たな資格制度の創設
 司法試験以外にも、社会的なステータスとなる資格を付与する制度の創設は、国民の法律に対する意識を高め、司法の裾野を広げる。例えば、企業法務担当者へ自社ならびに関連会社の紛争処理に関して、限定的であれ一定の資格を付与すれば、紛争解決への近道として機能する。
 さらに、東京商工会議所で取り組んでいるビジネス実務法務検定は、法律知識に根ざした思考や行動を啓発するものである。このような制度が広く普及することは、紛争の未然防止といった観点から有効である

以上