さかもとりょうまぞう
坂本 龍馬 像
情報更新日:2015年6月29日
歴史遺産・文化・芸術
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坂本龍馬像
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像につけられている説明文
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龍馬像と「りょうくん」の幟
京浜急行 立会川駅前近くの品川区立北浜川児童遊園に設置されています。
江戸時代、土佐藩品川下屋敷がこの近く(第一京浜を挟んだ区立浜川中学校付近)にありました。嘉永6年(1853年)、坂本龍馬は19歳で北辰一刀流の剣術修行のため江戸に出て来ましたが、直後にペリーが浦賀沖に来航したため、幕府の命令で海岸近くの土佐藩抱え屋敷内に設けられた浜川砲台で沿岸警備にあたりました。ここで黒船を見た龍馬は、土佐にいる父親に次のような勇ましい手紙を書いています。「異国船所々に来た候えば、いくさも近き内と存知候。その節は異国の首を打ち取り帰国つかまつり候。」
浜川砲台跡地から敷石の一部が発見されたことを記念して、平成16年に高知市から龍馬像が寄贈されました。現在の像は平成22年に作られた2代目で、高知市桂浜にある龍馬像の修復時に出た金属片を溶かし込んであります。テーマは「20歳の龍馬」で、若き日の龍馬を再現し、履物もブーツではなく草履で全国的にも珍しいものです。
また、近隣商店街では「りょうくん」という馬の形の ゆるきゃらで、商店街のPRを展開しています。
江戸時代、土佐藩品川下屋敷がこの近く(第一京浜を挟んだ区立浜川中学校付近)にありました。嘉永6年(1853年)、坂本龍馬は19歳で北辰一刀流の剣術修行のため江戸に出て来ましたが、直後にペリーが浦賀沖に来航したため、幕府の命令で海岸近くの土佐藩抱え屋敷内に設けられた浜川砲台で沿岸警備にあたりました。ここで黒船を見た龍馬は、土佐にいる父親に次のような勇ましい手紙を書いています。「異国船所々に来た候えば、いくさも近き内と存知候。その節は異国の首を打ち取り帰国つかまつり候。」
浜川砲台跡地から敷石の一部が発見されたことを記念して、平成16年に高知市から龍馬像が寄贈されました。現在の像は平成22年に作られた2代目で、高知市桂浜にある龍馬像の修復時に出た金属片を溶かし込んであります。テーマは「20歳の龍馬」で、若き日の龍馬を再現し、履物もブーツではなく草履で全国的にも珍しいものです。
また、近隣商店街では「りょうくん」という馬の形の ゆるきゃらで、商店街のPRを展開しています。
お薦めの時期 | 通年 |
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補足情報 | 東京で坂本龍馬に会えます。 |
住所 | 品川区東大井2-25-22 北浜川児童遊園内 |
交通アクセス | 京浜急行「立会川」駅から徒歩1分 |