東京商工会議所

従来の3分の1の価格で導入を実現!「ロボットが当たり前」の未来を目指して

情報通信業
株式会社チトセロボティクス

代表取締役社長 
西田亮介(にしだ りょうすけ)氏

チトセロボティクスのイノベーションの特徴

○受託によるロボット導入事業から、産業用ロボットアームの制御ソフトを開発販売する事業に転換
○新しいロボット制御ソフト事業に挑戦するため、18カ月の間、研究開発に特化

人手不足を解消するはずのロボットを動かすのに、たくさんの人手が必要? ロボットの価格、9割以上が人件費? そんなロボット業界の“常識”を覆すロボット制御技術を開発し、業界に変革を起こしたチトセロボティクス。しかし、真のイノベーションは、未来のロボット普及を見据えたビジネスモデルの転換にあった。


ロボット制御の“常識”を覆す特許技術

――大学発のロボットベンチャーだと伺いましたが?

西田社長 当社は、私が大学時代に研究していたロボット技術をもとに、2018年に創業しました。
 現在、開発しているのはロボットそのものではなく、産業用のロボットアームを動かすための制御ソフトウェアです。主に食品、物流、組立という三つの領域で使われているロボットで、食品は食品製造や食器洗浄、物流は仕分けや梱包の作業、組み立ては文字通り部品の組み立てですね。
 制御ソフト開発の要となるのは「リアルタイムビジュアルフィードバック制御(以下「RVF制御」)」というチトセロボティクス独自のロボット制御技術。従来のロボットアームは、アームの関節の角度や長さから三角関数を組み合わせて、対象物を掴んだり置いたりする位置や姿勢を制御していました。そこで何が問題になるのか。簡単に言うと、たとえばロボットの位置が1度ずれるだけで手先は2センチもずれてしまって目標物を掴めなくなる、といったことが起こるのです。


応接室にあるデモ用のアームロボット

―――位置や角度が少しずれるだけで、ロボットアームはモノが取れなくなってしまう?

西田社長 そうです。このずれをなくすためにティーチングやキャリブレーションといった調整作業があって、ロボット1台ごとにエンジニアが細かいプログラミング作業を行ったり、水平器で位置を確認したり、ネジを締め直したり……。ロボットを正確に稼働させるには、この多くのエンジニアの作業工数が必要だからロボットの価格は高いのです。仮に3,000万円のロボットアームがあるとしたら、本体の価格は160万円ほどで、残りの9割以上は、実は調整作業のための人件費が占めています。
 ロボット技術は、そもそも労働力不足を補うために必要とされているはず。それなのに、膨大な人手とお金をかけて調整を必要とする状況となっていることに矛盾を感じたのが、RVF技術を開発したきっかけです。
 これまでのロボットの位置を起点とした制御技術と異なり、RVF制御はロボットの手先位置と対象物の相対的な誤差のみにもとづく制御技術です。つまり、アームの長さや関節の角度を意識しなくても対象物を掴めるようになります。
 このRVF制御を実現した結果、面倒な調整作業を大幅に減らすだけでなく、精度0.02ミリまでの制御が可能となり、縫い針に糸を通す、柔らかいハンカチをつまむといった高い精度の動作も実現できるようになったのです。
 RVF制御を中心に、当社では従来のロボット制御技術に該当しない制御技術はほぼ網羅していると言えるほどの特許を取得しています。この広範な特許が、当社のビジネスの基盤になっています。

本当に使えるロボット技術を目指して。全社員で開発に取り組む

――従来のロボット制御技術を抜本的に変えた、画期的なイノベーションですね?

西田社長 創業した当初は、このRVF制御技術を搭載した自社ロボットを製造・販売していました。おかげさまで多くの企業に導入いただき、利益率も高いので、経営を一気に軌道に乗せることができました。
 その一方で、「ロボット業界に貢献できているのだろうか?」「業界に何か残せるのか?」と考えると疑問が残りました。そこで「ロボットがもっと広く使われる世の中にしたい」と思ったのです。ではこれを実現するにはどうすればいいのか?
 ロボットが普及するためには、チトセロボティクスがロボットを提供するのではなく、ロボット業界を支えているロボットの設置や制御を行うシステムインテグレータ(以下、SIer)に私たちのRVF制御をもっと使ってもらうほうが効果的だ。そのためのパッケージが必要だ、と考えました。
 エアコンを想像するとわかりやすのですが、エアコンはメーカーの他に取付業者がいることで各家庭に普及しています。それと同じで、ロボット業界には開発する研究機関やメーカーだけでなく、実際の取付業者となるSIer がいます。そのSIerに使ってもらえるパーツをつくって、さらにSIerが儲からないとロボット業界は盛り上がらないと考えました。
 そこで開発したのが、RVF制御をロボットに実装するためのプログラミングソフトウェア「crewbo Studio(クルーボスタジオ)」。制御コンピュータやカメラなどの機能がパッケージになっており、既存のロボットアームにLANケーブルで取り付けるだけでRVF制御をすぐに使えるというものです。


――商品を「ハード」から「ソフト」へ、販売先も「エンドユーザー」から「SIer」に変えるという、大きなビジネスモデルの転換ですが、開発はとても苦労されたのでは?

西田社長 開発するからには「これなら人間よりロボットのほうが良い」と誰もが思うような、インパクトのあるソフトウェアを生み出したいと、社員みんなが集まり、専門書を読み漁るところから着手しました。ロボットの動作や制御技術を一から見直そうと考えたのです。 
  開発にあたっては、ものづくり補助金や事業再構築、NEDOの補助金、明日にチャレンジ中小企業基盤強化事業助成金など、さまざまな補助金を受けられたおかげで成果に結びつけることができました。


ロボットの未来を見据え、業界の「スタンダード」を創る

――新たなソフトウェアを開発するというのは、大きな決断でしたね。商品の販売後、売上はすぐに立ちましたか?

西田社長 長い開発期間を経て、crewbo Studioをリリースしたのが2022年1月。
 以前に別のサービスをサブスクリプションで販売してみたところ、IT化やDXが進んでいない業界も多く、なかなか受け入れられなかったので、サブスクリプションではなく売り切り型にしました。しかも、ロボットを普及させるためには小規模の会社に使ってもらうことが大切でしたから、高すぎてはいけないとの思いがあり、価格は100万円を切る90万円で提供すると決めました。
 結果として、売上は非常に好調です。価格はもとより、既存のロボットとLANケーブル1本でつなぐだけでよく、さらに、パソコン1台置けばいいので場所にも困らない、という分かりやすさが支持されているようです。
 また、従来の調整作業に要する人件費が大幅に削減できるので、ロボットを一から導入する場合も、従来の3,000万円から約3分の1の900万円での導入が可能になりました。SIer各社にとっても、調整のための人件費が抑えられるので、従来に比べて高い利益率を確保できているようです。

――まさに御社はロボット業界の未来を担う会社だと思います。今後はどのような展望をお持ちですか?

西田社長 日本の労働力人口は、2060年にはいまから2200万人以上減少するといわれています。労働力を維持するためには、1台でも多くのロボットを社会に普及させなくてはいけない。とにかく必要なのは「台数」です。
 そのためにも、高精度のロボットを、SIerやエンドユーザーの皆様が使いやすい価格と仕組みで提供し続けていきたい。また、ロボットを気軽に使ってもらえるような、業界の「スタンダード」を創りたいですね。



創業メンバーの立花京取締役と本社前で

株式会社チトセロボティクス

■本社: 〒112-0003 東京都文京区春日2-19-1

■設立: 2018年3月

■資本金: 900万円

■従業員数: 17名

■事業内容: ロボット運営プラットフォームの企画・開発・販売

■企業HP: https://chitose-robotics.com/

提言内容の解説

Ⅰ-1 未来の社会構造、自社のありたい姿を見据えた「未来志向」の重要性 Ⅰ-2 イノベーション創出に向けた経営者の強い意志の重要性 Ⅰ-7 事業再構築補助金など支援施策の有効活用を通じた新規事業のリスク軽減
 時代の変化に対応し、イノベーションを創出していくためには、業界を取り巻く動向や、次の 10 年、20 年といった未来の社会構造やニーズを意識し、自社の強みや経営資源が適合可能なマーケットを「探索」する「未来志向」の考え方が求められている。また、革新的なイノベーションは、実現に向けた多くのハードルや、長い期間を要するケースが存在する。これらを乗り越え、 成果創出に結びつけるためには、経営者の「強い意志」が必要不可欠である。
 チトセロボティクスでは、未来のロボット普及を見据え、ビジネスモデルの転換に挑戦。各種補助金を活用しながら、全社員でゼロから開発に取り組み、従来のロボット制御技術を抜本的に変えた、画期的なイノベーションを実現した。

Ⅱ-5 知財保護に向けた中小企業がとるべき知的財産戦略の構築
中小企業・小規模事業者は自らの競争力の源泉である知財を意識し、何を守り、何を供与するか、いわゆる「オープン・クローズ戦略」を実践するべきである。 チトセロボティクスでは、自社で開発したロボット制御技術を中心に、広範囲にわたって特許を取得しており、ビジネスの基盤となっている。

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