東京商工会議所

世界初!「紙」でできたバッグはコラボレーションで生まれた

鞄・袋物などの製造
有限会社メニサイド

代表取締役 中里 貴子(なかざと たかこ)氏

メニサイドのイノベーションの特徴

○紙布作家との出会い、そして多くの企業とのコラボレーションで、サステナブルに寄与した製品を開発し、自社ブランドとして展開
○振興公社の支援事業、ものづくり補助金など公的施策を活用

鞄のサンプル製作やOEM生産だけでは、売上が頭打ちに。中里社長が活路を求めたのは「自社ブランド」だった。さまざまな企業との外部連携で、和紙を原料とした「紙布」製のバッグを生み出した経緯と、海外に打って出たブランド戦略のねらいとは。


紙布との運命的な出会いは「大病」がきっかけ

――鞄のサンプル会社として、ご創業したとうかがいましたが?

中里社長 はい、当社は鞄のサンプル製作とOEM生産を主業としています。サンプルとは、ブランドやメーカーが考案した鞄のデザインを、商品化の前段階で試作するものです。このサンプルがあって、初めて各ブランドは鞄の大量生産に踏み切ることができるわけです。
 なかには特殊なサンプルの依頼もあります。例えば、地雷の爆発にも耐えられる素材の無線機ケース、潜水用のBC(Buoyancy Compensator:浮力調整装置)の一部分など……基本的にはきた仕事は断らずに引き受けてきたので、「サンプルといえばメニサイド」と業界の方々からご依頼をいただけるようになりました。


サンプル製作に強みを持つ御社が、なぜ自社ブランドを立ち上げたのでしょうか?

中里社長 製品の受注額は、基本的にクライアントの販売価格に左右されます。その金額が、自分たちの労力に見合っていないことも少なくありません。価格の底上げをするためにも、自社ブランドによる高価格帯の商品開発の必要性を感じ、2013年頃から取り組み始めていました。
 しかしその矢先の2014年、私が癌の宣告を受けたのです。その後転移も確認され失意の中、身辺整理と、治療の為の長期の療養を余儀なくされてしまったのです。

 その渦中に、思いもよらない大きな出会いがありました。荷物の整理をしながらテレビを眺めていると、そこに紙布作家の桜井貞子先生の特集が流れたのです。昔ながらの手作業で紙布をつくり、40年以上にわたって普及活動をされている。その姿を見て「紙の布というものを一度この目で見てみたい」と直感しました。間もなくして桜井先生が作品展を開催すると聞き茨城の会場まで駆けつけ、先生にお会いするなり「お宅に行って紙布を見せてください」と図々しくお願いしてしまいました。ただ、その時点では紙布を自社ブランドにどう活用するかは全く考えてはいませんでした。

日本の伝統工芸である和紙からなる『紙布』でつくった製品の数々。
右下の鞄は、2021年『世界発信コンペティション』の「東京都ベンチャー技術特別賞」「女性活躍推進知事特別賞」を受賞している。

プロフェッショナルの総力で生まれた紙布製のバッグ

――大病というピンチのなかで、紙布との運命的な出合いがあったのですね。そこからどのように商品化を進めたのでしょうか?

中里社長 紙布は伝統工芸品でそもそも大量生産には不向き。本当に商品化できるのか悩みましたが、「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」を活用できると知って「とにかくつくってみよう」と動き出しました。
 この時の私の心情は、不思議なことに新規事業である紙布製の商品化を成功させることで頭がいっぱいになり、癌との闘いは小さなプロセスのひとつとなっていたのです。
 紙布の元となる糸は、美濃和紙の糸を使った靴下などをつくっている愛知県のメーカー「丸安ニット」に相談しました。ただ、靴下用の糸では強度が足りないので、複数の糸を撚り合わせた鞄用の糸を岐阜県の撚糸工場である「カワボウ繊維」も加わって開発に協力してもらいました。
 糸の次は布づくり。帆布の一大産地である滋賀県高島市の会社に依頼し、紙布の帆布を織ってもらいました。ショルダーベルトに用いる強度の高い帆布は、デニムで有名な岡山県倉敷市児島の会社が手がけてくれました。
 さらに、鞄作りには複数の糸を組み上げた「組紐」も必要になります。しかし、小ロットの生産に対応できる事業者がいない。困って東京都立産業技術研究センターに相談してみたところ、江戸川区に「江戸組紐」を作り続ける当時89才の伝統工芸士の方を紹介いただきました。そして、協力頂いたことで、生産してもらうことができました。


――さまざまなプロフェッショナルの力を結集して、紙布製の鞄が生まれたのですね?

中里社長 「Shifuあだちや」という自社ブランドを立ち上げ、トートバッグなど定番のバッグを展示会などに出展してみました。でも、ブースを見に来た人は一様に「素晴らしい鞄ですね」と言ってはくれるものの、そのまま立ち去ってしまう。見た目は普通のバッグと変わらずに値段だけ高いため、全く売れなかったのです。
 転機となったのは、インダストリアルデザイナーの島村卓実さんとの出会いです。展示会をきっかけに紙布製のバッグを見て「すぐ海外に持っていったほうがいい」と。そして、島村さん自身にデザインしてもらった「KAMIHITOE」というバッグブランドを立ち上げました。 2019年、2020年にフランス・パリで開催される世界最高峰のデザイン見本市「メゾン・エ・オブジェ・パリ」に出展すると、ニューヨーク近代美術館、ザ・コンランショップ、ルーブル美術館などのバイヤーが次々とブースを訪れました。海外のバイヤーたちはサステナブルという文脈で新たな素材を探していて、紙布製のバッグに注目してくれたのです。



実績と経験を積んだものづくりのプロが、ひとつひとつこだわりを持ちつくっている


自社ブランドを支えた、サンプル・OEMを通じた企業とのつながり

――海外で受け入れてもらってから、日本で販売する“逆輸入”戦略が奏功したのですね?

中里社長 ところが、パリから帰国後、すぐに世界中がコロナ禍になり、これからというときに再び苦しい状況に陥りました。多くの在庫を抱えなければならず、つらかったですね。 コロナも落ち着きを見せはじめた2021年末頃から再び海外展開(足立区支援事業ADACHITAIDE)にチャレンジしています。シンガポール国立博物館内のミュージアムショップ「Supermama」でのポップアップショップでの出品、2022年10月からは越境ECサイトを通じて、北米、シンガポール、台湾などに出店しています。
 また、多くの企業とのコラボレーションも展開しています。BEAMS JAPAN、松久永助紙店とコラボしたトートバッグが特に人気を集めています。ビーチサンダル製造のTSUKUMOとは紙布製のビーチサンダルを開発。クラウドファンディングで目標金額をクリアすることができました。 ここは長年のサンプル製作やOEM生産を通じて、多くの企業とのつながりや、しっかりした製品を提供してきた信頼が生きていると実感しました。 全体の売上の中では、自社ブランドの割合はまだ10%も満たないですが、もっと伸ばしていきたいですね。

――BtoCの自社ブランドを展開する上では、これまでのOEMと異なる難しさがあると思います。広告宣伝コストもかかりますね。

中里社長 もちろんコストはかかりますが、ありがたいことに自社だけでなく、コラボした各企業も情報発信に協力してくれます。

――最後に、イノベーションを起こす上で、最も大切にしていることは何ですか。

中里社長 「足を止めない」ことでしょうか。初めから明確なゴールが見えていたわけではなくて、「紙布という文化を広めたい」「生き残るために自社ブランドを立ち上げたい」という想いで走り続けて、いつの間にか遠くまでたどり着いていました。目の前の課題に取り組み続けることで今がある、と実感しています。



職人としてメニサイドを支える中里史朗専務(左)と。



有限会社メニサイド

■本社: 〒121-0062 東京都足立区南花畑4-27-8第23アライビル1F

■設立: 2001年4月

■資本金: 300万円

■従業員数: 4名

■事業内容: 鞄、袋物、ケースなどの製造・販売

■企業HP: https://www.sifuadachiya.com/

提言内容の解説

Ⅰ-4 持続的な収益につなげるためのブランディング戦略の重要性 Ⅰ-7 事業再構築補助金など支援施策の有効活用を通じた新規事業のリスク軽減
 革新的なイノベーションによって確立した製品、サービスアイデアを持続的な成果につなげるための差別化戦略も重要である。
 メニサイドでは、下請けからの脱却を目指し、「紙布」で作った自社オリジナル製品を開発した。開発にあたっては、ものづくり補助金の活用など公的施策を活用することで、自社のリスクを軽減させた。

Ⅱ-2 競争領域に経営資源を投入し、非競争領域では外部との連携を
 経営資源が限られる中小企業・小規模事業者がイノベーション活動に取り組む際、自社の強みである「競争領域」に経営資源を集中させ、競争力を有さない「非競争領域(協調領域)」では、他社・他機関との連携を通じ、効率よくイノベーション活動に取り組むことが重要である。
 メニサイドでは、「紙布」を用いた鞄の製作にあたって、多くの外部事業者と連携することで製品開発に成功している。課題解決に向け、試行錯誤することも重要であるが、他社・他機関と連携、または外部の技術・サービスを活用し、効率よくイノベーション活動に取り組む必要がある。