東京商工会議所

イノベーションで付加価値が3倍 
〝モノ売り〟から、〝コト売り〟へ

婦人靴の製造・販売
有限会社アクスト

代表取締役 
小野崎記子(おのざき のりこ)氏

アクストのイノベーションの特徴

大手アパレルブランドのOEM生産から脱却し、足や靴の悩みに対するコンサルティングと婦人靴のオーダーメイドをセットにした「くつ・あし・あるく研究所アンド・ステディ」を創設
着物スニーカー「Xesole(ザ・ソウル)」を、東京五輪のインバウンド需要を取り込むべく制作。コロナにより無観客となったことを受け、越境ECにて販売をスタート。国内外のメディアから注目されている。

婦人靴を製造・販売する「有限会社アクスト」。利益率の低いOEM生産が多い靴業界で、オーダーメイドサロンが人気を博し、高い利益率を確保。高付加価値を実現した新事業は、お客さまの「足の声」を聴き続けるなかで生まれた。


利益率の低いOEM依存から脱却し、女性視点のものづくりを決意

――創業の経緯から教えてください。

小野崎社長 アクストは創業20期目になりますが、その母体に1951年に創業した靴資材(ソール・ヒール・中底・中敷等)の製造、卸販売を手がける「株式会社オノザキ」があります。
 私の先代に当たる父が「靴資材だけでなく靴の製造まで手がけたい」との思いで職人を集め、2004年に新規事業として始めたのがアクストです。
 ところが、創業翌年の2005年、一期経たないうちに父が急逝してしまって、私が急きょ後を継ぐことになったのです。そのとき、勤めていた会社をすぐには辞められなかったため、3年ぐらいは2足のわらじでした。

――予期しない形での事業承継だったのですね?

小野崎社長 当然ながら靴業界のこともわからず、父からノウハウを継承することもなく社長になりました。
 入社して驚いたのが利益率の低さ。当時は、ワールドなど大手アパレルブランドのOEM生産が主要事業でした。前職は経営コンサルタントだったので粗利率はものすごく高い。対して靴のOEM生産は20%なかったので、それに衝撃を受けました。ですから、後継者になって、まず「OEMの比率を下げ、付加価値の高い商売をしなければ」というのが、率直な感想でしたね。
 さらに、靴業界を見渡すと、女性の社長は私だけ。パンプスやヒールを履いたことがないであろう男性の職人が婦人靴を作っている現状にも違和感を抱きました。靴メーカーのお客さまは、商品である靴を履く女性ではなくて、問屋なのです。つまり問屋に、商品が気にいられないと仕事が流れてこないというのが現状でした。
 だけど私は問屋ではなく、「実際に靴を履く女性にフォーカスしたものづくり」をしました。それが、今、生き残れているポイントの一つだと思います。



顧客の声から生まれた「コンサルティング+オーダーメイド」の新業態

――業界の「当たり前」に対する疑問から、新しい事業に取り組むことになったのですね?

小野崎社長 最初に、売上の多くを占めるOEM生産から脱却するため婦人靴の自社ブランドを立ち上げました。細身のデザインにこだわり、当初のサイズ展開はワイズ(横幅)が1種類のみ。すると、購入されたお客さまから「かかとが脱げる」などのクレームが数多く寄せられました。
 その声に耳を傾けながら「お客さまの足に合う靴とは何だろう?」と考えるなかで、自然と興味が「靴」から「足」へと移っていきました。そして、2010年に生まれたのが、足や靴の悩みに対するコンサルティングと靴のオーダーメイドをセットにした「くつ・あし・あるく研究所 アンド・ステディ」です。
 事前にヒアリングを行い、お客さまの来店時に足形を20カ所以上計測。しっかり「足」についてカウンセリングして、足の変化を予想しつつ、まずは今の足形にフィットしたオーダーメイドの靴を製作します。
 研究所ができたのは、私がアイデアを思いついたからではなく、お客さまの足に教えてもらった結果だと思っています。

――あまり前例がない事業ですが、集客はどのように行ったのですか?

小野崎社長 前職でウェブマーケティングを経験していたので、研究所の立ち上げ準備期間中にSEO対策で靴の悩みに関するコラム記事をたくさん公開していました。
 そのこともあり、「靴を売ります!アンド・ステディ始めます」とサイトで告知したら、3カ月分の予約がすぐ満席。今も記事は書き続けていて、合計800本くらいあります。広告費をかけずに集客につなげられています。

――実際に立ち上げてみて、どんな反応がありましたか?

小野崎社長 私自身もかつてそうでしたが、「自分に合う靴が欲しいけど相談する場所がない」と悩んでいる“靴ジプシー”の女性はとても多いのだ、と改めて実感しました。
 自分の足に合う靴を履いたことのない人は、なんとなく「ゆったりしたサイズのほうが足によい」と思い込んでいます。ですから、弊社でつくったオーダーメイドの靴を履くと最初は「こんなに小さいサイズでいいんですか?」という反応が多い。
 でも履いて歩いているうちに「こっちのほうが疲れないな」と実感してくるんです。事業を進めるなかで、これは靴という「モノ」を販売するというより、「自分に合った靴がわかる。足のむくみや疲れが取れる」という「体験(コト)」を売っているビジネスなんだ、と気づきました。これも、当初から構想があったわけではなく、お客さまの「足」に教えていただきました。

――大学と共同研究も進めていると伺いましたが、その狙いは?

小野崎社長 人は足に合わない靴を履くと膝や体が痛くなります。物理的に自分の足にピタッとあった靴を履くことで、体のムダな揺れを止められたり、膝や体の痛みが軽減できると感じてはいるのですが、それを学術的に証明できないかと考えていました。
 そこで東京商工会議所の産学公連携相談窓口事業に相談すると、複数の大学が手を上げてくれたのです。今は工学院大学の協力のもと、フィットした靴を履くことによる歩行時の体の揺れをテストしており、特許の出願も検討しているところです。



イノベーションは「数」。走りながら考え、打ち手を講じる

――2020年には、別事業で新たにスニーカーブランドを立ち上げていますね?

小野崎社長 日本の着物の切れ端をアッパー素材に活用したスニーカーブランド「Xesole(ザ・ソウル)」ですね。東京都の補助事業「Buy TOKYO」を活用して自社ECサイトを構築し、JETROにも相談して海外展開をサポートしてくれる企業とパートナーシップを結びました。海外では6万5千円程度の高価格で販売していますが、売上は好調です。
 今後は、やはり「モノよりコトを売ろう」というコンセプトで、インバウンド需要の回復を見越して靴の工房見学と試着をセットにしたツアーも検討しています。

――コトを売り付加価値をアップし、自社ブランドで海外進出。これらのイノベーションを起こしたことで、自社にどんな影響が生まれましたか?

小野崎社長 単純に売上を比較すれば、OEMだけやっていた頃のほうが高いです。しかし、粗利が20%から大幅にアップして、利益体質に生まれ変わりました。
 また、自社ブランドで製造から販売まで一貫して手掛けることで、問屋に卸していただけの頃に比べ、お客さまから感想や感謝のお言葉を直接いただけるようになりました。それが社員や職人のモチベーションにつながっています。
 今はお客さまのニーズに応え続けるために、もっと製造販売のキャパシティを増やしたい。社員には「今の10倍の体制にしよう」と話しています。次世代の靴職人の育成も課題の一つで、今後は女性の靴職人も増やしていきたいですね。

――小野崎社長が、イノベーションに取り組む上で、大切にしてきたことは何ですか?

小野崎社長 とにかく「動き続ける」ことに尽きます。過去には毎年のように新たな打ち手を講じていました。靴につけるアクセサリーを販売したこともあります。その中で残ったのが「アンド・ステディ」と「ザ・ソウル」の2つというだけで、数を打たないと何がヒットするかわかりません。靴屋だからではありませんが「走りながら考える」ことが大事ですね。


有限会社アクスト

■本社: 〒111-0024 東京都台東区今戸1-17-7

■設立: 2004年4月

■資本金: 1,000万円

■従業員数: 12名

■事業内容: くつ・あし・あるく研究所の運営/婦人靴のプロデュース・企画・製造・販売/美容と健康に関わるセミナー講師・執筆・カウンセラー養成/ビジネス及び経営に関するコンサルティング

■企業HP: 有限会社アクスト https://axt-japan.com/

  アンド・ステデイ https://andsteady.com/

提言内容の解説

Ⅰ- 3 顧客ニーズや異業種の取り組みなどの情報収集、人脈形成などの社外活動の重要性 Ⅰ- 6 事業承継を契機とした変革の重要性
 イノベーション活動に取り組むうえで、そのきっかけとなる顧客ニーズ、イノベーションのヒントを経営者が積極的に社内外で収集することが重要である。  
 アクストでは、OEM生産から脱却することでより多くの顧客の声を収集することが可能となり、靴のオーダーメイドと足や靴の悩みに対するコンサルティングを組み合わせた新たなサービスを生み出すことができた。また、創業時や前回の事業承継時から時間が経過している場合、その間に多くの環境変化が生じており、事業承継を機とした後継者による新たな取り組みを進め、生産性を向上させていくことが重要である。

Ⅱ- 1 イノベーションの実現、成果創出に向け、オープンイノベーションが重要 Ⅱ- 3 イノベーション創出に向けてサプライチェーンを越えた連携を図るべき Ⅱ- 5 知財保護に向けた中小企業がとるべき知的財産戦略の構築
 自前主義の取り組みには限界があることから、他社・ 他機関との協業によりイノベーションを実現する、「オープンイノベーション」に取り組むべきである。また、革新的なイノベーション活動に取り組み、成果を創出していくためには、異業種や大学・高等 教育機関、研究機関など、サプライチェーンを越えた連携を図っていくことが重要である。
 アクストでは、製品の効果を学術的にも証明すべく、大学と連携し効果を検証している。今後は、大学と連携して特許の出願を検討するなど、自社の競争力の源泉を守りながら、オープンイノベーションに取り組んでいる。