日本橋で「おもてなし」の心をつなぐ | 上総屋株式会社

日本橋で「おもてなし」の心をつなぐ | 上総屋株式会社

企業概要

企業名
株式会社上総屋旅館(ホテルかずさや)
創業年
1891年(明治24)年
所在地
東京都中央区日本橋本町4-7-15
代表者名
工藤 哲夫(代表取締役社長)
資本金
1000万円
従業員数
16名(除く役員)
業種
宿泊業(ホテル営業)、不動産賃貸業
HP

1.養蚕業から旅館業への転身

代表取締役社長の工藤哲夫氏 工藤哲夫社長

工藤哲夫代表取締役社長にお話を伺いました。

■長野から上京

1891(明治24)年、長野で養蚕を営んでいた創業者の工藤由郎が上京し、日本橋本町で旅館を営んでいた「上総屋旅館」を買収したことが創業のきっかけとなった。東京で旅館を持つことを考えていた創業者は、2度目の上京で上総屋旅館の買収を決めた。由郎はまだ20代後半と若く、これまでの商売とまったく違う世界に飛び込むことは大きな決断力が必要だったと思われる。

■旅籠から旅館へ

江戸時代の日本橋本町近辺は、近くの馬喰町に民政訴訟を扱う関東郡代屋敷があり、裁判のため上京する旅人を対象とした公事人宿、旅人宿等が並び、旅籠の一大集積地として栄えていた。上総屋旅館も当初はカジュアルな旅籠として始まり、その後は問屋街である馬喰町を訪れる商人をターゲットとした旅館へと徐々に変化していった。

2.二度の焼失からホテルへの転換

明治36年頃の上総屋旅館 明治36年頃の上総屋旅館

■二度の全焼から再建果たす

創業から約10年経った1902(明治35)年、もらい火が原因で、上総屋旅館は全焼してしまう。初代工藤由郎は、直ちに再建に取り掛かり、同年中に事業を再開した。その後、1923(大正12)年、関東大震災が発生し、日本橋を含め東京は一面焼け野原となってしまう。上総屋旅館も再び全焼してしまったが、翌年には家屋の復旧を完了し、営業を再開する。由郎は2度の大火から、わずかな期間で旅館の再建を遂げたことになる。

■戦争による休業

1937(昭和12)年、二代目工藤誠一が社長に就任する。この頃から戦況が激しくなり、1943(昭和18)年から旅館の営業を休止することとなった。終戦後の1946(昭和21)年4月に再開するまで、約3年を要した。創業以来これだけ長期で休業したことはなく、非常に苦しい時代だったが、社長の努力と従業員の協力によって、何とか切り抜けることができた。

■ビジネスホテルに商機あり

昭和40年代に入ると、日本橋地域の旅館は急激に数が減少した。今までの「旅館」というスタイルを都心部で続けることが難しくなり、旅館業をやめて貸ビル業に転身する企業も多かった。実父である三代目の工藤誠太郎は、そのような環境の中でも宿泊業への思い入れが強く、旅館からホテルへ業態を転換することで生き残りを図り、1980(昭和55)年、上総屋旅館は「ホテルかずさや」として新たにスタートを切った。東京駅を利用するビジネス客を中心に利用が増え、旅館からホテルへの転換は順調に進んだ。

3.「心和む、暖かいおもてなし」を目指して

ホテルかずさや 現在のホテルかずさや外観

■和の心を活かす

1993(平成5)年に四代目として代表に就任した。その後、2006(平成18)年に、創業115周年を迎えたことを契機に、創業時からの想いを元に、次のように経営理念をまとめた。「日本橋本町に江戸の伝統を引き継ぎ、創業以来115年。創業精神の心和む暖かいおもてなしをモットーに安全、清潔、快適なサービスを提供致してまいります。」
ホテルは、建物など「装置」に目が行きがちだが、前身の旅館としての味付けを活かして、朝食の和定食などに力を入れ、和の心を活かした特徴を持たせている。

■変革と伝統の両立

旅館業の伝統を守り、接待での質を高め、安心とくつろぎを与えるサービスの提供を一番に考えている。旅館に比べホテルはお客様との接触機会が少ないが、逆に少ない機会を大切に、コミュニケーションを重視することが「おもてなし」の質を上げることと考えている。一方で、インターネットを活用した集客やバリアフリー化の推進など、時代に合わせて変革することも重要だ。最近はビジネス客以外に、HPを通じて外国人観光客の利用も増えており、新たなニーズに対応する重要性も感じている。

■日本橋の魅力を伝えたい

日本橋は江戸文化や老舗が多い地域ではあるが、浅草のように分かりやすく目に見えるものは少ない。外国人観光客には、なかなか伝わらない部分がある。現在、日本橋の活性化を話し合う日本橋地域ルネッサンス100年計画委員会で観光部会長を務めている。日本橋にどうすれば人が集まるのか、どうすれば回遊してくれるのか考えながら、様々な取り組みを進めている。ホテルかずさやの宿屋としての価値づくりと合わせ、街や地域としての価値づくりを両立させていきたい。

(取材日:平成27年10月23日)