政策提言・要望

政策提言・要望

介護保険制度の見直しに関する意見書

2004年7月15日
東京商工会議所
日本商工会議所

 介護保険制度は施行5年目を迎えているが、高齢化の進展や制度の定着に伴い、要支援・要介護の認定者やサービス利用者は予想以上の延びを示しており、介護保険給付費の急増や保険料の高騰などの問題が生じている。今後、更に急速な高齢化の進展が見込まれる中、介護保険制度の持続性の確保に向けた見直しが急務である。
本来、介護保険には、医療保険との適切な連携を図ることによって、介護を要する高齢者の自立を支援し、増え続ける老人医療費の抑制に資することが期待された。しかし、制度間の連携が十分行われないまま、医療・介護を合わせた給付は増加の一途を辿っている。社会保障制度の見直しに当たっては、介護保険制度のみを議論するのではなく、議論の前提となる全ての情報を開示した上で、年金や医療を含む社会保障制度全体を総合的に議論し、給付と負担の水準を決定する必要がある。
持続可能な社会保障制度の構築には経済活力の維持・向上が不可欠であるので、国民と企業が納得して負担できる水準として、「基本方針2004」で政府が示したように潜在的国民負担率は50%程度に収めるべきである。こうした国民負担や社会保障制度全体の議論なしに、介護保険の安易な財源確保策として被保険者の対象範囲の拡大などを議論すべきではない。
また、サービスの質の維持・向上を図るため、介護従事者の知識・能力の向上や適切な第3者評価システムを構築するとともに、規制緩和によって民間の創意工夫や競争原理を活かす環境を整備する必要がある。介護サービス市場は、利用者の増加やニーズの多様化等により今後も拡大が見込まれる成長産業であり、民間や市場機能を有効に活用すべきである。
以上の認識を踏まえ、介護保険制度の見直しについて下記のとおり意見する。

提言


1.持続可能な介護保険制度の構築について
(医療・介護保険の給付総額の目標管理による抑制)

 将来的にも持続可能な制度として介護保険を安定化させるためには、まず、保険給付の重点化・効率化、運営・事務コストの削減を行うとともに、介護保険とトレードオフの関係にある医療保険と合わせて、給付総額を抑制していくことが必要である。そのためには、医療・介護保険の給付総額について目標値を設定すべきである。
 
2.給付について
(1)サービスの適正化による給付抑制
(要支援・要介護1認定者は従来通り給付対象とする)

 要支援・要介護1認定者への給付の急増が問題視され、これらの者をサービス利用対象から除外すべきとの意見がある。しかし、給付の急増は、高齢化による自然増を除けば、介護認定のあり方やサービス提供の仕方などにも問題点が指摘されており、介護保険対象から外すのではなく、真に必要なサービスが適切に提供されるよう整備し、重度化の改善に向けた取組みを高く評価する仕組みを導入するなどして、抑制を図るべきである。
 
(2)介護予防・リハビリテーションの強化
(重度化改善を念頭に置いた給付内容の見直し等)
 高齢者の重度化を改善したり、個人としての尊厳を保ちながら自立した生活を過ごす上で、介護予防・リハビリテーションが効果的であることは言うまでもない。
介護予防・リハビリテーションの強化は、高齢者の健康維持につながり要支援・要介護状態の出現率を抑制できるとともに、要介護者の重度化改善にも貢献する。これは、給付抑制の効果だけでなく「自立支援」という介護保険の本来の目的に適うものである。
多様な介護予防やリハビリテーション、適切な福祉用具の活用、転倒予防のための住宅改修など、サービスを手軽に受けられる環境を整備するためには、民間の知恵や活力を活用することが有効である。自立支援に繋がるサービスに高い評価や報酬を与えるなど、民間の参入インセンティブが働く仕組みづくりが必要である。
また、重度化改善を念頭に置いた給付内容の見直しも検討すべきである。例えば、下記のように、要支援・要介護1に対するサービスについては、介護予防・リハビリテーションサービスを中心に構成することも考えられるのではないか。

<サービスの種類の見直し>
〇要支援、要介護1:介護予防・リハビリテーションサービスを中心
〇要介護2・3  :生活援助サービスを中心
〇要介護4・5  :身体介護サービスを中心
 
(3)社会保障制度間における重複給付の解消
(介護・医療・年金の重複給付の解消)

 現在の社会保障改革については、介護や年金など個々の制度内容の議論ばかりが先行しており、制度間の重複給付など制度横断的な調整は十分に行われていない。年金を受給しながら長期入所・入院している高齢者は、介護や医療からも給付を受けており、明らかに重複給付を受けている。いずれの制度も財政面から給付と負担の見直しが求められている現状を踏まえ、行き過ぎた制度間の重複給付は速やかに解消すべきである。
 
3.負担について
(1)第1号と第2号被保険者との不公平感の是正
(第1号被保険者の適切な負担求める)
 第1号被保険者(65歳以上)と第2号被保険者(40歳~64歳)との不公平感の是正のため、第1号保険料の軽減措置の範囲を見直し、第1号被保険者にも適切な負担を求めるべきである。例えば、低収入であっても資産がある場合は、サービス受給終了後に残された資産の売却などを通じ、過去の保険料費用を回収する仕組み(リバース・モーゲージ)なども検討すべきである。
また、第1号保険料の確実な徴収、納付の利便性、徴収事務の効率化などを図るため、低所得者への対応に配慮しながら、遺族年金や障害年金を含めた全ての年金を特別徴収の対象とすべきである。
 
(2)安易な第2号被保険者の対象拡大には反対
(40歳~64歳 → 20歳~64歳への対象範囲拡大には反対)
 第1号保険料の高騰を抑制するため、第2号被保険者の対象範囲を現行40歳以上から20歳以上に拡大する意見があるが、社会保障制度全体における給付と負担の議論なしに、安易な財源確保策としての対象拡大には反対する。
被保険者の対象範囲については、まず、社会保障制度の全体像を議論し、介護については、医療と合わせて給付の適正化を図った上で、最終的に真に必要な給付総額を明示し、第1号被保険者と第2号被保険者との負担のバランスやサービス利用者の自己負担割合なども考慮しながら、決定されるべきである。
また、労使折半である第2号保険料の更なる負担増は、企業の活力を削ぐのみならず、雇用コストの上昇を通じて企業の収益を大きく圧迫し、厳しい国際競争の中で生き残りをかけて頑張っているわが国企業の競争力低下を招くとともに、新規雇用や景気回復にも著しく悪影響を及ぼすことが懸念される。
 
(3)障害者支援費制度との統合は反対
 障害者支援費制度の重要性については認識しているが、未だ施行後1年しか経過しておらず、十分な財政検証などが行われていない。支援費制度については、まず、財政検証、給付内容の適正化、制度の効率化、マネジメント機能の強化などを行い、全額国庫負担である財源についても、歳出削減等の徹底した行財政改革により捻出し、制度内容の見直しを実施すべきである。
介護保険と支援費制度との統合については、社会保障制度全体の議論の中で両制度統合のメリットやデメリットなどについて議論し、支援費制度の見直しを実施した上で結論を得るべきである。こうした議論や見直しをせずに、両制度の統合を拙速に決めることには反対する。生活保護などで生活している自己負担能力のない障害者への対応や、介護保険制度との統合で利用限度額が決められたことにより、最低限必要なサービスが受けられない障害者への対応など、統合に向けて検討すべき課題は山積している。
 
(4)サービス間の公平性の確保と利用者負担の見直し
 利用者負担については、サービス間の公平性の確保と併せて見直すべきである。在宅と施設サービスの公平性を確保するため、施設利用者の居住性や低所得者への対応に配慮しながら、全ての介護保険施設において施設入所者はホテルコスト(給食費など)を負担すべきである。
また、医療制度との整合性や低所得者への対応を配慮しつつ、要介護度に伴う自己負担割合の見直しも併せて検討すべきである。
 
4.保険者機能の強化
 保険者機能の強化の観点から保険者規模(現行は市町村単位)を見直すべきとの意見があるが、利用者の多様なニーズに対応するためにも、保険者は利用者に密着した現行の市町村単位のままが望ましい。
介護リスクの高い小規模な保険者については、市町村合併や医療制度の保険者の再編の動向などを踏まえながら、周辺市町村との広域連合などの広域化を図ることで運営の安定化を図るべきである。
市町村の保険者機能を強化するため、都道府県のサービス事業者の指定や取消し等の権限は基本的に市町村に移譲すべきである。但し、適切な事業者の監督のためにも、都道府県の意見も反映できる仕組みは残す必要がある。なお保険者である市町村は、域内におけるあらゆるサービス事業者(公営・民業も含む)のサービスの質の競争を促進するよう公正な立場で施策を講ずるべきである。
 
5.サービスの質について
(1)第3者評価システム等によるサービスの質の維持・向上
 利用者がニーズに合ったサービスを自由に選択できるよう、サービスの情報を積極的に提供するとともに、サービスの適切な評価について、独立性・中立性を保持し得る主体(NPO法人、民間評価機関等)による第3者評価システムを整備し、サービスの質の維持・向上を図るべきである。
特に、介護予防・リハビリテーションの観点から、要介護度を改善させた実績を評価する仕組みや、事業者と利用者双方による適正なサービスの選択及び利用が行われているかを公正に監査できる仕組みが必要である。また、サービス内容に問題のある事業者のチェックや苦情や事故情報を集める仕組みも早期に整備する必要がある。
 
(2)介護従事者の資質向上と独立性の確保
 高齢者は個人のニーズが多様化しているだけでなく、身体状態や痴呆の度合も個人差が大きい。利用者や家族が求めているのは、身体介護に関する技能や知識だけでなく、痴呆や心のケア等を含めたサービスである。立ち遅れている心のケアについては、例えば、豪州のダイバージョナル・セラピー(気晴らし療法)のような能力も介護従事者には必要ではないか。
また、ケアマネージャーには利用者が自立可能な状態復帰を目標とするプラン作成能力が求められるので、心身の状態やニーズに沿った真に必要なサービスを取捨選択できる専門的知識や管理能力と適正なケアプランの作成能力について一定のレベルを維持することが必要である。介護に従事する者の能力や質を一定に維持するためには、資格内容や試験制度の見直し、更新手続きの厳格化など総合的な取り組みが求められる。併せて、事業者が自主的に行う教育や研修などの取り組みについて、行政は積極的に支援していくことが望まれる。
現在、殆どのケアマネージャーはサービス事業者に所属しており、ケアプラン作成者とサービス提供者が重複しているため、過剰な介護サービスが提供されているという指摘がある。サービス提供者と利用者間において透明性をいかに保つかという点は制度の適正化を図る上で極めて重要である。今後、報酬の見直しを行うなどケアマネージャーが独立性をもって業務を遂行できる環境を整備すべきである。
 
(3)地域全体での痴呆ケアシステムの構築
 痴呆性高齢者の急増が今後も見込まれる中、痴呆に対する有効なケアに関する研究は未だ十分ではなく、介護の現場でも痴呆者への対応は試行錯誤の状態にある。要介護者のおよそ半数には痴呆の症状が見受けられ、地域全体で介護者や家族を支える体制を整えることが喫緊の課題となっている。従って、痴呆ケア及び認定方法に関する研究を重点的に行う一方で、①在宅介護を支援するセンター機能の整備、②切れ目のない小規模・多機能サービス(継続介護)の充実、③医療を含めた地域全体での痴呆ケアシステムの構築が必要である。
また、痴呆には早期発見が効果的であることから、①地域における痴呆に対する正しい認識の普及に向けた取組みや支援ネットワーク作りの推進、②研究機関が有する痴呆ケアに対するスキルや情報を事業者・市町村・都道府県・研究機関間が共有できるシステムを構築する必要がある。
 
(4)介護・医療サービスの連携強化と一体的な提供の充実
 高齢者の多くは少なからず疾病を有していることから、介護に当たっては医療ケアとの連携も重要である。特に在宅介護の場合は、地域医療の中心であるかかりつけ医との連携が欠かせず、重度化した場合でも早急に対応できるよう環境を整備していく必要がある。
 
(5)民間活力及び市場機能の有効活用
 PFI方式によるケアハウス建設への株式会社参入など一部において規制緩和が進んできているものの、特別養護老人ホーム運営への株式会社参入が特区に限定されるなど、未だ介護分野における規制緩和が十分とは言い難い。民間にできることは民間に任せる方針の下、規制緩和や民間参入支援策を積極的に導入・推進することにより、安価で良質かつ多様なサービスの円滑な提供を図るべきである。

以上
【本件担当・問い合わせ先】

東京商工会議所