
【スタートアップ部門大賞】
ヒューマンライフコード株式会社
出産後に処分される「へその緒(臍帯(さいたい))」を活用し、命を救う治療から命の質を高める治療へ、新たな医療の進化に挑むヒューマンライフコード株式会社。代表取締役社長の原田雅充氏は、治療法のなかった小児患者との出会いを機に外資系製薬企業を退職し、起業を決意しました。法規制、資金調達、組織づくりという数々の壁を乗り越え、臍帯由来の細胞による再生・細胞医療の社会実装を推進。同社の革新性は高く評価され、「第21回勇気ある経営大賞・スタートアップ部門大賞」を受賞しました。その挑戦の軌跡と未来への展望に迫ります。

米国に本社を置く外資系製薬会社に勤務中、原田雅充氏は治療法のない小児患者さんと出会い、その命が出産後に得られる産物「胎盤」由来の細胞で救われる現場を目の当たりにしました。「命をつなぐ力をこの目で見た」。この衝撃的な体験は、原田氏の心に深く刻まれ、自らこの事業を成し遂げたいという衝動に代わりました。
同じ頃、東京大学医科学研究所で共に研究をした長村登紀子氏と再会を果たします。彼女は、原田氏が製薬会社でキャリアを歩む間も、胎盤ではなく原料としてより扱いやすい「へその緒」から細胞を取り出し、医薬品化する研究を一貫して続けていました。小児患者との出会いと長村氏の研究——2つの点が重なったとき、「この治療を日本、そして世界に広めたい」という決意が芽生えたのです。
しかし、医療に対する熱い想いとは裏腹に、原田氏には会社経営の経験も、事業構築の知識もありませんでした。けれども「足りないならば補えばいい」。そう自らに言い聞かせ、勤めていた企業を退職。翌日には、住まいも決めぬままニューヨーク行きの飛行機に乗り込みます。
なぜ、ニューヨークだったのか。それは、「物事を逆立ちしてみて、真実を見極める」ために、あえてこれまでの常識が通用しない環境に身を置く必要性を直感したからでした。自らの構想が独りよがりな妄想で終わらないよう、客観的な視点で徹底的に「なぜ?」を繰り返すことでその価値を問い直し、磨き上げる。そのための最適な場所がビジネスの最先端・ニューヨークだったのです。
ヒューマンライフコードの核となるのは、「臍帯由来間葉系間質細胞」。聞き慣れない名前ですが、この細胞は体内で免疫や炎症を調整し、生涯にわたって私たちの健康を支える、極めて重要な役割を担っています。

再生・細胞医療の原料としては、これまで骨髄や脂肪が一般的でした。しかし原田氏は、あえて「へその緒」にこだわりました。そこには、「誰かを救うために誰かを傷つけるような医療では、持続性に限界がある」という強い思いがあったからです。実際、骨髄や脂肪の提供にはドナーに大きな痛みやリスクが伴い、決して持続可能な資源とは言えないのが現実です。ましてや、我が国は、骨髄供給を海外からの輸入に大きく依存しているのが現状です。
「へその緒は出産後に自然と切り離されるもので、母子ともに一切の負担がありません。しかも0歳児由来のため、品質に年齢差に伴うバラツキがなく、骨髄や脂肪よりも細胞の増殖力が非常に高いことが特長です。現在では、1本のへその緒から約6,000パックの製品を製造できます。これは重い病を抱える患者500人分(※1人あたり12バック使用換算)の治療に使える計算になります。より多く、より安く、均一な品質で届けられる――へその緒は、まさに、持続拡大可能な医療の未来を担う“神秘の素材”なのです」

「ないない尽くし」で始まった創業期は、苦難の連続だったと原田氏。社会的信用度はゼロに等しく、銀行口座の開設すら困難だったといいます。最初に立ちはだかったのは、「資金調達」の壁。出資を募るために奔走し、事業の社会的意義を訴え続けましたが、共感を得られる投資家は「100社に1社」いれば幸運な方、という厳しい状況でした。そして、さらに高い壁となったのが「法的規制」でした。当時、へその緒は出産施設で「処分しなければならない」と定められており、医療への利用は認められていなかったのです。これでは、研究はできてもビジネスにはなりません。出資者らからは「そんなものは事業にならない」と、何度も門前払いされたといいます。

それでも原田氏は諦めませんでした。「必要なら法律・条例も変える、へその緒は必要だ」との強い覚悟で行政に働きかけを行った結果、2019年9月に東京都が条例を緩和。医療目的でのへその緒の使用が正式に認められたのです。同年には東京ベンチャー企業選手権大会で最優秀賞&東京都知事賞を受賞し、資金調達も大きく進展しました。
法的な壁を乗り越えたことで、事業は一気に加速しました。2020年には、白血病の造血幹細胞移植後に起こる重い合併症の患者に対し、日本で初めてとなる臍帯由来間葉系間質細胞を投与。半数以上が寛解(症状が治まった状態)し、元気に退院を果たしました。さらに、予期せぬ形でその技術が脚光を浴びます。政府からの補助金を得る形で、新型コロナの重症患者の治療にも応用され、暴走した免疫による呼吸障害に対し、投与した3例すべてで肺の画像診断にて改善と回復が確認されました。
これらの実績は、致死率の高い「移植後非感染性肺合併症」への治療製品開発に結実。生存割合を従来の27.6%から71.4%へと大幅に改善し、現在は製品化に向けた最終段階(フェーズ3)の準備に入っています。また、加齢によって筋力が低下することで、身体能力が低下する「サルコペニア」に対する臨床研究もブラジルで進行中。症例登録は順調に進行しています。慢性炎症を抑えることで、寝たきりを防ぐ新たな治療法として期待されています。
同社の強みは、治療の開発だけにとどまりません。臍帯の採取から製造、保管、流通、販売までを一貫して担う体制、それすなわち再生・細胞治療のエコシステムを構築し、東京大学医科学研究所や大手企業などと連携し、日本の一人でも多くの同社製品を必要とする患者さんへ安定供給を果たしています。

「へその緒を託すという、赤ちゃんにとって最初の社会貢献が、誰かの命を救い、得られた収益の一部が臍帯バンクへ還元され、次の命につながる。この“ありがとう”の循環こそが、私たちの目指す姿でありエコシステムです」と、原田氏。現在では海外からも導入希望が寄せられており、日本発のモデルを世界各国へ広げる構想が進んでいます。
こうした挑戦が評価され、「第21回勇気ある経営大賞・スタートアップ部門大賞」を受賞しました。
「専門性が高く伝わりづらい分野だからこそ、第三者からの評価は大きな励みになります。社員にとっても、自分たちの仕事が社会に認められた実感につながりました」と原田氏は語ります。
現在、同社が向き合うのは「組織づくり」という新たな壁です。事業の拡大に伴い、組織も拡大しています。多様な価値観を持つ人材が集まる中で、一つのベクトルに揃えるために同社が大切にしているのが「コンパッション(共感と思いやり)」の文化です。互いの弱さを認め合い、信頼で結ばれたチームを築き、自燃・自走可能な組織にする――それが、次の成長の鍵だといいます。

「私たちは何のために存在しているのか」、「何のためにこの仕事をしているのか」。その問いを胸に、原田氏らは今も前人未到の道を進み続けています。ヒューマンライフコードの歩みは、社会課題の解決と向き合う多くの企業や経営者にとって、明日へのヒントになるに違いありません。
ヒューマンライフコード株式会社
住所:東京都中央区日本橋堀留町1-9-10 日本橋ライフサイエンスビルディング7 5階
https://humanlifecord.com/
主な事業内容:再生医療等製品の研究開発・製造・販売