東京商工会議所

地元3社のオープンイノベーションで模倣されない新商品を生み出す

パンの製造・販売
株式会社明治堂

専務取締役/明壽庵代表 
中山 公人(なかやま きんと)氏

明治堂のイノベーションの特徴

○後継者による新ブランド・あん食パン専門店「明壽庵」の立ち上げ
○地元の老舗「石鍋商店」「王子製餡所」とのコラボレーションで、商品を開発

1889年創業のパン製造小売業、明治堂が2021年、新ブランド店舗「明壽庵」を立ち上げた。地元・王子の企業とのコラボで開発したあん食パンの専門店だ。老舗企業の挑戦の背景には、事業承継を控える5代目の「日本の美味しいパンを海外に広めたい」との思いがあった。


地元密着を貫きながら、抱いていた海外展開の目標

――明治堂は創業が1889年と、130年以上続く老舗ですが、中山専務は何代目になるのですか?

中山専務 現社長(中山和弘氏)が4代目で、息子の私が5代目に当たります。創業した当時、東京都内にパン屋はまだ10軒ほどしかなかったそうです。
 明治堂は、私が新ブランドの店舗「明壽庵」を2021年5月にオープンするまで、130年以上、北区王子の1店舗のみで営業してきました。一切、拡大は行わずまさに地元密着の経営です。

――小規模を維持しているのが、長年続いてきた秘訣でしょうか?

中山専務 拡大路線に走らず1店舗でできる範囲の事業を続けてきたことは、結果として、時代の波に影響されない堅実な経営につながったのは間違いありません。
 ただそれだけではなく、お客さまを飽きさせないよう、新作のパンを常に生み出している企業努力も、事業を長く続けてこられた大きなポイントだと思っています。いまパンのラインナップは150種類以上。かつ、日常的にご利用いただけるよう手ごろな価格帯で提供できる工夫もしています。

――「豊富な商品×低価格」で選ばれてきたわけですが、反対に明壽庵は、「少ない商品×高価格」のまったく異なるコンセプトのブランドだと感じましたが?

中山専務 そもそも、私としては店舗を増やしていきたい、特に海外の方々に日本の美味しいパンを食べていただきたいという想いがありました。その点から、現状の多品種少量生産のやり方に生産キャパの限界を感じていたのです。
 加えて、業界全体の問題でもあるのですが、パン職人は朝5時台から夕方まで長時間労働が求められる仕事。そのため職人が減少しています。
 品種を絞った専門店のほうが多店舗展開しやすく、かつ職人の労働環境や処遇の改善にもつながるだろうと考えました。それが明壽庵を立ち上げた動機でもあります。

老舗企業のコラボで生まれた“メイド・イン・王子”の新商品

――その明壽庵ですが、なぜメインの商品を「あん食パン」にしたのですか?

中山専務 「地元、王子でしかつくれないものをつくる」というところから着想しました。
 地元の名産をリストアップし、まず目に留まったのがくず餅の「石鍋商店」。くず餅の原料である発酵させた小麦でんぷんは、パン作りで使用する発酵種と共通する部分があるため、パン生地に練り込むことでもっちりとした食感が生まれ、パンがおいしくなるのではないか、といった仮説を立てました。また地元の老舗企業である「王子製餡所」も含めて、この2社とのコラボで、“メイド・イン・王子”のあん食パンを開発してみようと思い立ったのです。
 王子製餡所は昔から取引があったものの、石鍋商店はまったくの初めて。電話でアポイントを取るところから始め、根気よく説得を続けると、最終的には「若い人の新しいチャレンジを応援したい」とコラボレーションを引き受けていただけました。
 しかし、そこからが大変で、当然いい材料で手の込んだ商品をつくろうとすると、原価は青天井になります。販売価格を考えながらギリギリの価格でいい材料を使おうと、100回以上の試作を繰り返しました。王子製餡所の丸山社長には、硬さや材料など複数回にわたり調整いただきながら明壽庵用のあんこを試作してもらい、石鍋商店の石鍋社長には、くず餅の原料である発酵小麦でんぷんを譲っていただき、アドバイスをもらいながら理想の配合に近づけていきました。その結果、新たな地元の名産になりうるあん食パンができたと思います。



――明壽庵はロゴや内装も統一されていて、ブランディングにも強いこだわりがうかがえますが?

中山専務 ブランディングはさまざま考えた結果、専門のデザイン会社に一任することにしました。
 たまたまテレビを見て知った会社で、ウェブサイトを検索して問い合わせフォームから依頼をしました。
 その会社には商品開発の段階から参加していただき、王子製餡所、石鍋商店、そして明治堂の3社へのヒアリングや現場見学などでそれぞれの想いを理解してもらったうえで、店舗設計から、ロゴ、印刷物までトータルでブランドデザインをしていただきました。

――実際に出店してみて、どんな反応がありましたか?

中山専務 古くからのお客さまが来店して、「明治堂ってこんなこともやるんですね、面白い!!」とおっしゃっていただくことが多いですね。「新しいことに挑戦している老舗」というポジティブなイメージを発信できている手応えは感じています。
 また、いま働いてくれているスタッフも老舗企業が新しいことにチャレンジをしているところに面白さを感じ、入社してくれた人が多いです。


店内には、明治堂、王子製餡所、石鍋商店、各社の沿革がわかる写真が掲示されている。


「Win- Win- Win」のストーリーがコラボの不可欠な条件

――130年以上続く老舗企業が、新しい取り組みを進めるにはさまざまな障壁があったのでは?

中山専務 社内での理解がすぐには得られないという覚悟はしていました。社員に「しばらく事業の立ち上げに専念します」と告げ、みんながパンをつくっている裏の事務所に一日中こもるというところからスタートしました。「専務は仕事もせずに何してるの?」と怪訝に思われていたでしょうね(笑)。
 でも、私の場合は初めから目標を海外展開に置いていましたから、大変なのは当たり前。海外という高い目標を掲げていたからこそ、一歩を踏み出し、やり遂げる勇気が生まれたのだと思います。いまでは社員もイベント出店などを手伝ってくれています。
 2023年4月中旬には、東京ドームシティラクーアに新店舗を開店予定で、海外展開という目標に向けて、取り組みを進めています。

――他社を巻き込んでコラボするうえでのポイントはありますか?

中山専務 当社、パートナー企業、そしてお客さまの3者がWinになる「Win- Win- Win」の関係を構築すること。この三方よしの図式を描けなければ、そもそもコラボする意味がありません。
 また、前の職場であるAmazonでは、新規事業を考える際、企画書の代わりにプレスリリースを書くことを学びました。プレスリリースを書くには、この商品を世に出すことで誰が喜ぶだろう? どのように受け取られるだろう? とイメージを膨らませる必要があります。そこから、共感されるストーリーが生まれやすくなるのです。
 ストーリーを固めた上で、実現するのに最適なパートナーを選定します。あくまでストーリーが先であり、決してパートナーが先ではありません。

――ストーリーを実現するために、必要であればパートナーを探すという順番ですね?

  中山専務 そうです。ただ中小企業はリソースが限られるので、ゼロからイチを生み出すハードルは高いです。だからこそオープンイノベーションで外部の資源を活用することは、イノベーションや新しい挑戦をするうえで重要なことですね。この選択肢が最初から頭にあるかどうかで、だいぶイノベーションに対する姿勢は変わると思います。
 また、仮に商品がヒットしても大手にすぐ模倣されるリスクがあります。当社の場合は簡単に模倣されず、かつ大手が手を出さない局地戦、つまり地元でのブランドづくりを意識しています。
 その意味で「あん食パン」というプロダクト自体は模倣されるかもしれませんが、「地元、王子の老舗企業どうしのコラボ」というストーリーは簡単には模倣されません。そこに明壽庵というブランドの本質的な価値があると思っています。

株式会社明治堂

■本社: 〒114-0002 東京都北区王子 1-14-8 明治堂ビル1F

■設立: 1889年

■資本金: 1,000万円

■従業員数: 9名

■事業内容: パン製造・小売り

■企業HP: 株式会社明治堂 https://www.meijido.tokyo/

  明壽庵 https://meijuan.theshop.jp/

提言内容の解説

Ⅰ-4 業界ポジションの分析を踏まえた新規事業開発におけるマーケティングと持続的な収益につなげるためのブランディング戦略の重要性
 新たに生み出した商品を市場に浸透させ、競合に淘汰されずに持続的な収益につなげるためには、ブランディング戦略が重要となる。
 明治堂の新事業として立ち上げた「明壽庵」ブランドは、「地元、王子の老舗企業どうしのコラボ」という他社には簡単に真似できないストーリーから成り立っている。またこのブランドを確固たるものとするため、製品開発から店舗設計、ロゴ、印刷物まで、一貫してプロの力を借りながら取り組み、老舗企業に新たな価値をもたらしている。

Ⅱ-1 イノベーションの実現、成果創出に向け、オープンイノベーションが重要
 既存の枠組みを超えた新商品開発、イノベーション創出には他社との連携が重要となる。
 明壽庵ブランドの立ち上げにあたって、中山専務はまず顧客に受け入れてもらうための新商品のストーリーを検討した。そのストーリー、イノベーションのアイデアを実現するための手段の一つが、「地元老舗企業との連携」であり、結果的に他社との連携が商品力、ブランド力に直結している。