2025年8月7日更新

NEW 有限会社エニシング

(帆前掛け専門店)
所在地 東京都新宿区新宿1-11-17 第2KSビル1階(新宿御苑店)
*豊橋前掛けファクトリー、フランス・パリ支店も展開
代表者 西村 和弘 (代表取締役社長)
資本金 300万円
従業員数 9人
設立年 2000年
企業HP https://anything.ne.jp/

東京メトロ丸ノ内線の新宿御苑前駅から3分ほど歩くと、閑静なビル街の一角に帆前掛け専門店「エニシング」の店舗が見えてくる。2000年に創業した後、漢字Tシャツの販売を経て帆前掛け専門店へと転身し、帆前掛けの一大生産地であった愛知県豊橋市に工場を建設した同社。18世紀から続く伝統的な手法で製作された帆前掛けに魅了され、世界的なアニメ制作会社やプロ球団など、様々な企業からコラボの依頼が絶えないという。加えて、2024年には直営店である新宿御苑店とパリ支店をオープンするなど 、その快進撃は止まらない。

エニシングの強みは帆前掛けの質や高い技術力だけではない。その裏には、中小企業ならではの戦略やブランディングに対するこだわりがある。ブレない信念に基づいたチャレンジを繰り返しながら、同社はさらなる成長を目指している。


ニッチ産業である帆前掛け専門店に転身。約100年前の織機を譲り受け、無二の商品を作る

 
“豊橋に設立した自前の工場"

豊橋に設立した自前の工場

               

創業当時、エニシングは「日本文化の隠れた魅力を世界に」を理念に個人向けの漢字Tシャツ販売を行っていた。そんな折、エニシング代表取締役社長の西村氏は日本橋馬喰町の問屋街で帆前掛けと出会う。「もともと、漢字Tシャツ販売にはこだわっておらず、隠れた日本文化を世界に広げるという理念を大切にしていたので、前掛けを見かけ『これをビジネスにしたら面白そう』と感じました。当時、帆前掛けの専門店はなく、他に競合のないブルーオーシャンだったのです」と西村氏は振り返る。

そして、2005年から愛知県豊橋市へ帆前掛けの本格的な発注を開始。2009年には留学経験を活かしたアメリカへの飛び込み営業が功を奏し、ニューヨークで帆前掛け展を開催する。約100年前のシャトル織機を使用して作られた前掛けは、生産にも時間がかかり、効率は良くない。しかし、そんな歴史ある織機だからこそ生み出せる無二の商材であることや帆前掛けの持つ歴史、エニシングの理念が国内外の目を惹いた。象徴的だったのは、世界的アニメ制作会社からの「コラボ前掛けを作ってほしい」という打診だ。「他にも、プロ球団や観光地などに営業をかけ、主に法人向けのファングッズを製作。2013年~2018年の5年間で、売上を3倍に伸ばしました」と西村氏は言う。


しかし、豊橋市の職人たちが高齢化による廃業を余儀なくされたことで、新たに自前の工場を設立することを決意。約100年前に造られたトヨタ式・スズキ式・遠州式のシャトル織機を老舗メーカーから10台譲り受け、2019年に豊橋工場を設立した。


現在の売上比率は海外3割、日本が7割だ。メインはBtoBで、グッズや記念品としての前掛けを主に製造・販売している。コロナ禍においてもパリの展示会に年2回出展を続け、売上が増加したことをきっかけとして2024年7月にパリ支店もオープン。同年6月に開設した新宿御苑店に続いて2店舗目だ。さらに2024年~2025年にはパリや新宿でポップアップストアを開催するなど、着実に事業を広げている。


西村氏は、「常に意識しているやり方が2つあります。ひとつは、『3年~5年後にはこうなるだろう』と未来から逆算して手を打つこと。これは、先輩経営者の某大手食品メーカーの元副社長から教わった金科玉条(※1)です。もうひとつは、企業規模に応じて小さくテストを繰り返すこと。漢字Tシャツの販売や前掛けの販売、ポップアップストアの開催など過去にいくつもの挑戦をしてきましたが、すべてまずは小さくテストから始めました。試行すれば課題が明確化されますし、セグメンテーション、つまり核となる事業の発見に繋がります。将来を見据え、前もってフットワーク軽く動けるのが中小企業の強みではないでしょうか」と述べる。


※1:非常に重要な法律や規則のこと。転じて、自分の主義や主張、立場の絶対的なよりどころになる思想や信条などのこと。


                             

独自の技術力を研鑽し、価格決定力を持つ


フランス人アーティストとコラボした「スペース柴」前掛け

フランス人アーティストとコラボした
「スペース柴」前掛け

エニシングの強みを生んでいるのは、商材の独自性だけではない。研究開発で磨き上げられた技術力と、中小企業ならではのブランディング戦略だ。
「豊橋工場での研究開発を通じて、事業の根幹である品質の向上に取り組んでいます。技術力が上がれば提案の幅も広がり、『エニシングに相談すれば、高いけれど優れた商品を作れる』という評判が立つ。ブランディングとはあくまで結果であり、その根の部分が充実してこそ咲く花です」と西村氏は強調する。


「当社ではコラボを行う際、単なるOEM(※2)ではなくパートナーとして協業しようと心がけています。そのためにも、独自の技術力を武器に、オリジナルのコラボ製品を開発し、スピード感を持って提案することで、大量生産品では生み出せない価値を感じてもらう。コラボ先と当社それぞれの持つ面白さを掛け合わせ、1+1=2にとどまらない、より高い次元の商品を生産できるようにしているのです。そうすれば、安い仕事を受ける必要がなくなりますし、価格決定力も持つことができます」と西村氏は言う。


西村氏にも、「安い仕事」を請け負っていた苦い経験がある。安く作った商品はよく売れる。しかし、「忙しくて研究開発の時間が全く取れませんでした。結果的に質は落ちる、社員は疲弊する、その上儲からない。負のスパイラルから抜け出せなくなるのです。同様の立場に置かれている企業は多いでしょう」と話す。


さらに、中小企業には丁寧なコミュニケーションとスピード感が求められるという。エニシングでは、受注したいクライアントがいれば細やかに相談に乗り、小ロット短納期でサンプルを出す。「通常、サンプルの製作には1~2ヶ月かかると言われています。ですが、当社は東京でデザインし、豊橋の自社工場で試作する一貫体制のため、納品まで早ければ2~3週間ほど。このスピードは、中小企業にしか実現できないものだと思います。」と西村氏は笑顔を見せる。


※2:Original Equipment Manufacturerの略。他社ブランドの製品を製造すること。


海外の展示会では「引き算」を意識し、情報を削ぎ落す


海外出展の様子

海外出展の様子

海外の展示会に出展する際には、「引き算」を意識しているという同社。「『ブースにパネルをたくさん貼るより、情報を削ぎ落とした方が欧米のお客様に見ていただける』とフランス人プロデューサーから教わりました。また、『Japanese』という文言はあえて入れないようにしています。日本文化を売りにすると、日本好きのお客様にしか見ていただけない。ターゲットを絞らず、生地の質や作り方で評価されるよう意識しました」と西村氏は話す。


そんな勢いに乗るエニシングにも原価高騰の波が直撃している。前掛けの素材である綿の価格がこの数年で2倍に跳ね上がったのだ。「原価高騰が急激すぎて価格への転嫁はなかなかできていない状況です。1着5万円のジャケットなど、高単価の商品の開発も進めています。帆前掛けの製造で培った技術を応用し、自社でしかできない生地や商品開発に注力していきたいと思っています。」


その他、製造のプロセスや配送料の見直しなど、取引先の業者と相談しながら細かい取り組みを続けているという同社。
今後の展望について、西村氏は「海外では、『日本の職人は丁寧かつ高クオリティな商品を作る』と評判です。それなのに、近年は織物工場の廃業が止まらない。だからこそ、当社が失われていく技術を継承し、未来へ繋いでいかなくてはならないと考えています。そのために今後もチャレンジをしていくつもりです」と力強く語った。