代表取締役社長
菅波 希衣子(すがなみ きいこ)氏
○商社としてお客さまのニーズを満たす商品を納めてきたが、バブル崩壊で「商社外し」にあったことを機に、自社開発に取り組み始めた
「半導体の製造装置などに内蔵されるヒータ」や「自動車や家電などに使われる水位計をはじめとする各種センサ」を製造販売するワッティー。創業から20数年専門商社として世の中に貢献してきたが、バブル崩壊を機に製造業に転じた。メーカーとしては後発ながら、いかにして大手が真似できない独自の技術力を磨き、ニッチトップの地位を確立してきたのか。
――BtoBのメーカーとして、多種多様な製品を製造していますね?
菅波社長 多様な製品がありますが、なかでも半導体の製造装置や医療機器などに組み込まれるヒータや、水位・角度などを測定するセンサの製造・販売がメインとなります。
ヒータの7割以上は半導体の製造装置に関するもので、多くの人にとって普段目に触れるものではありません。ただ本当にさまざまな分野で使われていて、例えば医療機関で使用する血液分析装置には、血液が固まらないよう一定の温度を保つためのヒータが入っているのですが、そのヒータを我々は医療機器のメーカーに納めています。
他にも、雨の日は新聞が濡れないようビニール袋に入っていますよね。そのビニールを熱で圧着させる器具のヒータも、当社が製造しています。
――私たちの気が付かないところで、御社の製品が活躍しているのですね。その技術力は、創業当時から磨き上げてきたものなのでしょうか?
菅波社長 いえ、当社は火災報知器、消火器など防災防犯機器の卸売りからスタートしています。セキュリティという領域から、だんだんと扱う製品が増えて、成長していきました。現在、主要な事業となっているセンサもセキュリティという視点で取り扱いを始めました。ですから、最初は技術も何もない、いわゆる商社でした。
転機となったのは、1990年代のバブル崩壊です。高度経済成長期は、お客さまのニーズをつかんで、モノを仕入れて納めればよかったのですが、バブルが崩壊して景気が悪くなると、取引のあったお客さまが、コスト削減のためメーカーと直で取引を始めるようになったのです。いわゆる「商社外し」です。
加えて、当社に製品を卸していたメーカーの業績も悪化して、仕入れが十分にできない状況が続いてしまった。
モノを納められなくては、商社としての存在意義がなくなってしまいます。生き残りを模索するなかで、もともと技術者だった創業者が「じゃあ、うちでモノをつくるか」と、97年に今日の熱システム事業部の前身である製造子会社を設立したのです。
――商社として業績不振が続くなか、一から製造子会社を立ち上げるのは金銭的にも大きな勝負ですね?
菅波社長 創業者は商社外しが、よっぽど悔しかったのだと思います。その悔しさで、何がなんでもやってやろうって。
ヒータを製造する技術者などの採用に加えて、設計ツールや測定機器も一から揃えました。翌98年には採用した技術者を集結させ、技術センター(現・技術研究所)を設立。まさに、イノベーションを起こそうとしたわけですが、その観点からすると大きな賭けではあったと思います。
ただ、商社として多くのメーカーや研究機関との取引がありましたから、お客さまのニーズを理解している自覚はありました。これまでは、そのニーズにあった製品を“探して”きていたところが、“つくる”に変わったわけです。あとはそのニーズに応えられる製品をつくれるか。そこが勝負でした。
――メーカーとしては後発ですが、「お客さまの欲しているものがわかる」という強みがあったのですね?
菅波社長 おっしゃるとおり、後発ですから先行するメーカーが量産している製品をつくっても、お客さまには弊社に切り替えるメリットがありません。そこで、「顧客ニーズはあるけど世の中にないものをいかに具現化できるか」に注力しました。具現化できれば、後々量産化につながるだろうと…。
宇佐美常務 しかし、顧客ニーズを具現化する、というのは言うほど簡単ではありません。これまで世の中にない製品ですから、当然、技術的に難しいオーダーが多い。でも、お客さまのニーズに技術力で応えることしか勝機がないと、とにかく食らいついていきました。
結城室長 他社で断られた案件でも、ワッティーの営業担当はできる、できないは脇に置いて、まず「やってみます」と、手をあげます。持ち帰った案件は工場でどう料理していくかになるわけですが……。「そんなことできるわけがないだろ」と現場と営業がよくケンカしていましたね(笑)。
でも、ケンカの末、営業は「せっかく話をもらったのだから」と技術者を説得する。その結果、やってみると意外とできるものなのです。
菅波社長 いま二人が話したように、お客さまのオーダーに一つひとつお応えし、培われた信用や信頼があって、「一緒にこういう製品がつくれないか」というオーダーも頂けるように発展してきたのだと思っています。
――実践で技術力も向上していったわけですね?
菅波社長 まさに、そのとおりで、お客さまのご要望に必死に食らいついて、どれだけお応えするかによって、技術力を高めてきました。心から、お客さまに育てていただいている会社だと思っています。
ただ、当然ですが、過去には当社の技術でできないこともあって。技術的な課題解決に向けては、自社内での研究だけでなく、他の会社や研究機関に技術者を派遣し、そこで新たな技術を学ばせてもらうことや、研究機関と連携した産学共同研究なども積極的に行っています。そうした取り組みによって技術力を高め、当社独自の製品をいくつも生み出すことができました。
ヒータの中でも、超高速で昇温できる高性能ヒータ「Hi-Watty」は、技術研究所で約10年の期間をかけ開発しました。約5秒で600~800度に達するため、導入する企業にとって待機時間の減少や歩留まり向上、省エネにつながるもので、半導体メーカーなどで活用いただいています。何度も心が折れそうになりましたが、強い意志を持ち、簡単にあきらめることなく研究を続けることも、技術力の向上につながっていると思います。
多くの女性社員がワッティーの技術を支えている
――海外との取引も増えているようですね?
菅波社長 2019年に、ドイツの企業と海外展開に向けた連携を開始しました。海外での売上は全体の7~8%程度ですが、徐々に増えています。
15年ほど前には、アフリカへの進出を検討したこともありましたが、結論からいうとあのタイミングで進出しなくて正解でした。なぜなら、当時は会社の規模感が見合っていなかった。
何が言いたいかというと、機会や可能性がそこにあっても、自分の身の丈に合っていなかったら失敗してしまうということ。
海外進出を考える際には、市場の可能性だけに目を向けるのではなく、自社の立ち位置やリソースを見極めて判断する必要があります。ヒータを納品した後はメンテナンス対応が必要になりますが、海外に拠点を設けて自社で対応することは、経営資源の面で現実的ではありません。なので当社の不足するリソースを補完してくれるパートナーを探し、連携することを通じて海外市場に進出しています。
――商社からニッチトップのメーカーへと転換するイノベーションは、なぜ生み出せたのでしょうか?
菅波社長 製造業に乗り出す際、新たに技術者などメーカー出身の人材を採用したことで、既存の社員はメーカーの考え方を、新たな社員は商社の考え方をそれぞれ学ぶことができました。
もともと持っていた「お客さまのニーズを聞くノウハウ」に、「技術力」が掛け合わさり、その相乗効果が「お客さまのニーズを把握し、形にする」という大きな力を生んだのだと思います。
当社の歩みは、繰り返しになりますが、ただ、お客さまのニーズに食らいついて、一つひとつ形にしていった。その積み重ねにすぎません。
ただ、ワッティーのような中小の後発メーカーにとっては、やはりニッチの領域を手がけたところが大きなポイントだったと思います。大手メーカーからすると、既存のラインや人員を割いてまでニッチの領域に参入するのはメリットがない。そのニッチの領域であれば、模倣ができないレベルまで独自の技術を高め、量産化することができます。ここに中小企業の勝機があるのではないでしょうか。
宇佐美城治常務(右)、結城二郎経営企画室室長(左)と
■本社: 〒141-0031 東京都品川区西五反田7-18-2 ワッティー本社ビル
■設立: 1968年5月
■資本金: 9,500万円
■従業員数: 162名
■事業内容:
熱システム事業部:主に半導体・FPD製造装置ほか各種精密機器に使われるヒータユニットの設計、製造、販売
センサ事業部:液面レベルセンサ、近接スイッチなど各種センサの開発、製造、販売
Ⅰ- 2 イノベーション創出に向けた経営者の強い意志の重要性
既存の事業とは異なる発想や取り組みから生み出される革新的なイノベーションは、実現に向けた多くのハードルや、長い期間を要するケースが存在する。これらを乗り越え、成果創出に結びつけるためには、経営者の「強い意志」が必要不可欠である。
ワッティー株式会社では、商社から製造業に転換する際、技術者などの採用に加えて、設計ツールや測定機器も一から揃え、ニーズはあるが世の中にはない製品開発に取り組んだ。また高性能ヒータ「Hi-Watty」は10年の歳月をかけ開発するなど、イノベーション活動における様々な課題を乗り越え成果を創出するためには、経営者の「強い意志」が不可欠である。