企業の社会的責任実践事例 株式会社TONEGAWA

「先義後利」の精神で「マーチング」運動を日本中に広めた
地元・湯島で70年の老舗印刷会社

  • 利根川芳明取締役

    利根川芳明取締役

    事業内容

    • 印刷・広告物制作
    • Webサイト構築・管理・運営
    • 展示会運営、会議室貸出
    • 販売促進支援 等

    会社情報

    所在地 東京都文京区湯島2-4-4
    URL http://www.tonegawa.co.jp/index.html
    代表取締役 利根川 英二 氏
    取締役 統括本部CSR推進担当 利根川 芳明 氏
    設立 1947年5月
    資本金 1,000万円
    従業員数 30名

    【文京の老舗印刷会社】

    TONEGAWA 外観
    TONEGAWA 外観

     TONEGAWAは、「文の京(ふみのみやこ)」たる 文京区で、印刷・情報関連産業を営み、来年で開業から70周年を迎える歴史ある老舗企業だ。1947年に印刷業として開業以来、時代の変化に対応し、近年ではWebサイト構築から管理・運営、PRムービーの制作、展示会の運営や会議室の貸出等、事業活動の幅を広げてきた。同社は自社を情報加工産業と定義し、従業員30名規模でありながら、CSR活動にも非常に精力的に取り組み、日本中に影響を与えてきた。ここで、同社の取り組みの前に、事業活動を貫く創業以来の経営理念をご紹介させていただきたい。

  • 【社是:先義後利】

     同社の社是としての4つの方針がある。「一、 すぐれた製品を通して 社会文化に貢献する」、「一、喜びの職場を通して 社員の生きがいを実現する」、「一、能率の向上を通して 会社の明日を築く」、「一、先義後利を通して、お客様とともに成長する」。これらは、創業者である利根川政次氏が制定したものであり、同社の従業員や取引先、地域社会に対する姿勢である。今回の取材は創業者政次氏の孫にあたる利根川芳明氏に対応いただいたが、芳明氏が4項目の中で特に強く、熱心に語るのは、「先義後利(せんぎこうり)」である。



    株式会社TONEGAWA 社是
    一、すぐれた製品を通して 社会文化に貢献する
    一、喜びの職場を通して 社員の生きがいを実現する
    一、能率の向上を通して 会社の明日を築く
    一、先義後利を通して お客様とともに成長する


      「先義後利」とは、もともとは中国・戦国時代の儒学者である荀子『栄辱編』にある「先義而後利者栄、先利而後義者辱」(義を先にし利を後にする者は栄え、利を先にし義を後にする者は辱められる)を由来とし、江戸時代中期の思想家である石田梅岩を開祖とする倫理学の一派である「石門心学」の門徒たちによって商人の間に広められた考え方である。大義よりも利益を優先する考えを捨て、まず世のためになる徳の道を実践する、そうすれば、後に大きな利益となって還ってくる、そのように得たものは正当な利益であるという考えである。事業が続くためには利益は重要なものではあるが、「社業よりも地域のために」と語っていた政次氏の精神を引き継ぎ、同社の活動の根幹となっている。

     この「先義後利」の精神に則り、同社は地域社会に対して様々なCSR活動を行ってきた。例えば、全日本印刷工業組合連合会(以下全印工連)が実施しているCSR認定のワンスターを取得したこともその1つである。CSR認定制度では、企業のCSRの取組みが大学教授などの外部の有識者を含む専門委員会で、コンプライアンスや情報セキュリティ、雇用、社会貢献等8つの分野ごとに評価され、合格ラインを突破した企業に認定が与えられる。同社は2016年6月に取得したが、特に高く評価されたのは、印刷・情報関連事業において個人情報・顧客情報を適切に取り扱うという本業の分野だが、これと並び高評価を獲得したのが、地域に対する貢献である。地元の湯島本郷地域の清掃活動や小学校の社会科見学の受け入れなども評価されているが、最も特徴的な活動を次のページで紹介したい。


    【「まち」+「ing」= マーチング】

    事務室

    湯島本郷百景の案内チラシ

       同社のCSR活動で最も特徴的な活動は、「湯島本郷マーチング委員会」の立ち上げとその後の取り組みである。「マーチング」とは「まち」に「ing」を加えた造語であり、湯島本郷におけるまちづくり・地域活性化を企図して同社の代表取締役社長である利根川英二氏が設立した。
     湯島本郷マーチング委員会が行う活動に、「湯島本郷百景」がある。戦災から逃れた昔ながらの古き良き街並みが残る湯島本郷地域の風景をイラストに収め、その風景画を様々な形、場面でまちづくりに役立てようとする活動である。英二氏と幼馴染で、地元出身のイラストレーター上野啓太氏の協力を得て、文化の香り漂う湯島本郷の「いま」をイラストに留めている。

     「湯島本郷百景」に収録されたイラストは、同社の専門である印刷技術を活かして、ハガキ、名刺、カレンダー、額装の風景画などに仕立て上げる。これらは、地元商店に置いてもらったり、湯島天神の祭事や区主催のイベントで展示を行ったり、小学校との交流に用いたりと、地域活性化に役立てている。「湯島本郷百景」を、文京区の展示会や、郵便切手のデザインとして採用された場合など、街のため、公共のために用いる場合には、無償で使用を許可している。また、地元の町会長たちに、地元の風景が描かれた名刺を作成し、印刷した上で無償提供までしている。



      カーテン

    東大生協で販売中の絵葉書等

     近所の湯島小学校では「こども湯島百景」と題して、子どもたちが湯島地域の風景画を描き、それを卒業生でプロのイラストレーターとなっている上野氏が指導する教室を開催している。これは、子どもたちにとって、地元への関わり方を考え、地元への愛情を育む機会となっている。「こども湯島百景」は非常に好評で、今や湯島小学校のみならず、他の小学校からも依頼が舞い込んでいるとのことだ。



    湯島天神の祭事で展示された「こども湯島百景」(左)


    「こども湯島百景」のカレンダー(右)


  • 【湯島本郷から日本全国、そして世界へ羽ばたくマーチング】

     このように湯島本郷地域の地域活性化に大きな貢献をしている湯島本郷マーチング委員会であるが、この活動が日本全国に知られるところとなり、同社のマーチング委員会の活動とその理念「先義後利」に共感した印刷会社を中心に、地域の風景をイラスト化し、それを様々な活動を通じて地元の活性化に役立てる運動が全国に波及し、日本各地でマーチング委員会が発足。2012年には英二氏を初代理事長に、一般社団法人マーチング委員会が設立され、全国のマーチング委員会の活動を支援する体制ができた。2016年5月には会員数は57地域にまで拡大、「全国まちなみ百景」として、まちづくりに活用され続けている。
    さらには、2016年4月、在モスクワ日本大使館主導のもと、優れた日本文化とコンテンツをロシアに紹介するフェスティバル、HINODE2016が開催された。その一角に日本の街並みイラストレーションとして39都市のイラストが選ばれ、展示されたほか、イラスト入りのポストカードなどが配布された。日本の風景を切り取った美しいイラストの数々を見て、ロシアの人々は実際にそこに旅するかのように思いを馳せ、日本を訪れたいという気持ちを募らせていたという。マーチング委員会の活動が草の根レベルでの日露友好に貢献した瞬間であった。


    【先義後利の実践】

      今や日本全国に広まったマーチング委員会であるが、最初はあくまで地元への奉仕活動として始めたとのことだ。だが、活動が進展していくにつれて、様々な人脈や信頼関係が構築され、そこから商談がまとまることも多くなっており、企業の利益にも寄与しているという。これぞまさに、「先義後利」。社会のための活動が、後で自社に利益をもたらした見本と言えよう。


    ロシアで開催された日本紹介イベント「HINODE 2016」(左)


    「HINODE 2016」で展示された日本各地のイラスト(右)


    <取材を通じて>  芳明氏に、経営資源に限界がある中小企業が、何か地域貢献をしたいと考えた時に、どのような活動から始めればよいのかをお聞きしたところ、「すべての大前提は、自社の事業が適切に運営されており、赤字ではないこと」と前置きした上で、「まずは地域の活動に参加すること」だと力強く語っていらっしゃいました。「企業が考えている以上に、地元の企業の力を借りたいと思っている団体は多い。商工会議所はもちろんのこと、警察・消防、法人会、ロータリークラブなど入口は何でも良いので、地域の活動に参加することで、他社の活動との重複や、自社に何が求められているのか、何ができるのかが初めて見えてくる」。70年に亘り、地域社会の中で健全な事業運営と地道なCSR活動を続け、全国にまで運動を拡げたTONEGAWAの、重みのある言葉が心に残りました。
    (取材日:2016年9月16日)