○引っ越しでも、運送でもない、運転手付きレンタルトラックサービスを生み出し、下請けからの脱却に成功
○WEBマーケティングやメディアに露出し、自社ブランドを確立。サービスの模倣防止にもつなげる
大手物流会社の下請け業社として創業したハーツ。現在は、独自のサービス「レントラ便」を生み出し100%BtoCに事業転換している。なぜ、大手の下請けからBtoCを目指したのか。また、新サービスは認知度がない上に、一度知れ渡ると類似サービスが増える恐れもあった。そうした中で生き残りのために山口社長が行ったこととは。
引っ越しから展示会・イベントの輸送まで対応している
――引っ越し、宅配便に次ぐ「第三の運送サービス」と呼ばれているレントラ便をスタートしたきっかけは何だったのでしょうか。
山口社長 端的に言うと、経営危機です。1995年に運送会社を創業、程なく大口の取引先と契約して経営が安定しました。しかし、2001年にその取引先と契約が解消になり、売り上げの8割を失う事態に陥ったのです。まさに倒産の危機でした。
そして、どうせ倒れるなら前向きに倒れようと、車両を増やし、それまでの軽貨物から一般貨物自動車運送事業に乗り出しました。さらに、産業廃棄物収集運搬業の許可をとり、配達からゴミの回収まで請け負う体制を整えました。
しかし、これらの仕事は価格競争が激しく安定しません。そこで、大手企業に依存しないで安定した経営をするためには、取引先の数を増やすことだと考えてB to Cへの事業転換を考えました。そうして、まず始めたのが引っ越し業です。
しかし、引っ越しは季節によってニーズにばらつきがある上、競合が多く飽和状態で価格競争が避けられません。さらに会社には車両を増やした際の借入もあり、すぐにでも独自のサービスを生み出して現状を打破しなければならない状態でした。
このような試行錯誤を5年ほど続けていたときに、ある大学から「鳥人間コンテストの練習のため、飛行機をキャンパスから河原まで運んでほしい」といった依頼が不定期に入ってきたのです。
――非常にニッチな依頼ですね。
山口社長 大手と比べてハーツはくだけた感じのホームページだったから頼みやすかったというのですが、こういったユーザーのニーズに合致したサービスにチャンスがあると思いました。そして、「なぜ彼らが当社に頼むのか」という問いに仮説を立て、さまざまな視点から考えました。
飛行機の運搬を頼めるサービスが少ない。宅配便では運べないし、引っ越しとも違います。ユーザーから見ると、運送業は料金体系が不明瞭で基準がなく、各社で大きな違いがある。ユーザーは大学生ですからレンタカーで大型トラックを借りたとしても、免許や経験がなくて運転できないはず。
しばらくこうして掘り下げていると、東京商工会議所の会報誌にあった「時間制サービス」の記事が目に留まったのです。そこで、時間で料金を明確にした運転手付きのレンタルトラックというアイデアを思いつきました。荷物の大きさや量にかかわらず、「時間制」にすれば料金体系も明瞭にできます。
――日頃から新サービスについてアンテナを張っていたことで、点と点がつながったわけですね。
山口社長 アイデアはいきなり思いつくものではありません。運送業から引っ越し業という新しいジャンルに飛び込んだことで大学から依頼があった。立ち位置を変えたことで、いままでなかったことが起こり、その変化に気づいてレントラ便を思いついた。まず動くことですよね。
引っ越しから展示会・イベントの輸送まで対応している
――レントラ便を思いついたときに勝算はありましたか。
山口社長 正直、全くありませんでした。新しいビジネスなので、ニーズがどれだけあるかわかりません。また、特別な技術がいるような仕組みではないので、模倣されたら終わりという危機感も常に頭にありました。
そこで、レントラ便のホームページを立ち上げて営業をスタートする際に、商標登録を出願して、模倣に対する防波堤を築いたのです。実際、マスコミで取り上げられるようになったあとに、同様のサービスが複数出てきました。
――ホームページの反応はいかがでしたか。
山口社長 2006年8月にホームページを立ち上げたときはひと月6件だった依頼が、2カ月目には24件になりました。ここで初めて、このサービスはいけるという確信を持つことができました。
スタート当初から、私も受注現場に毎回行って、お客さまの声を聞いてサービスに生かしました。お客さまとの会話の中で、「こういうサービスを待っていたんですよ」と言われたときは嬉しかったですね。このサービスと心中しよう! と覚悟が決まりました。
お客さまの声は、宝の山。すぐサービスに反映できるのも、中小企業の優れたところだ。
――その後、レントラ便をどのように育てたのでしょうか。
山口社長 まずは認知度アップです。いくら良いサービスでも、知られていないと使われません。経営が厳しい状態は続いていたので、リスティング広告などwebマーケティングは自力で行いました。例えば、毎日3,000ぐらいのキーワードをチェックして、リスティング広告の入札を行ったり、ホームページを毎日2、3ページ更新してキーワードを入れたり。サービスをスタートしてから3年ほどは、会社に泊まり込む毎日でした。
また、メディアに取り上げられるためにプレスリリースを活用しました。メディアの目に留まる企画を常に考えていましたし、取材に来た人とは名刺交換をして、直接その人にリリースを送ることで、より取り上げられやすくなります。
お客さまの声をもとにしたサービスのアップデートも継続しています。当初、レンタルの時間は4時間か8時間の2択でしたが、1時間単位、30分単位で設定できるようにしました。スタッフは荷物に触らない代わりに2割ほど安いプランもスタート。決済方法も現金から振り込み、カードと広げました。
――ブランド化を図ったわけですね。
山口社長 はい。ブランド化していないと価格競争に巻き込まれてしまいます。自社ブランドを確立することで、繁忙期と閑散期で価格を変えたり、決済手段を決めたり、自由度が増しました。
収入が増えれば、社員へ還元できます。基本給のベースアップだけでなく、安全運転やお客さまにアンケートに答えてもらったことに対してインセンティブを設け、社員の給料のアップもできました。
社員の意識も大きく変わりました。下請けとして業務を請け負っていた頃、社員は元請けの制服を着て元請けのオフィスへ直行。当社のオフィスに来ることもなかったので、愛社精神を育むのが難しかった。しかし、いまは社員が当社の一員として自信をもってサービスを提供しています。これも、ブランド化の大きなメリットです。
――最後に今後の展望をお聞かせください。
山口社長 世間のトレンドは目まぐるしく変化しており、引き続きサービスのアップデートを続けていきます。
また、伝票の自動入力などIT化も進めています。顧客データのマーケティングへの反映や配車の最適化、AI の自動翻訳により日本にいる外国人への訴求なども考えています。
全国の同じ志を持った方との業務提携も進めています。コロナ禍で一旦ストップしましたが、今後、政令指定都市でレントラ便を利用できるよう進めていきます。
レントラ便をスタートしたときは経営危機だったので、2、3カ月で結果を得たいと思っていました。しかし、15年経ったいまでも進化の途中です。
それぐらい、イノベーションは時間がかかるものです。経営者が10年後にイノベーションで変わりたいと思っていても、その倍の時間がかかるかもしれないし、もしかしたら一生変われないかもしれません。イノベーションを実践するには、その覚悟が必要ではないでしょうか。
それと同時に経営者がいかに必死な思いで取り組めるかがポイントだと思います。私自身も、将来を考えると不安で不安で、今後もさらにイノベーションを創出しなければと必死に考えています。
経営者が何年も続ける覚悟を持って必死に挑戦し続ける。その結果、イノベーションが花開くのではないでしょうか。
■本社: 〒140-0013 東京都品川区南大井5-12-3
■設立: 1995年10月
■資本金: 1,300万円
■従業員数: 17名
■事業内容: レントラ便事業
■企業HP: https://rentora.com/
Ⅰ-2 イノベーション創出に向けた経営者の強い意志の重要性
既存の事業とは異なる発想や取り組みから生み出される革新的なイノベーションは、実現に向け多くのハードルや、長い期間を要するケースが存在する。
ハーツでは、大口取引先の契約解消により売上の8割を失うという倒産危機から、約5年の試行錯誤を経て、新サービスを開発した。サービス開始後も、マーケティング、他社の模倣対策など、さまざまな課題に直面するが、これらを乗り越え、成果創出に結びつけていくためには、経営者の「強い意志」が必要不可欠である。
Ⅰ-4 持続的な収益につなげるためのブランディング戦略の重要性
革新的なイノベーションによって確立した技術、サービスアイデアを持続的な成果につなげるため、差別化戦略が重要となる。新たなアイデアによって生み出された「新サービス」は、特許などの知的財産権によっても完全には守ることができず、模倣対策としてブランディング戦略に取り組み、持続的な優位性を確保することが重要である。
イノベーション創出に向けたポイントをまとめた『中小企業のイノベーション促進に向けた提言』は こちら