革新を続ける香の老舗 | 株式会社日本香堂

革新を続ける香の老舗 | 株式会社日本香堂

企業概要

企業名
株式会社日本香堂
創業年
1575年(天正年間)年
所在地
東京都中央区銀座4-9-1
代表者名
小仲正克(代表取締役社長)
資本金
9000万円
従業員数
約300名
業種
お線香・香・香関連商品の製造販売
HP

1.創業450年老舗香舗としての歩みとブランドの確立

小仲正克社長

株式会社日本香堂の現在までの歩みについて、小仲社長にお話を伺いました。(社長写真)

■天正年間創業 香の老舗として

当社の起源は、天正年間に「薫香」を扱い、当時の宮中御用をつとめた香の専門職「香十」。2025年には創業450年を迎える。天正年間は茶道・華道等の日本文化が花開いた時期であり、それらと共に香道が発展してきた歴史を持つ。
現在は銀座に本社を構える当社だが、当時は京都を拠点としていた。独自の調合技術は、豊臣秀吉や徳川家康にも愛用される等、由緒ある香舗である。
一方で、新しい香りの取り入れにも積極的であった。国外から取り寄せた漢方薬を香に使用する等、現在グローバルに展開する当社の片鱗が既に当時よりみられる。

■危機を乗り越え、時代にあったロングセラー商品を生み出す

株式会社日本香堂の前身となる「東京孔官堂」は1942(昭和17)年に、現社長の祖父小仲正規氏により立ち上げられる。当社は大阪のお線香の老舗「孔官堂」がブランドの所有権を持つお線香「蘭月」を主力製品として生産販売を行っていた。
1947(昭和22)年、当社に転機が訪れる。天才調香師鬼頭勇治郎により開かれた「鬼頭天薫堂」から、ヒット商品「毎日香」「花の花」の有名ブランドを譲り受けることとなったのだ。これにより、当社は全国展開を実現した一方で、社内に2つのブランドが競合することとなった結果、「蘭月」の販売権を失うこととなる。
その際、起死回生を図って開発した商品が、日本人なら誰もが知るお線香「青雲」である。「毎日香」と新商品「青雲」の2大ブランドを掲げた当社は、業界のリーディングカンパニーとしての地位を不動のものとした。1966(昭和41)年に、社名を現在の株式会社日本香堂に変更する。

2.香文化を世界へ~グローバル展開の取り組み~

当社製品:「青雲」

■グローバル展開の取り組みとホールディングスの設立

当社は日本文化を背負う老舗として、グローバル展開にも、いち早く取り組んでいる。1965(昭和40)年には、米国ニューヨークに現地法人である「NIPPON KODO ,INC.」を設立。1996(平成8)年には仏国ルームフレグランスメーカーESTEBAN社を買収。この経験が、その後の当社のグローバル展開に拍車をかけ、1999(平成11)年には、米国2位で創業75年の老舗インセンスメーカーGENIECO社を買収、2003(平成15)年にベトナム工場設立、2005(平成17)年に韓国線香トップメーカー萬福堂と合同会社「萬福香堂」の設立をはじめ、世界を舞台に次々と躍進する。
「日本から世界を見るのではなく、世界から日本を見るとどうか」という視点の重要性を感じ、その仕組みづくりの一環として2011(平成23)年には、日本香堂ホールディングスを設立。 多数あるグループ企業の意思統一のため、月に1度は海外法人も含め、テレビ会議で直接コミュニケーションをとることとしている。

■ハイエンドなルームフレグランスとしてニッチ市場を狙う外国人からも、改めて日本の伝統文化が高く評価されている。当社は現在、月に2回パリで香席を開催するほか、アメリカ・韓国・中国でも定期的に香席を行っている。これは、営利目的よりも企業のブランディング活動としての色合いが強く、一般的な芳香剤とは市場を異にすることを意識している。1575年創業という歴史、老舗のブランドは、海外でも非常に強いブランド価値を持つ。
当社の香席には、高級ラグジュアリーブランドの上顧客が、足を運ぶことも珍しくない。商品だけでなく、我々の繋いできた「文化」そのものを上手くアピールしていくことが、結果的にブランディングに繋がると考えている。

3.業界のリーディングカンパニーとして

当社製品:「毎日香」

■業界の危機を「機会」に変え、新市場を生み出すアドベンチャー精神

国内の供養意識の薄れは当社にとって大きな課題である。核家族化が進むにつれ、仏壇のない家庭が増え、毎日先祖に手を合わせる習慣のない子供が増えた。そこで、当社は供養意識を高めるため「お盆になったらお墓参りを」というCMを流すことにした。
しかし、お盆休みは、墓参りよりも旅行に行く家族が増加する一方。そこで、地域の石材屋さんなどとコラボレーションをして、墓掃除や墓修理を代行するビジネスを始めた。変化は、新たな事業機会を生むチャンスであり、前向きに対応することが大事だと考えている。 また、近年は家族葬の増加等により大規模な葬式が減る一方で、喪中はがきで亡くなったことを知るケースが増えている。
そこで、故人を偲ぶ気持ちの表し方として、喪中はがきを受け取った方が、お線香を送る「喪中見舞い」の提案を始めた。この着想により、年末がお盆と同じような需要期となった。自社の売上だけでなく、業界の市場そのものを拡大することも、業界のリーディングカンパニーとしての役割であると考え、今日も新たな挑戦を続けている。

■地域・お客様との繋がりを大切に

毎年、5月から6月にかけて松竹や笑点の一座を連れ、全国を回る観劇会を30年間続けている。一会場500~2000名ほど集まる会を、60~70回上演。地方のお客様と直接対面で会話が出来る貴重な機会として捉えている。特に通常講演の少ない地方からは非常に喜ばれている。
また、2011(平成23)年には被災地ファンドを創設。観劇会で売れた線香の売上を全額寄付している。主旨を知るお客様も、賛同して購入してくれる。東日本大震災の直後である2011(平成23)年6月にも、被災地応援の気持ちを込め、被災地での観劇会を実現した。このような、利益だけでなく「想い」を大切にした方針をトップの判断で行える点も、オーナー企業の良いところだと考えている。
2000(平成12)年からはお盆の習慣を子供たちに引き継ぎたいと、「ふるさとのお盆の思い出絵画コンクール」を開催し、今年で17回目。当初は7,000点ほどだった応募が、7万点近く集まるようになり、日本最大規模の子供向け絵画コンクールとなった。
自社の成長のみならず、地域・お客様との繋がり、そして未来への広がりを大切にする当社の志が、このような取り組みにも反映されている。

(取材日:平成28年11月11日)