政策提言・要望

労働政策に関する要望

平成12年7月13日
東京商工会議所

完全失業率が依然として高水準で推移する厳しい雇用情勢の中、雇用のミスマッチを解消し、さらに潜在的な雇用を喚起することによって雇用不安を払拭していくことが喫緊の課題となっている。
 一方、中長期的には少子高齢化によって、労働力人口が2005年をピークとして減少に転じ、将来的には労働力不足に陥ることが予測されている。60歳定年制度を採用している企業に帰属する全ての団塊の世代が2010年には定年を迎える。厚生年金等の社会保障負担を担う若年層が激減し、反対に受給者が激増する時代が間もなくやってくる。女性の社会進出の促進と少子化対策を両立させ、同時に充実した高齢者の社会参加システムを構築することによって、将来の労働力不足への対応と共に、社会保障制度に対する不信からくる国民の生活不安を払拭していかなければならない。
 このように、2005年を境として高失業率時代から労働力不足の時代へと、今後10年程の間に相反する雇用情勢が想定され、労働政策には単に雇用失業情勢への対応にとどまらず、国民生活の安定という視点が強く求められている。
 来年、省庁再編によって厚生労働省が誕生するのを機に、労働政策と社会福祉・社会保障政策のより調和のとれた効率的な推進が期待される。今後の政策運営に当っては、生活者の視点を念頭に置きつつ、中小企業の実態を十分踏まえ、労使自治を最大限に尊重した政策を展開し、同時に通商産業省等関係省庁と緊密に連携を取り、総合的な見地から政策を実現することにより、まずは極めて厳しい雇用失業情勢を打開し、ひいては我が国経済の発展に寄与しなければならない。
 以上の認識のもと、今後の労働政策について下記の事項を要望する。

要望



1.労働移動の円滑化と雇用創出に向けて
 (1)労働移動円滑化のための環境整備
   ①再就職を促進するトライアル雇用制度の創設
    求職者が入手しやすい求人情報は公共職業安定所などに限られており、適職を選択するには情報が不足している。一方で求人企業が求職者の能力を適正に評価するためには面接や履歴書だけでは難しく求職者と求人企業の双方が互いに慎重になり失業期間を長期化させる一因となっている。そこで、雇用のミスマッチを解消する手段の一つとして、仕事の内容や賃金等の労働条件に不安のある求職者が体験的に再就職するために、通常の有期雇用契約とは異なるトライアル雇用制度(仮称)を創設されたい。
    なお、この制度に基づき求職者をトライアル雇用した中小企業に対して、3ヶ月を上限として当該求職者の期間中の賃金及び教育訓練費の一部を助成されたい。また、期間終了後、正規雇用に至らなかった場合で、当該求職者が雇用保険における求職者給付の受給資格者だった場合には、求職者給付の受給資格者が受給期間中に再就職しその後再び離職し新たな受給資格を得られない場合と同様に、トライアル雇用実施前の受給資格に基づく残りの基本手当てを受給期間中に受給することができるようにされたい。

   ②労働者評価システムの早期構築
   大企業から中小企業への転職の際、企業規模における賃金格差が雇用ミスマッチの要因の一つとして大きく影響している。求職者の経験、技術等の労働市場における価値が客観的に評価され、求人企業の業種、企業規模等による一般的な賃金水準が明らかになれば、雇用のミスマッチの解消につながり円滑な労働移動が可能となる。労働市場における求職者の価値と求人企業の賃金水準が客観的に把握できる評価システムを早期に構築されたい。
   そのためには、各職業の実態を正確に把握し、とくにホワイトカラー層の職業分類を現状に合わせて細分化することも必要である。

   ③IT産業等から中小企業への人材移動支援
   情報産業ではシステムエンジニアやプログラマー等の職種は一般的に35歳くらいまでしか能力を発揮できないと言われており、IT産においても他の業界と同様に今後業界が成熟していくのに従って、中高年層の余剰人員が生じることが予想される。他方、中小企業において情報化の進展が遅れているのは、情報関係の専門知識を有する人材が不足していることが最も大きな原因となっている。
   以上の問題の対応策として、IT産業や大企業において情報関係の経験を積んだ中高年層の人材を対象に、中小企業の実態を正しく理解し、ニーズに対応した情報化の促進を図るための教育訓練を実施することによって、専門知識を有する人材の円滑で効果的な移動を図られたい。

 (2)雇用創出に向けた環境整備
   ①独立開業を目標とする中小企業向けインターンシップの構築
   この春に大学や高校を卒業しながら就職できなかった「就職浪人」が32万人と過去最高を記録する厳しい雇用情勢の中で、若年者が仕事を選ぶ際に、仕事の内容及び職種を重視する傾向が強まっており、学生のインターンシップに対する関心も高まっている。
   また、学生の就職や職業に対する目的意識の希薄化も指摘されており、そのことが若年者の未就業率や就業後短期間で離職する比率を高める要因の一つと考えられている。
   他方、現行のインターンシップは、特に中小企業においては企業が期待する「優秀な人材との出会いの場」とは必ずしもならないため、インターンシップ実施企業は大変少なく、学校がインターンシップを導入する際の最も大きな課題となっている。そこで、学生が中小企業に興味を持ち、手に職をつけて将来的に独立開業したいと言う職業観の醸成に貢献すると共に、中小企業において一定期間若年労働力を確保できる現代版徒弟制度ともいえる新たな制度を構築し、インターンシップから修業期間としての就業、そして独立開業へとステップアップしていく一連の流れを総合的に支援されたい。
   なお、労働省におかれては、通商産業省及び文部省との連携のもと、総合支援策を検討・推進されると共に、未整備となっている従業員の独立を支援する事業主に対する支援政策として、独立をする従業員に対して準備のための有給休暇を与えた事業主に対する助成制度等を創設されたい。
(3)雇用のミスマッチ解消に向けた労働者の雇用される能力の向上
   ①公共職業訓練の見直し
   日本の労働者の中でも特にホワイトカラー層は、他の職業と比較して過去の職業経験から培った自己の持っている職業能力を的確に把握していない。
   また、中高年の求職者が再就職をする上で障害となる大きな原因の一つに求職者本人の意識の問題がある。有名大学を卒業していたり、大企業に所属していた、あるいは高賃金で働いていたという過去の帰属や処遇に基づくプライドにより、中小企業への再就職を躊躇しているケースがそれである。
   我が国の公共職業訓練は専門的知識・能力等の職業能力開発に重きが置かれている。しかし、職業能力訓練によって新たな能力を身につけたとしても、すでに身につけている職業能力の方が市場の評価が高い場合が多い。
   効果的に職業訓練を実施し中高年離職者の再就職を促進するためには、求職者の持っている職業能力と、その職業能力の労働市場における価値を正確に認識させる意識改革を目的としたカウンセリングを公共職業訓練のカリキュラムに取り入れることが必要である。さらに、職業安定所においても求職者を対象とした同様のカウンセリングを実施し雇用ミスマッチの解消を図られたい。

   ②労働者の自己啓発に対する支援
   企業における教育訓練は一般的にその企業で発揮されるための能力開発が中心となっている。しかし、産業再生への取組みや労働者の意識変化によって、労働者が自主的に行う能力開発の必要性はますます
  高まっている。
   現行の税制では、現在の職務の遂行に必要な職業能力開発のための費用については、給与所得控除及び特定支出控除により、経費として取り扱われている。一方、現在の職務の遂行に直接必要でない職業能力開発のための費用については、特段の措置がなされていない。
   そこで、労働者が現在の職務とは直接関係なく職業能力の開発・向上を行った場合、それに要した費用について給与所得から控除することによって、労働者の自発的な職業能力開発を支援し、雇用の安定を図られたい。

2.雇用保険3事業の抜本的見直し
   保険制度における給付は、保険事故の観点からあくまでも一時的なものを対象とすべきであり恒常的なものを給付の対象とすべきではない。地域雇用開発助成金、農山村雇用開発助成金、沖縄若年者雇用開発助成金等のように特定の地域を継続的具体的に指定する制度は、本来、都道府県単位等、
 地方自治体が対応すべき課題である。 これらの制度の対象地域はもともと雇用機会が構造的に不足しており、各助成制度の 利用実績も乏しく政策効果も上がっていない。また、継続雇用定着促進助成金等のよう に、雇用している従業員数によって助成の対象を限定する制度もあるが、本来雇用保険制
 度における助成制度は、保険料を支払う全ての事業主がその助成の対象となる可能性のある制度とすべきであり、保険料の公平負担、受益者負担を基本とした制度の見直しが必要である。

3.少子高齢化への対応
 (1)女性の社会進出支援と少子化への対応
  女性の社会進出を促進し、同時に少子化傾向に歯止めを掛けるためには、労働者が仕事と育児を両立させ、さらに生活水準を維持向上することが可能な、子育て期の労働者が他の労働者と同じように就労できる社会環境を整備することが必要である。

   ①学童保育(放課後児童健全育成事業)の拡充
   学童保育は1998年より法制化されその後急増している。しかし、小学校数が全国で24,188校(平成11年文部省学校基本調査)なのに対し、学童保育数は10,231ヶ所(平成11年全国学童保育連絡協議会調査)で
  設置率にして42.3%と極めて少なく、保育園卒園児童の4分の1程度しか入所出来ていない。
   来年、厚生労働省が誕生するのを機に、労働者の立場に立った学童保育制度の確立に向けて、学童保育の実態と学童保育に対するニーズを的確に把握し、施設の拡充と運営体制の整備等を図られたい。

    ②幼児保育の充実
   女性が育児と仕事を両立し就業を継続していくために、低年齢児保育や、休日・早朝・夜間・延長保育への対応、一時預かりといった働く女性のニーズに対応した保育サービスの多様化が求められており一層の拡充が望まれる。中でも病児保育(乳幼児健康支援デイサービス)は全国で108ヶ所(平成11年度末)と設置が遅れており、制度の見直しを含めた重点的な取組が求められる。
   さらに、全国的には過剰で減少傾向にある保育所は、都市周辺の人口増加地域においては特に公立保育所の大幅な不足が生じており、需要に対応した国の予算の効率的かつ有効な配分が求められる。設置場所についても、労働者の利便性の高い駅近く等への設置が望まれる。
   従来、幼児保育の分野は厚生省の所管であったが、来年から労働省と統合されるのを機に、労働者の立場に立ち、ニーズに対応した施策を講じられたい。

 (2)高齢者雇用への対応
    来年から実施される年金支給開始年齢の引上げに対応して、60歳を超える雇用延長の努力義務を事業主に課すことは国策としてやむを得ない。
   しかし、定年制の65歳延長については、本人の意欲及び能力、そして体力に応じた個別対応とするべきで、行政指導あるいは法制化によって一律に実施すべきでない。
   また、長引く不況の中で中小企業が雇用延長に取り組むためには行政の支援 が不可欠である。現行の継続雇用定着促進助成金は、60歳以上の定年を定め、65歳未満の年齢まで雇用する制度を設けている事業主
に対しては、定年の引上げを行った事業主のみを助成対象としているが、勤務延長、再雇用、在籍出向  の制度を設けた場合も定年の引上げと同様に助成の対象とされたい。
   なお、労働者の定年後の選択肢としては雇用以外にもNPOにおけるボランティア活動があり、行政におかれても積極的な支援をお願いしたい。一例としては、アメリカ合衆国SBA(中小企業庁)の組織で有
能な高齢ボランティアコンサルタント集団である SCORE(ServiceCorps of Retired Executives/退職管理者サービス組合)と同様の組織を日本に設立することなども考えられる。SCOREでは企業を退職した
 経営的な専門知識のある13,000人のボランティアが起業家支援を行っており、創業支援と高齢者活用の二つの面から大きな効果を上げており参考とされたい。

4.そ の 他
 (1)割増賃金率の現行維持
  時間外及び休日労働の法定割増賃金率の引き上げは、平成9年4月に週40時間労働制が導入されたばかであり、企業にとって更なるコストアップをもたらすとともに、現下の深刻な経済情勢において、生産性の向上によるコストの吸 収や価格への転嫁は事実上困難であるため、中小企業に与える影響は極めて大きく、現行基準に据え置かれたい。

 (2)小規模事業場における労働者の健康確保
  健康問題に対する関心が高まる中で、労働者の健康確保は企業にとっても大きな課題である。特に経済的負担力の乏しい小規模事業場においても、十分な健康確保対策の推進が図られるように、低廉な定期健康診断の実施体制の整備など地域産業保健センターの更なる機能の充実と制度普及を図られたい。

 (3)産業別最低賃金制度の廃止
   地域別最低賃金が全国的に整備・適用され定着をみた今日、これに屋上屋を架す産業別最低賃金は廃止されたい。

以上

【本件担当・問い合わせ先】
東京商工会議所