~流通サービス業の実践的経営改善ガイド~
第2部:流通・サービス事業者の経営改善アプローチ(理論編)
2.価格転嫁と生産性向上の取り組み
では、価格転嫁や生産性向上に向けて、どのような取り組みを実施すればよいだろうか。東京商工会議所が流通・サービス業の会員を対象に、2024年9月に実施したアンケート結果(参考情報に詳細を記載)を見ると、商品やサービスを目標とする価格以上で販売できている、と回答した事業者に対し、目標価格以上で販売できている理由を尋ねた結果は以下の通りである(図表3)。
この結果を分析すると、顧客とのコミュニケーションを丁寧に行い、しっかりと商品の価値を訴求すること、そして自社の価値を伝え、信頼を勝ち取ることが価格を上げるために重要であると言える。また、市場設定や商品力によって、競合しないマーケットを自ら作り上げ、代替品による脅威を無くすことで価格決定権を自社で握ることも目標価格以上の販売に効果的である。
各項目に目を向けると、最も多い回答は「会社の信頼性が高い(54.9%)」であり、会社自体の信頼性向上とブランディングが価格転嫁に効果的であることが分かる。「この会社に任せたい」、「ここの商品なら安心だ」といった信頼があれば、物価高騰などを理由に商品やサービスの価格を上げても売上のマイナスにつながりにくいことがうかがえる。
次に多いのは「顧客とのコミュニケーションを大事にしている(43.5%)」である。販売価格を上げることについて、丁寧な説明を顧客に行うことにより目標価格以上で販売できているものと考えられる。
そして「ニーズを想起した価値を訴求できている(41.4%)」の回答も多い。先に示したように消費者の利益は価値/価格であるため、想定されるニーズに対して価値を訴求し、分子の価値を高めることで分母となる価格を上げることができていると思われる。
そのほか、「自社の商品・サービスの希少性によって顧客の自社への取引依存度が高い(31.3%)」、「ターゲットや市場を絞り込み、競合が少なく価格競争が起こりにくい(25.5%)」については、自社の商品・サービスの希少性が高い、あるいはニッチなニーズに対応するもので価格競争にさらされない、といったものであり、市場設定や商品力をベースとした差別化ができていることを示している。
続いて、コストを削減し、利益を創造するための生産性向上に目を向けてみる。以下の表は、生産性向上に取り組む流通・サービス事業者の取り組みの具体的内容である(図表4)。
以上の結果を見ると、生産性向上に取り組む際には、業務プロセスの見直し・改善を行い、必要に応じてシステム導入などを進めること、商品・サービスについては既存のものを見直すだけではなく、新商品や新サービスも合わせて検討すること、そして人材採用・育成をしっかり行うことが重要であることが分かる。
個別の項目に目を向けると、デジタル活用や設備投資などを伴う業務プロセスの改善/効率化が39.7%と最も高くなっており、業務改善に向けたDXなどの取り組みが広がっていることが分かる。また、業務フローの見直しなど、投資を伴わない業務プロセスの改善/効率化(31.5%)も回答率が3割を超えており、新しいシステムの導入有無に限らず、業務プロセス改善への取り組みが進んでいると言える。業務プロセスの改善には、新しい設備やITシステムの導入だけではなく、事業実施体制や事業・業務プロセスそのものを見直し、事業に必要な様々な業務をアウトソーシング等を通じてスリム化することも含まれる。こうしたスリム化の取り組みでは、新たな投資を伴わず、コスト削減を図りながら生産性向上に取り組むことにつながる。
既存商品・サービスの見直しも39.4%と回答率が高く、生産性向上にあたっては、業務プロセスだけではなく、商品・サービスそのものの見直しも進められていることが分かる。そして、同じくらいの割合(36.6%)で新商品・新サービスの開発や新事業展開があげられており、既存の商品・サービスを見直すアプローチと、新商品・新サービスを検討するアプローチの両方の選択肢があることが分かった。なお、既存の商品・サービスの見直しにしろ、新商品・新サービスの展開にしろ、前提として事業ドメインの再定義が重要であることに注意したい。自社の事業領域や市場等を明確化し、戦略的に商品・サービスの展開を考えた先に既存商品のリニューアルや新商品展開があるのである。単純に商品やサービスを見直すのではなく、事業全体を俯瞰したうえで、事業ドメインを再定義した結果に従って商品やサービスの改善や新規開発を実施することが望ましい。
人材確保・育成も31.7%の回答になっており、三分の一程度の事業者が人材採用・育成に注力することで生産性を高めようとしていることが分かる。この項目は、人手不足・人材不足が課題となっている状況を踏まえると、既存人員の工数削減につながるDXの実現に向けた設備投資等とつながっている課題であると言える。

- はじめに
- 好事例に見る流通・サービス事業者の経営改善アプローチ(実践編)
- 流通・サービス事業者の経営改善アプローチ(理論編)
- 流通・サービス業の現状と課題