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会頭所信

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日本再生・変革に挑む
<志を高く、新しい時代を切り拓く>



1.はじめに

 わが国経済は、過去20年以上に亘り物価、賃金、生産性がほぼ横ばいという停滞が続き、先進諸国に比して相対的に競争力は低下しています。さらに、新型コロナウイルス感染症やロシアのウクライナ侵攻、世界的なインフレなど、大きな環境変化が次々と押し寄せ、極めて予測困難な状況が続いています。
 今期は、こうした大きな環境変化に対応しつつ、人口減少や少子高齢化、社会保障費の拡大、財政赤字、人手不足、エネルギー問題、さらには加速するデジタル化やグローバル化への対応など、わが国が抱える構造的課題に正面から取り組み、成長軌道に戻していくための重要な期間であると認識しています。
 足元では、複合的な要因による物価上昇や円安が大きな影響を及ぼしており、中小企業は厳しい状況に置かれています。今こそ、渋沢栄一翁の「逆境の時こそ、力を尽くす」という信念に学び、長年の停滞から抜け出し、成長へと転換する好機と捉え、我々、企業経営者が積極的に行動を起こしていきましょう。
 私は、会頭就任にあたり「日本再生・変革に挑む」をスローガンとして掲げました。激動の時代だからこそ、日本の良さ・強さを再認識するとともに、「変革」に挑んでいかなければ、国も、企業も、この時代を生き抜くことはできません。また、三村名誉会頭が3期9年をかけて築かれた「日本再出発の礎」を継承し、さらに発展させるとともに、「変革の連鎖」によって日本再生を成し遂げるため、与えられた任を全うする決意であります。

2.重要政策課題への対応

 我々民間が、成長の原動力であるという当事者意識を持ち、自助努力によって変革に向けて取り組んでまいりますが、変革を支える環境整備は、国の重要な役割であり、特に以下の4点は重要なポイントであると考えます。

 1つめは、「民間投資の強力な推進」であります。
経済成長のエンジンとなる民間による国内投資を強力に促進するため、新しい資本主義の重点投資4分野における官民の適切な役割分担、リスクシェアリングを図り、企業の成長期待を高めるとともに、長期計画的で十分な規模の政府支出、税制を含め、民間投資を促進するための大胆な規制改革に取り組んでいただきたいと思います。また、エネルギーの安定供給を確保するとともに、グリーントランスフォーメーション(GX)の活用など経済社会構造の大変革を通じて2050年のカーボンニュートラルを実現する上では、原子力政策を含む政府が前面に立ったエネルギー政策の推進が期待されます。

 2つめは、「持続的に賃上げできる環境整備」であります。
 成長と分配の好循環の実現には中小企業が賃上げできる環境整備が必要です。労働分配率が約8割と高く、賃上げ余力に乏しい多くの中小企業は、生産性が上がらない中でも賃上げせざるを得ない「防衛的賃上げ」を強いられています。民間による生産性向上や付加価値向上などの取り組みと併せて、物価高騰によるコスト上昇分の転嫁を含む取引価格の適正化とともに、事業再構築やリスキリング、デジタル化などによる生産性向上への支援強化が重要であります。

 3つめは、「サプライチェーンの強靭化と経済安全保障」であります。
 国際分業の深化等によって供給網の多様化が進む中、コロナはその脆弱性を浮き彫りにしました。国民の生命や豊かな暮らしを守る食料や医療、エネルギー、あるいは経済活動に大きな影響を及ぼす重要物資の確保に向け、生産拠点の国内回帰を含めた供給網の整備が急務であります。
 とりわけ、経済安全保障については、今年5月に経済安全保障推進法が成立し、目下、実装のステージに入っていますが、企業の予見可能性を高めるとともに、民間経済活動に規制を課す際は、必要最小限度の範囲にとどめ、自由な経済活動と安全保障を両立する必要があります。

 4つめは、「多様な人材が活躍できる国づくり」であります。
 本格的な人手不足時代が到来する中、各企業においては、人材・働き方の多様性を受け入れ、成長に活かしていかなければなりません。女性の活躍を一層進め、多様な視点を活かしたビジネス展開を図るとともに、政府においても労働力としての期待の高い外国人材の受け入れ拡大、活躍推進に向け外国人材から選ばれる国・地域になるよう環境整備が重要であります。

3.中小企業と地域の重要性と商工会議所の使命・役割

 私は、経営者の責務は、経済価値、社会価値、環境価値の3つを同時に追及すること、即ち社会に責任を持ち、貢献することだと考えています。中小企業は、変化に対する柔軟な対応力を有しており、経営者と現場の距離も近く、経営者の理念を共有しやすい土壌があります。従業員が自分の仕事は地域の発展に貢献していると感じることで、働きがいの向上につなげている企業を私自身も数多く見てきました。こうした魅力と活気に溢れた企業が増えることで、日本の社会全体をより良くしていくことに繋がると確信しています。まさに、中小企業こそが変革の主役を担っていく時代であり、我々商工会議所の役割はこれまで以上に重要になります。

(中小企業のイノベーション創出・成長を支援)

 商工会議所は、会員の大多数を中小企業が占める特性を活かしながら、強く豊かな経済をつくり上げていくことに貢献していくべきであります。活動の根幹である経営支援はもちろん、デジタル化の推進による生産性向上や、越境EC等を活用した輸出拡大支援、地域に仕事を生み出す創業や新分野展開、スタートアップ、事業承継・再構築など、中小企業のイノベーション創出・付加価値向上を通じた成長支援について、可能なあらゆる手段を講じてまいります。また、エネルギーコスト増を乗り越えるための脱炭素経営への支援にも取り組んでまいります。

(大企業と中小企業の共存共栄の実現)

 「パートナーシップ構築宣言」は、私もその重要性に共感し、より実効性のある制度としてさらに発展させていくべきと考えます。
 日本は、大企業と中小企業が下請け・孫請けといった系列関係を含め相協力し、ともに高め合うことで、その技術力は世界に誇る地位を確立し、競争力を高めてきました。正に、先輩である永野重雄・第15代会頭が申された「石垣論」です。他方、コスト削減を重視し企業やサプライチェーン全体で生み出した付加価値に見合った価格へ転嫁する意識が薄かったことは否めません。今後は、日本の強みを活かしつつ、サプライチェーン全体で付加価値を向上させ、その果実を共有し合える形での大企業と中小企業の共存共栄を目指して行こうではありませんか。

(人と企業が輝く東京へ)

 東京の各地域は、独自の歴史・伝統・文化、そしてこれらが育んできた伝統産業や産業集積、支えてきた先人たちの努力と英知の結集によって発展してきました。東京は世界の都市総合力ランキングで2008年の4位から2016年には3位へと順位を上げ、首都としてわが国経済をけん引する役割を果たしてきましたが、成長率は世界の都市と比較して大きく低迷しています。
 東京が将来にわたって力強く成長するためには、国内外からのアクセス向上や産学公連携などオープンかつイノベーティブな面を強化する必要があります。さらに、地域に根差す中小企業が住民などと連携しシビックプライドを醸成するとともに、それぞれの地域にある魅力を発掘・発信することで、国内外から様々な人々が行き交い、ビジネス機会の創出に繋がります。こうした好循環を通じ、東京が将来に向けて力強く成長できるよう取り組んでまいります。
 また、頻発する大規模自然災害への備えも地域にとっては重要です。私が2011年2月に東商の副会頭に就任した直後に東日本大震災が発生しました。東北全域が被害に見舞われる中で、全国の商工会議所が思いを一にし、支援物資の輸送や遊休機械無償マッチング事業を展開されている姿を目の当たりにし、商工会議所のネットワーク力を実感しました。地域防災力強化とともに、災害時における商工会議所の広域的な支援体制の構築も検討してまいります。


4.活動方針

(「現場主義」「双方向主義」の継承・発展)

 他の経済団体にはない商工会議所の最大の強みは、23支部・8万会員が成すネットワーク力であります。中小企業や首都東京が直面する課題が複雑化する中においては、このネットワーク力を最大限に生かした活動を行っていかなければなりません。
 これまで活動の軸としてきた「現場主義」「双方向主義」の重要性は今後も変わることはありません。私は「現場主義」「双方向主義」を継承・徹底し、変化に対応できる強い足腰を鍛えていくことが重要だと考えています。地域の第一線で活動する23支部および会員企業の皆様との対話の機会を何より重要視し、志高く課題や変化をタイムリーに察知し、スピード感をもって実行していく組織を目指してまいります。
 また、活動の一翼を力強く担っている青年部、女性会との連携をより一層強固なものとし、若い力・女性の力との相乗効果によって、新しい活動を生み出してまいります。

5.むすびに

 私たちが忘れてはならないのは、明治11年、1878年に東京商工会議所が創立された当時も明治維新後の激動の時代でありました。このような中、初代会頭を務めた渋沢栄一翁は481社にも上る会社を設立するとともに、600を超える社会事業にも携わっていきました。
 激動の中にあっても、志を高く国の発展のために尽くした渋沢翁の「私益と公益の両立」という理念は、「会員企業の繁栄」「首都・東京の発展」「日本経済の発展」というベクトルに沿った3つのミッションとして現代の私たちにも引き継がれています。先行きが見えない時代であっても、我々経営者が「私益と公益の両立」、3つのミッションを胸に果敢に挑戦することで、必ずやこの困難に打ち克てると確信しています。
 活動の基盤は8万を超える会員の力であり、会員の力を国や東京都との連携だけでなく、全国や海外の商工会議所、経団連や経済同友会、中小企業関係団体などとさらなる協調を図り、新たな時代を切り拓いていくための原動力につなげていきましょう。私は、先頭に立ち、その任を全力で全うしていく覚悟でございますので、引き続きのご支援を何卒よろしくお願いいたします。


以 上

2022年11月1日
東京商工会議所
会頭 小林 健