アジアビジネスの視点

第2回 “MVP”に広がるチャンス

2016年11月1日
東京商工会議所
掲載:東商新聞 2016年7月10日号

21世紀に入って、日本企業は「成長するアジア」に希望を見いだし、活路を求めてきたが、中国経済の急減速、タイやマレーシアの政治混乱、アジア全体を覆う人件費の高騰など今、アジアは転機を迎えています。そこで見落とせないビジネスの視点を紹介します。(全5回)

ASEAN内の注目国“MVP”


 この4~5年は21世紀初頭の中国ブームがそっくりASEAN(東南アジア諸国連合)ブームに変わった感がある。だが、ASEANは10カ国あり、中国国内の地域格差以上に成長の勢いやビジネスの条件に大きな差がある。ASEANを一括りに捉えるのは危険であり、どの国で、何をどのように展開するかをより精緻に考えていく必要がある。
 ASEANの中では間違いなく「MVP」に注目しなければならない。MVPはミャンマー、ベトナム、フィリピンの英語表記の頭文字を並べたものだ。MVPの2013~15年の経済成長率をみるとミャンマーが8.4%→8.7%→7.0%、ベトナムが5.4%→5.9%→6.6%、フィリピンは7.0%→6.1%→5.8%と高成長を持続している。日本企業が1960年代から投資を続け、ASEANで最も密度の高い産業集積を構築したタイは同じ期間に2.7%→0.8%→2.8%であり、勢いの違いは歴然としている。


中堅・中小こそ高成長中の国へ


 成熟していても高所得の市場は消費財メーカーやサービス業にはチャンスが大きいが、大手企業へのサプライヤーとして進出する中堅・中小の製造業にとっては賃金に直結する所得が高い国ではなく、高成長ステージにあり、増産に次ぐ増産を期待できる国こそ未来を拓く。
 ただ、人間は慎重な動物であり、未知のものを回避しようとする心理がある。多くの日本企業が進出済みの国は情報や仲間も多く、進出のためのシステムが完備しており、進出についてのストレスが少ないため、決断しやすい。逆に日本企業の進出がまだ初期段階で、進出受け入れの仕組みも不透明な国へは二の足を踏むことになる。
 2014年5月のクーデターでインラック政権が倒され、軍政に移行したタイは政策の継続性と透明性、政権の安定性など投資条件が悪化し、大手企業の投資はばったり止まっているが、中小企業や銀行などの進出は続いている。考え抜かれた戦略をもってタイに進出しているケースももちろんあるが、心理的抵抗が少ないことでタイを選んでいる企業が依然として少なくない。


潜在力に目を向けるべき


 ASEANで人口が5000万人超の大国はMVPを含む5カ国。そのうちインドネシアは資源ブームの終焉とともに成長が落ち込み、タイは軍政が成長の障害となっている。カンボジア、ラオスはともに高成長国で関心も高まっているが、人口はカンボジア1500万人、ラオス650万人と小さい。大局からみれば、ASEANでの投資対象はMVPにならざるを得ない。
 ミャンマーは民主政権の実務能力が不安であり、ベトナムは社会主義国であり、国有企業の問題がある。フィリピンはドゥテルテ新大統領の政治姿勢に懸念がある。MVPにも当然ながらリスクがある。だが、成長を求めて進出する時にはリスクには片目をつむり、潜在力に両目を向ける方が成功の確率は高い。1990年代前半にリスク覚悟で中国進出した企業と中国が目覚ましい成長ステージに入った10年後に中国進出した企業をみれば、90年代組の方が成功ケースが多いというのは多くの人が指摘する点だろう。アジアでのビジネスには「後出しじゃんけん」に優位性はない。
 大本営作戦参謀で、戦後、実業界に転じ、伊藤忠商事会長などを務めた故瀬島龍三氏に駆け出し記者の頃、取材をする機会があった。瀬島氏がビジネスの要諦として示した言葉は「着眼大局 着手小局」「用意周到 準備万端 先手必勝」だった。ASEANへの進出を考える時、国の発展や所得の現状ではなく、その国の持つ潜在力と勢いという「大局」にこそ着目すべきだ。そして何より「人に先んじる」ことが大きな成功のカギとなる。



執筆者:後藤康浩
亜細亜大学都市創造学部教授。日本経済新聞社アジア部長、編集委員を経て、2016年4月より現職。著書「ネクスト・アジア」など多数

掲載:東商新聞 2016年7月10日号

以上