「お客様第一主義」で一歩先のサービスを提供 | 株式会社人形町今半

「お客様第一主義」で一歩先のサービスを提供 | 株式会社人形町今半

企業概要

企業名
株式会社人形町今半
創業年
1895年(明治28)年
所在地
東京都中央区日本橋人形町2-9-12(本店)
代表者名
髙岡慎一郎(代表取締役社長)
資本金
4300万円
従業員数
1143名
業種
飲食店、精肉惣菜店、ケータリングサービスの運営等
HP

1.牛鍋屋「今半」から「人形町今半」に

代表取締役社長の髙岡慎一郎氏 髙岡慎一郎社長

髙岡慎一郎代表取締役社長にお話を伺いました。

■庶民向け「牛鍋」から始まる

今半は、創業者の髙岡が開通間もない山陽本線で岡山から上京し、明治28年に本所で牛鍋屋を始めたことに端を発する。その後、同郷の資産家相澤半太郎と共に、大正元年浅草で「今半(=現今半本店)」を開店。政府から認められた正規の食肉工場があった白金町今里村の「今」と、半太郎の名前から一文字とって屋号を「今半」としたと言われている。

■今半御殿で一躍有名に

今半本店は関東大震災で焼失したものの、当時の店は「今半御殿」と呼ばれた豪奢な建物で再建される。木造3階建ての店舗は地下に浴場が備えてあり、風呂上りに黄金の鍋ですき焼きを楽しむことができた。その後、昭和3年に暖簾分けで国際通りに新たな今半(=現浅草今半)が開業した。今半本店の経営は順調だったが、今半御殿は東京大空襲で焼失してしまう。

■人形町今半として独立

人形町今半が誕生したのは昭和27年で、当初は国際通りの今半が、人形町店として出店した。その後、国際通りの今半は長男が、人形町の今半は次男がそれぞれ店を切り盛りしていくこととなり、昭和31年に「浅草今半」「人形町今半」として各々が独立した。

2.上質な肉が上質な店を生む

人形町今半本店の様子 現在の本店の様子

■少し高い価格でもよいものを

創業当時、牛鍋屋は都内に500店舗以上(現在の東京の人口に換算すると約2500店舗以上)もあったと言われているが、その中で現代まで生き残った企業は多くない。今半は、時代に合わせて庶民的な牛鍋から関西風の高級なすき焼きへメニューを変え、少し高めの価格帯で高品質の食材だけを扱うというこだわりを持っており、それが競合との差別化となり、生き残りにつながった。

■仕入れは10年で一人前

人形町今半では、現在日本全国から肉を仕入れているが、一頭丸ごと仕入れが基本である。仕入担当者は高い目利き能力が必要とされ、一人前になるまでには10年以上かかる。適正な価格でお客様に有利になるように仕入れることが担当者の仕事であり、そのノウハウを修得するのは、非常に難しい。仕入れは利の元。人形町今半の「肝」だと考えている。

■いいものを出せば人も育つ

質の高いものを出していると、自然と従業員も育つ。店ではお客様の期待以上のものを常に出すことを念頭に置いて仕事に取り組んでおり、お客様によって従業員が育てられている面も大きい。品質にこだわるといった価値観は店の大切な文化として現在も持ち続けている。

3.二代目社長として

惣菜・精肉売り場 本店では精肉・惣菜も販売している

■後を継ぐという意識

先代が人形町今半として独立し、幼いころから「二代目」と言われ続けて育ち、「後を継ぐのだろう」という思いは持っていた。一方で別の世界を知りたいという意欲も強く、大学卒業後はコンピュータ会社に入社し、飛び込み営業も経験した。営業ノウハウを知るという意味では貴重な体験をしたが、その後先代に強く説得され、人形町今半に入ることになった。

■さまざまな業務を経験して

最初に築地の仕入れ業務を2年ほど担当し、購買や弁当の営業など様々な業務を回った後、最大規模の支店である上野広小路店の開店から店長として携わった。店の運営から従業員管理まで、面白いが苦労も多い期間を過ごした。その後、飲食店舗全体の統括担当を経験し、2001年に社長に就任した。

■BSE(牛海綿状脳症)を乗り越える

BSEは大きな危機をもたらした。売上が落ち、銀行も資金を貸してくれない。ボーナスも削り、幹部の給与カットにまで追い込まれた。それでも社員は辞めず、ついてきてくれた。この経験を通して会社はオーナーのものではなく、社員のものだとつくづく感じた。結局、BSEの中でも来店して下さるお客様がいて、こうしたお客様のためにも、より良質の牛肉を追及することが、我が社の使命との思いを新たにした。結局は、売上は1年ほどで回復することができた。BSEの混乱があったからこそ、今の人形町今半があると言っても過言ではない。

4.お客様第一主義を掲げて

今半のこころ 経営理念を冊子にまとめている

■創業者の心意気を引き継ぐ

経営理念である「お客様第一主義」などの要素は、先代が創業者の心がけを文字に起こしたもの。現在では、25か条の行動指針を「人形町今半のこころ」という手帳サイズの冊子にまとめ、社員全員に配布し、朝礼の際に一項目ずつ読み上げることにしている。自分自身も、「お客様第一主義」について時間をかけて理解を深めてきた。今では、この理念を実現するのは社員であることから、お客様を大事にすることは社員を大事にすることだと考えている。

■マニュアルのない接客

以前、ある店の常連だった高齢のお母様とお嬢様のお客様がいらっしゃったが、お母様が亡くなった後、お嬢様お一人だけで来店されたことがあった。店長は、お母様が来店していた頃と同じ6人掛けのテーブルに案内し、以前と同じように接客したところ、その後お嬢様から「昔と同じ対応をしてくださってありがとう」と感謝の手紙をいただいた。こうした対応を、一人ひとりが状況に応じて考え実行できることが重要であり、それはマニュアルでは表せない。そのため、人形町今半の接客にマニュアルはない。その時々によって最高のものを提供し、一歩先回りの接客をする。目先の売上でなく、経営理念にのっとったサービスを行うことこそが「お客様第一主義」の本髄だと感じている。

■海外から来たいと思わせる店に

海外進出を検討した時期もあったが、リーマンショックや東日本大震災が起こる中、海外に出ていくより、海外の人を日本に呼び込めることを通して、日本を元気にするようなことができないかと考えるようになった。世界中から「人形町今半に来てみたい」と思っていただけるような企業になることを目指している。

(取材日:平成26年9月30日)