販路開拓のポイント
- ● アヌーガやシアルといった海外の食品展示商談会に、共同出展ブースの一角を借りて積極的に出展
- ● 他社と差別化を図るため、「日本の寿司職人に支持されるハイエンドクラスの酢」というブランディングを実践
- ● 英語が話せる社員がいなくとも、社員の前向きな性格で乗り越え取引を拡大
本社: 〒136-0082 東京都江東区新木場4-2-17
代表者名: 代表取締役社長 横井 太郎 氏
創業: 1937年
資本金: 1,000万円
従業員数: 50名
事業内容: 食酢等調味料の製造及び販売
販路開拓のポイント
──創業87年と歴史のあるお酢のメーカーですが、もともとは木材商を営んでいたとか。
横井社長 明治から続く木場の木材商でしたが、私の祖父に当たる創業者が「相場の激しい木材商でなく、もっと安定した商売をしたい」と、一念発起して1937年にお酢屋を始めました。ちょうど1935年に日本橋から築地に市場が移転し、その周りに寿司屋がたくさんできたので、「寿司といえばお酢だろう」と……短絡的ですが(笑)。
味にとてもこだわりのある江戸の寿司職人にダメ出しを受けながら、10年かけてようやく寿司職人が好む酢をつくり上げた、と聞いています。祖父の苦労があって、87年経ったいまも売上の半分以上は寿司店とのお付き合いによるものです。
──特に看板商品である「ヨコ井の赤酢」は、多くの寿司店に支持されています。
横井社長 うちの赤酢は長期熟成させた酒粕を原料として、紹興酒のような濃潤な味と香りが特徴ですが、15〜6年前は「味に個性がありすぎる」と、ほとんどの飲食店から敬遠されていました。
でも、他店との差別化を図ろうとする高級寿司店が目を付けてくれて、だんだん取引が増えていきました。「有名レストランガイド」には約30店舗の寿司店が掲載されていますが、その多くのお店で当社の赤酢を使っているのですよ。
──その「ヨコ井の赤酢」ですが、海外展開にも力を入れているそうですね?
横井社長 11年ほど前に日本の貿易商社から「一緒に海外の販路を開拓しませんか?」と話をもらったのを機に、海外展開を考え始めました。その後、アメリカに行くと、当社の商品が現地のスーパーで驚くほど安く売られている。海外では大手メーカーの酢が世界標準として圧倒的な認知度とシェアを誇ることもあり、価格競争に巻き込まれてしまっていたのです。さらに、私も把握していない問屋にも販売ルートが分散されていました。加えて、実際に現地のレストランで寿司を食べてみると、これがおいしくない。
そこで、「自社商品の価値の確保」「販売ルートの一本化」。そして何より「日本の寿司のおいしさを知ってもらうためにも、当社の赤酢を現地の寿司店のオーナーや職人に直接伝えよう」と思ったのが、海外展開の大きな動機です。
海外で「ヨコ井の赤酢」の価値を知って選んでもらうには、商社任せにせず現地のシェフやオーナーに直接伝え、また彼らの意見を商品に反映させる必要があると考え、現地の食品展示商談会に積極的に出展しました。当社のような中小企業は単独でブースを出しても相手にされないので、日本貿易振興機構(ジェトロ)の日本企業の共同出展ブースの一角を借りました。日本産のメーカーが集まったブースは、海外のバイヤーにとっては魅了的でたくさんの人が訪れるのです。
──海外で販路を広めるために、展示会で工夫したことは何ですか?
横井社長 展示会では、大手メーカーの酢との差別化を図るため、「日本の寿司職人に支持されるハイエンドクラスの酢」というブランディングを意識しました。試食用の食器も最初はプラスチックの物を使っていましたが、ハイエンドクラス向けに見せ方を工夫し、ステンレス製の高級な食器に変えました。
販売方法も、当初は「ボリュームを取りたい、売上をあげたい」とロットを確保するためにコンテナ単位(約800本)で販売をしましたが、そうすると何が起こるかというと大手メーカーと戦うフィールドが同じになって価格競争になってしまったのです。そこで、あえて高級感を出すために「1本からでも販売します」という販売戦略に変えました。
すると、特徴のある酢を探している海外のディストリビューター(卸業者)の目に留まるようになり、ねらいどおりハイエンドクラスのレストランから注文が入るようになりました。そこから当社の赤酢の評判が広まり、徐々にミドルアッパー層へと販路が広がっていったのです。海外展開に乗り出した10年前は海外での売上構成比が全体の5%程度でしたが、今は約13%まで伸びています。
──海外で商品を売っていくにあたって、英語が話せる人材はいたのですか?
横井社長 営業は、現在も誰一人英語が話せません(笑)。もともといた6人の営業社員全員に海外も担当してもらうことにして、担当を均等に割り当てました。皆、英語は喋れませんが、何事にも前向きな性格で、コミュニケーションをとりながら海外との取引を広げてくれました。英語ができなくても何とかなるものですね。
といってもやはり言語の壁はあるため、海外展開をしてから3年後に、大学で英語を勉強した人材を新卒採用しました。でも、当社は国内での売上が圧倒的に高いので、その社員は総務部に配属して、総務の仕事をしながら展示会があるときは一緒に同行させる、という兼任の体制にしています。
──海外展開に新たな販路を見出したことで、社内にどのような変化が起きましたか?
横井社長 社員が売り方を自ら工夫してくれるようになりました。海外では「おいしい」だけでは取引に結びつきにくく、「なぜ、ヨコ井の赤酢を使うのか」の理由をしっかり腹落ちしてもらう必要があると感じました。そこで、当社の赤酢を使うことの価値を一連のストーリーをつくって見せることにしたのです。展示会では赤酢の原料となる酒粕のサンプルを持参します。新物、1年熟成、長期熟成させたサンプルを並べて色の変化を見せ、個々の匂いを嗅いでもらうと、明らかに香りが変わって「5年も寝かせるからうまみが出るのか」「5年寝かせるのは大変だ、だから付加価値が高いのか」と理解してもらえます。
興味を持った商談相手には、日本に招待して当社の製造現場を見学してもらっています。製造工程を実際に見て、香りや音などを体感すると、さらに感動体験となり、商談につながるのです。そのような相手の五感に訴えるような売り方は、社員が自ら考案してくれました。この販売手法は、日本国内のビジネスだけやっていても得られなかったでしょう。
──商品開発でも、海外に目を向けているそうですね?
横井社長 6、7年ほど前からインバウンド需要が高まりムスリム圏の外国人観光客が増えてきたことに着目し、アルコールを使用しないハラル認証のみりん風調味料を開発しました。これがヒットして、日本料理店はもとより、航空会社に機内食を提供するメーカーからも多くの注文をいただきました。ハラル認証のお酢も開発し、最近ではマレーシアなどに輸出しています。
──老舗企業ながらさまざまな取り組みにチャレンジしていますが、今後のビジョンもお聞かせください。
横井社長 創業100周年の節目を迎える2036年までの目標として、「酢業界で5位」「海外売上構成比50%」「酢以外の商品構成比50%」の「トリプル5」を掲げています。いずれも当社にとっては高い目標ですが、海外比率は約13%まで伸びており、着実に目標に近づいています。
酢以外の商品開発は、中小企業仲間の食品メーカーとコラボし、当社の酢を使ったタレやソースのプライベートブランドづくりに取り組んでいます。構成比は現状で2%程度なので、もっと注力する必要がありますね。
ターゲットを見定めたブランディング
支援機関を活用した海外展開
バイヤー提案時の見せ方の工夫