トップアスリートから学ぶ勝者のメンタリティ

最終回 内村航平のように自らの限界に挑戦しよう

2016年6月14日
東京商工会議所
掲載:東商新聞 2015年12月10日号

 2015年10月に英国で開催された世界体操競技選手権で、内村航平が男子個人総合で自身の史上最多記録を塗り替える6連覇を成し遂げた。2012年ロンドン五輪を含めて、この勝利で内村は7年連続で世界チャンピオンに輝き、2連覇を目指す来年の夏のリオ五輪の代表にも決まった。記者会見で内村はこう語っている。

 「正直、自分でもちょっと信じられない。気持ちを全6種目保っておくことだけに集中した。どの種目も気持ちが切れなかったのが、いい演技につながった。団体総合も個人総合も両方取ったのは初めてなので、いつもよりうれしい」
 自らの得意技を認識して、その得意技を極める限界に挑戦する。これが内村を偉大なアスリートに仕立てたと私は考えている。もちろん、ライバルとの切磋琢磨も自分を高めてくれる大きな要素。しかし、自分の限界に挑むことは、おそらくそれよりも大切な自分を高める術である。
 しかし、ほとんどの人間は自分の才能にめぐり会うことなくこの世から別れを告げている。スポーツ界においても、内村のような一握りのチャンピオンだけが、自分の限界に挑戦し続けた結果、もう一人の凄い自分にめぐり会っている。だから完璧な演技をしたとしても、それに安住することなく、新たな挑戦を仕掛けることができる。
 つまり、彼は結果にかかわらず、安定して高いモチベーションを維持できる才能を身につけているのだ。もう一人の凄い自分と戦うことで、プレッシャーは跡形もなく消え去り、最高のパフォーマンスを発揮できるようになる。
 このことに関して、ポリオワクチンの開発者、ジョナス・ソーク博士はこう語っている。
 「行動への最大の報酬は、その行動をさらに続けるようになることだ」
 もう一人の凄い自分と競うことにより、私たちの行動は永続的に持続できる。その結果、私たちは間違いなく偉大な才能を手に入れることができる。私たちが一流の域に到達するためには、1万時間の鍛練が必要だという。これは、一日3時間その作業に没頭して丸10年間かけてやっと到達できる時間数。鍛練は、人生において仕事から離れる時まで延々と続く。飽きることなき鍛練により自分を高める行動を持続させたかったら、内村のようにもう一人の凄い自分と競い合えばよい。
 能力開発のエキスパート、ミシガン大学のノエル・ティッシー博士は、鍛練の領域を3つに分類している。コンフォートゾーン(快適な学習領域)、ラーニングゾーン(やや過酷な学習領域)、そしてパニックゾーン(過酷過ぎる学習領域)である。体操の練習で例えてみよう。難度の低い練習に明け暮れるのがコンフォートゾーン。この練習は、リラックスして楽しめるかもしれないが、上達はほとんど望めない。
 次にパニックゾーンである。自分の実力とかけ離れた難度の高過ぎる技に挑戦する学習体系。あまりにも難し過ぎるために早晩投げ出してしまう。ティッシー博士は「ラーニングゾーンこそ、理想的な学習体系である」と強調する。量的な鍛練の時間を確保するだけでなく、質の高い練習こそ一流の人間の仲間入りする切札である。
 「一隅を照らす」。この言葉を噛みしめよう。目の前の仕事で人生を懸けて自らの限界に挑戦する。このことを片時も忘れずに邁進すれば誰でも一角の人間の仲間入りができるようになる。


執筆者
児玉 光雄

1947年兵庫県生まれ。追手門学院大学客員教授。京都大学工学部卒。スポーツ心理学者。アスリートのコメント心理分析のエキスパートとして企業を中心に年間70回のペースで講演活動をしている。著書は『Kのロジック 錦織圭と本田圭佑 世界で勝てる人の共通思考』(PHP研究所)をはじめ180冊以上。

掲載:東商新聞 2015年12月10日号

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