2026年1月16日更新

NEW 大和屋履物店

(下駄・和小物販売業)
所在地 東京都千代田区神田神保町3-2-1 サンライトビル1階
代表者 小倉ヤス子(3代目)
従業員数 5名
設立年 1884年
企業HP https://geta-yamatoya.com/

神保町駅から徒歩約1分、専大通りの交差点に佇むのが、明治17年創業の「大和屋履物店(やまとやはきものてん)」だ。かつては下駄を中心に、スリッパやサンダルなどの多様な履物を扱う店だったが、4代目の娘婿として家業入りした5代目・船曵竜平(ふなひきりゅうへい)氏の主導で2021年5月に全面リニューアルを実施。「文化を継なぐ店」をコンセプトに掲げ、「半分ギャラリー・半分下駄屋」という新たな業態へと舵を切った。
ギャラリーでは手ぬぐいの展示会や盆踊りなど、日本文化を積極的に発信。その狙いは、商品や空間の魅力を明確に差別化し、「大和屋履物店でしか体験できない価値」を創造することにある。

               

リニューアル以降、同店のSNSフォロワーは200人から4,000人超へと急増。下駄の単価も改装前の約2倍として、高付加価値・高単価の商品を打ち出している。自店の強みと存在意義を徹底的に見つめ直し、見事に再出発を果たした大和屋履物店の戦略に迫る。



5代目の参画を機に全面改装、全員で対話を重ねリブランディングに成功

全面改装以前の店内の様子

全面改装以前の店内の様子

               

改装前の大和屋履物店は、下駄やサンダル、ナースシューズなどの履物が雑多に並ぶ、いわば“どこにでもある”履物店だった。「そのため、店の世界観が曖昧になり、大和屋履物店で買う理由が薄まっていました」と船曵氏は振り返る。こうした課題を解決すべく、船曵氏は2019年12月の改装決定と同時に5代目として経営に加わり、ブランドの再構築に着手した。

               

そのプロセスにおいて特徴的なのは、5代目・船曵氏がリードし、3代目・4代目も交えた徹底的な対話を重ねた点だ。経営学やブランディングを学んでいた船曵氏が、専門的な知見を平易な言葉で共有しながら、1年半かけて大和屋履物店の強み・ビジョン・ミッションを全員で徹底的に言語化していった。

               

「何よりも、店としてのベクトルを合わせる必要があると考えました。外から来た私が独断で答えを押し付けるのではなく、今までこの店を経営してきた3代目・4代目に『この店をどう守りたいのか』『何をお客様に届けたいのか』をひたすら深掘りして問い続ける。そうして対話を重ね、チームとして合意を形成する。そのプロセスを経てたどり着いたのが、『文化を継なぐ店』という言葉でした」と船曵氏は回想する。


方向性を定める上で大きな意味を持ったのが、3代目の「下駄屋は下駄屋として残ってほしい」という一言だった。「下駄が日常的な履き物だった昔、下駄屋がお客様に提供していたのは機能的価値でした。しかし、もうそんな時代ではありません。いま下駄屋として届けられるのは、情緒的価値や文化的価値です。そこを追求していこうと決めました」と船曵氏は続ける。


「逆に言えば、下駄屋として残りさえすればいいのです」という船曵氏の言葉通り、「下駄の販売」を軸に据えつつ、その表現や売り方は大胆に変える道を選んだ。まず商品構成を見直し、「文化を継なぐ」ことに繋がる商品、そして「なぜこれを置いているのか」を説明できる商品だけを店頭に並べたのだ。コンセプトが明確になったことで、意思決定に迷うこともなくなった。


「『この店に来なければ買えないもの』の提供に注力しました。その象徴が、職人と共につくる下駄です。南会津や愛媛・内子の信頼できる職人から仕入れた下駄台に、大和屋履物店オリジナル生地の鼻緒を組み合わせる。お客様は数多の選択肢の中から“自分だけの一足”を選ぶことができます」と船曵氏は説明する。

                             

「半分ギャラリー、半分下駄屋」の新業態がシナジーを生む

ギャラリースペースが目立つ改装後の店内

ギャラリースペースが目立つ改装後の店内

               

大和屋履物店では、来店客が30分~2時間ほど滞在してじっくり商品を吟味し、悩み抜いたうえで購入していく。同店が重視しているのは、こうした特別な体験価値だ。

               

「その体験価値を生むもう一つの仕掛けが、店舗の約半分を占めるギャラリースペースである。「『下駄に興味を持つ人は、日本の伝統的な文化やものづくりにも関心がある』といった仮説のもと、作家の展示やイベントを月1回以上、積極的に開催してきました。改装当初は毎週のように企画を打ちましたね」と船曵氏は語る。

               

家族に型染作家がいるという背景もあり、信頼できる人脈を活かせたことも強みだった。手ぬぐい展や江戸長唄の演奏、郡上の盆踊りなど、イベントの内容は多岐にわたる。「人が集まる場所になったら嬉しいし、この店をきっかけに神保町を知ってもらえたら」。そんな4代目の想いが取り組みに反映されている。結果として、イベントに訪れた人が下駄にも興味を持ち、逆に下駄を目当てに来店した人が展示に惹かれるという好サイクルが生まれた。


集客の軸となったのはSNS、とりわけInstagramだ。フォロワー数は200人から4,000人へと自然に増加し、投稿を見て来店する顧客も多い。船曵氏が発信で大切にしているのは、作り手の声を丁寧に伝えることだ。インスタライブで作家本人に語ってもらったり、投稿前に何度もヒアリングを重ねたりと、手間を惜しまない。「作り手の想いを掘り下げて発信していくことが重要です。神保町に立地しているからこそ、地方文化と東京の架け橋になれれば」と船曵氏は話す。


改装前は1日1~2人程度だった大和屋履物店の来客数は、現在では比べものにならないほど増加した。イベント時には1日あたり20~30人の顧客が訪れる。手ぬぐいなどの和小物と下駄の売上比率は現在ほぼ半々で、「少しずつ下駄の割合が増えています。下駄屋が下駄屋として盛り返してきました」と船曵氏は言う。メンテナンスや鼻緒の交換など、購入後のアフターフォローもリピーターを生む要因となっている。


商品の背景や付加価値を伝え、価格の適正化を実現


店内で実施したイベントの様子

店内で実施したイベントの様子

大和屋履物店の価格帯も、ここ数年で大きく変化した。リニューアル以前は2,000~3,000円台の商品が中心だったが、現在は単価が倍近くまで上昇している。ここ2年ほど値上げも実施しているものの、売れ行きに問題はない。「なぜこの価格なのか」「どんな手間がかかっているのか」を丁寧に伝え、選ぶ体験そのものに価値を持たせているからだ。「分かる人には、むしろ安いと言われることもあります」と船曵氏は明かす。


「日本のものづくりは長年『安売り』を前提としてきました。しかし、それでは職人も、商品を売る店舗も生き残れません。『これだけ手間がかかっているのだから、この価格でこの価値がある』。そうした説明を業界全体で積み重ね、価格の適正化を図っていかなければなりません」と船曵氏は警鐘を鳴らす。


「大和屋履物店の今後の展望は、イベントのさらなる充実だ。船曵氏は「これまで先輩世代の作家と組む機会が多かったのですが、今後は若い作り手が活躍できる場も積極的につくっていきたいです」と話す。


さらに船曵氏は「日本文化を未来に残すためには、国内だけを見ていては不十分」とも感じている。海外の人に知ってもらい、好きになってもらうことが、結果として日本文化を支える力になる。そのための発信や仕組みづくりも、これからの大きなテーマだ。


SNSを通じて、地方からの反響も増えている大和屋履物店。「地方でも買えるようにしてほしい」という声に、どう応えていくのか。ECなのか、出張イベントなのか、答えはまだ模索中だ。「下駄や伝統工芸を取り巻くマーケットには大きな潜在性があります。まだまだやれることは尽きません。もっと多くの人にワクワクを届け、ファン層を広げていきたいですね」と船曵氏は熱を込める。